第17話 道化師
倒れた四音の頭から血がドクドクと流れ出ている。
「あ、ああ」
薫はさっきの映像のショックが大きかったのだろう、まだ放心状態のままだ。
「まったく銃を貸してほしいというから条件付きで渡したというのに、こんな簡単な仕事も出来ないとはな。お前には失望した」
源次は息子に辛辣な言葉を浴びせる。
「で、でも親父…」
「もういい。お前は後ろにいる奴らを連れてさっさと帰れ。これから私たちはお前がしたことの後始末をしなければいけないんだ。ここに居られると激しく邪魔だ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。オレにだって面子があるんだ。そう簡単に…」
「黙れ!何が面子だ。そういう生意気なことは親の脛を齧る癖を直してから言え」
相坂は反論できずしぶしぶといった風に帰る準備を始めた。
それを確認した源次は次に猛と薫に視線を移した。
「待たせてしまって悪かったね。君たちにも死んでもらうよ」
源次は薫に向かって引き金を引いた。
ガンッ
しかし、弾丸は薫の体に届く前に猛が寸でのところで張った簡易式の結界によって弾かれた。
「ん?」
パァン パァン パァン
源次は続け様に何発か撃ってみるが結界が壊れる様子はないことが分かると打つのを止めた。
「はあ、はあ、はあ間に合った。おい薫、こっちに来い」
薫はいまだショックから立ち直れていない。
「薫!しっかりしろ!」
猛の叱咤で我に返った薫は慌てて猛の元に駆け寄った。
「た、猛……四音君が…どうしよう」
「そんなことよりも今は自分のことを考えろ。俺たちは今、銃で武装してる敵のど真ん中にいるんだ。まさに背水の陣な状況だろ」
「……四面楚歌のこと?」
「ん?ああ、そうとも言うな」
「フフその使い方は間違えやすいから気をつけてね」
薫の表情から少し緊張の色が抜けた。
それを見て安心した猛は源次の方へ向き直った。
今のところ攻撃は防げているものの、現状自体は何も変わっていない。
加えて、猛はすでに満身創痍でいつ今の結界が破れるか分からないので早急にこの場から逃げる必要があるのだ。
「薫、ちょっと肩貸してくれ」
「うん」
猛は左の脇の下に入った薫を支えにしてなんとか立ち上がった。
「ふむ、ただのガキではないと思っていたが、まさか呪術を使うとはな。おい!あれを持って来い!」
源次は猛が張った結界に触れて確認すると、部下の一人に何かを持ってくるように指示した。
部下の男は持っていたスーツケースから何かを取り出して源次に渡した。
それは弾倉だった。
源次は受け取った弾倉を手に持っていた銃に込めてスライドを引いた。
源次は新たな弾丸の装填が完了した銃を再び結界に向けた。
猛は銃に詳しいわけではないが、先程の弾倉には特に変わった様子はなかった。
しかし、猛の本能は警笛を鳴らし、心臓は早鐘を打っていた。
ドン!
源次が引き金を引くと、さっきより重い発砲音が工場内に響いて、さっきまでビクともしなかった結界に一本の亀裂が走っていた。
それを確認した源次は口元を歪ませ発砲を続けた。
「マズい!」
どんどん亀裂が増える結界を前にした猛は懐から四枚の紙切れを取り出した。
「血の盟約の元に我が元に来たれ 四獣召喚!」
中に投げられた四枚の紙切れは猛の言霊によって意思を持つように猛を中心に四方へと広がった。
そして、紙切れが地面に着くと発光し出し、光が収まったときそこには四体の化け物がいた。
化け物を呼び出した猛は右手だけで印を結び、さらに言霊を続ける。
「東方の青龍、南方の朱雀、西方の白虎、北方の玄武その秘めたる暴力を守護するの力に還元せよ 四獣結!」
源次が簡易式の結界を破るのと猛が新しい結界を張るのはほぼ同時だった。
ガンガンガンッ!
新たに張られた結界は簡易式の結界を破った弾丸を浴びてもビクともしなかった。
「チッ」
源次は弾切れになった銃を投げ捨てると、次の銃を要求した。
「この銃には知り合いのエクソシストが“退魔の刻印”というもの刻んだ弾丸が込められている。お前のようなガキが張った結界なんぞ簡単に破れる」
ガス!
自慢気に紹介した銃を結界に向かって撃つが、破るどころか傷一つつけることさえ出来なかった。
「なっ!」
「バカが。四獣ってのはな、四神とも呼ばれる四方を守護する神の一種だ。退魔の刻印じゃ破れねぇよ」
「クソガキが!」
「今度は俺の番だ」
猛は薫を下がらせて両手で印を結んだ。
「不動明王火界呪!」
ボウッ!
