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matataki  作者: 大橋 秀人
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ありがとうがどうして反則になり得るのか

瞬くと、つま先立ちで背伸びする少女の姿が見て取れた。




歩道の縁石の上で手を後ろに組み、首を長くして、わずかに顎を上げ。




肩にかかる黒髪が風にそよいでいた。




「おそいぞー!」




こちらを認めると、大手を振って手招きする。




「やめろい」




そんなに大げさに歓迎されると、付き合ってるみたいじゃないか。




嬉しさと気恥ずかしさを悟られないように、俺は自転車をわざとのったりと漕いで見せる。




「待ったよ」




屈託なく笑うアスカは自転車が傍まで来ると、その荷台に飛び乗った。




まるで縁石の下が崖か溶岩か何かのデッドゾーンであるみたいに。




俺は彼女の重みを受け止めて、平然を装いながら、でも顔はまともに見られない。




再びペダルを漕ぎだし、至極くだらない話を始める。




「待ってる間に帰れんじゃないの?」


「うわ、それ言う?」


「だってさ」


「だってなに」




中3になるアスカの家は、学校から歩いて20分程度の場所にある。




彼女は1学年後輩で、小中と同じ学び舎に通っていた。




俺の高校進学と共に疎遠になるかと思えたが、卒業前から受けていた相談に乗っているうちに季節は夏の入り口に差し掛かっていた。




そしてこの日も、高校が終わる時間を見計らって連絡があったのだった。




「おい、あんまり抱きつくなよ」




そう注意すると、




「いいじゃん別に」




と巻き付けた腕に力がこもる。




胸を背中に押し付けるなとは言えない。




「どんな関係だよ」




傍から見たら付き合ってるとしか思えない。




だから冗談めかして核心を突く。




「どんなって?」




でも、無垢なトーンで訊き返されると答えに窮してしまう。




「頼れる先輩と、かわいい後輩でしょ?」




頬から鼓動が伝わっていないか気が気でない。




「かわいいて……」


「かわいいじゃん」


「それ自分で言っちゃう?」


「ダメ?」


「ダメじゃないけど」


「けど?」




顔を覗き混んでくる後輩に、肩を竦めることしかできない。




二人はいつもこんな会話を繰り返しながら、歩くより時間をかけて帰路を辿っていた。






★★★★★★★






自転車は住宅街を超え、一つの大きな河に掛かる橋を渡る。




雨上がりの河川は濁流となり、木々は水分を含みずっしりと重く色づいている。




でも、路面は夕焼けでキラキラと眩しかった。




橋上は風が強く、手で抑えても少女の髪はよく靡いた。




「んで、どうなの、最近」




その問いの意味を探して漸く見つけたような顔をした後、




「アキトの奴、こないだまた告られてたんだわ」




とだけアスカは応えた。




彼女が片思いしているのは幼馴染の同級生で、もちろん俺の後輩でもあった。




アキトは元々キレイな顔立ちでモテていたが、中学になって身長も伸び、体格もグンと大人びた。




バスケ部のキャプテンを務めていることもあり、学校内での競争は激しくなっているそうだ。




「あいつこの前、転がってきたボールを投げ返してやったら、ありがとうって笑ったんだよ」


「うん。それが?」


「そういうのって、反則じゃない?」




抱きついていた腕がいつの間にか緩くなっていることには気づけたが、ありがとうがどうして反則なのかは俺には理解できない。




思わず顔色を伺う。




が、そこには少し困ったように笑うアスカがいるだけだった。




ますますわからない―――思わずペダルを漕ぐ足に力が込もる。




橋は車ではわからないようなゆっくりとした上り坂だった。






★★★★★★★






「おろして」


「なんだよ、もうすぐじゃん」




デッドゾーンに落ちないように器用に縁石に飛び移ると、またもアスカは複雑な表情を浮かべた。




「わかってないなー」




そう言われ、俺は何も返せず自転車を降り、背中をゆっくりと追う。




いつの間にか、ちびっ子がこんなに大きくなって。




そんな親心にも似た感情で後ろ姿を見守る。




でも時折、大人びた表情にドキッとしてしまう自分がいることも知っている。




危なっかしい足取りで縁石から次の縁石に飛ぶ彼女は、案外フンワリ身軽だった。




「危ないから」


「大丈夫だよ」




幾度となく渡ってきた縁石を彼女は見事に跳んで見せる。




―――が次の瞬間、雨に濡れたアスファルトが滑り、アスカの体制が崩れた。




俺は瞬間的に少女の細い体を受け止める。




「危なかったな」




なんとか間に合ったと思うと同時に自分の腕の中にアスカがいることに驚く。




これじゃあ誰が見ても恋人同士じゃないか。




それで、いっそのこと抱きしめてしまおうかとも考えた―――が、そんなことはできなかった。




「そういうとこ」




訳も分からず見たアスカの表情には、むしろ怒りにも似た色が滲んでいたように見えた。




なにが?




そう問うていいか悩んでいるうちに彼女は縁石を降り、俺の腕の中から離れた。




「じゃあね」




なんで?




疑問しか湧いてこない頭のまま、アスカの去る姿を見守る。




「ありがと、またね」




とこっちを振り向きもしないで言われたのにどこかで安堵する自分もいた。




彼女の姿が角を曲がって消えるまで見守ると、倒れていた自転車を引き起こす。




「こりゃひでぇや」




見事に歪んだカゴは、中途半端な力を加えても元に戻りそうになかった。



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