源次に銃を渡した男の目の前に小さな篝火が生まれる。
「ハーハハハハ!こんなんじゃタバコの火にしかならねぇぞ」
男は懐からタバコを取り出し、口に咥えたまま顔を火に近づけた。
「あんたらにいい事教えてやるよ。実は俺もそこで寝てる四音と同じで覚醒者でね。使う能力は“自然界に存在する気を操ること”だ。呪術を使う俺にはお似合いだろ」
「まさか!」
猛が口元を緩ませると、急に火が勢いを増し男の体を炎で包んだ。
男はのた打ち回り何とか炎を消したが、その姿は目も当てられないような状態になっている。
「貴様ただのガキではないな。いったい何者だ?」
「俺の名前は的井猛、この街を中心に活動してる最強にして最恐の不良集団ディーラーズの元リーダーだ」
「的井?的井だと!」
猛の名前を聞いた途端、源次は体を硬直させた。
「ボス、ご存知なのですか?」
「あ、ああ。今、日本にいる陰陽師・呪術師と呼ばれる者の頂点に君臨しているのが的井という男だ。
しかもその息子は父親をも凌駕する鬼才の持ち主だそうで、わずか十歳で下級とは言え荒神を鎮めたらしい」
本来なら猛自身の実力だけで工場内にいる人を工場ごと焼き尽くすくらいのことは可能なのだ。
しかし、実際は覚醒者の能力を使ってやっと人一人を火達磨にすることしか出来ない。
それはつまり猛がそれほどまでに弱っているということなのだが、源次達は自分で出した情報に惑わされてすっかり猛の事を警戒してしまっている。
そんなとき、追い詰められた源次に更なる追い討ちを掛ける現象が起きた。
「うーん、よく寝た」
声がした方に顔を向けると、頭を打ち抜かれて死んだはずの四音が起き上がって伸びをしていた。
「な、何故生きている?お前は確かにこの私は葬ったはず…」
「ん?ああ、そいつはちょっとしたトリックがあってな」
「そんなはずあるわけないだろう!私はお前を殺した!」
「じゃあそう思ってろよ。俺はどっちでもいいからな。それよりも…」
四音は猛と薫の無事を確認すると、安堵の表情を浮かべた。
「良かった。また守れないんじゃないかと思って不安だったんだ」
「守るってんなら早くしてくれ。俺はもう限界だ」
「諦めんなよ!もっと熱くなれよ!」
「うるせぇ!そんなことしてる場合じゃねぇんだ。こっちには薫もいるんだぞ!それに守りに来てあっさりやられてんじゃねぇ!」
「“食休み”も兼ねてたんだからしょうがねぇだろ。ったく、分かったよ」
そう言うと四音は徐にパーカーを脱いだ。
普段剣道の稽古以外では決して決して脱がないものだ。
四音が脱いだパーカーを薫に向かって投げると、パーカーはさっきまで弾丸をはじいていた結界をすり抜けて薫の足元に落ちた。
「委員長、俺の家族の次に大切な宝物だ。悪いけどちょっと預かっててくれ」
「どうして?」
「今から暴れるのに邪魔になるからだよ。頼んだぞ」
四音は面倒くさそうに源次へ向き直った。
「まあそういうわけだから今からあんたらをブッ飛ばす。そもそも俺の家族に手ぇ出した時点でてめぇが死ぬことは確定してんだ。覚悟しろ」
四音は右手を肩の高さまで上げた。
「あんたの息子が帰って今ここにいるのは裏の社会を“知る者”だけになったわけだ。まあ若干一名そうじゃないのが混じってるけど、そこは大目に見てくれ」
「何が言いたい」
「ん?なーに、ただこっから先は法律なんて通用しねぇってことだ」
そう言い終えると四音は指を鳴らした。
先程までとは少し違う澄んだ音が工場内に響き渡る中、四音の装いは一変していた。
まるで血を思わせるような真っ赤なローブ
顔の上半分を隠すように付けられた道化の仮面
そして殺した相手の墓標とするための巨大な十字架
四音のその姿にこの場にいる全員が見覚えがあった。
驚きの沈黙が工場を支配する中、源次の部下の一人が目の前のものの名前を言い、四音の存在を現実にとしてしまった。
「道化師……」
四音は両手を広げ、観衆に聞こえるように大きな声で言った。
「レディィィィスエェェンオドジェントルメエェェン、今宵は私のショーに足を運んでいただき、誠にありがとうございます。早速ですが今夜の標的をご紹介しましょう」
四音が指を鳴らすと空中にスポットライトが出現し、源次を夜の闇から切り離した。
「ここらの大親分の亜久間組の傘下でありながら、それを裏切り謀反を企てようとした相坂組の組長……相坂源次さんです!」
ドン! ドン! ドン!
源次の撃った銃弾が被弾し、四音の体から血が溢れ出す。
今度こそ仕留めたと思い四音の方を見ると
「おっと。賛辞を送るのは全ての演目が終了してからに願います」
四音の傷は炎を上げて燃え上がり、跡形もなく消え去った。




