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matataki  作者: 大橋 秀人
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いつも行くトイレの謎多き扉が今日に限って少しだけ開いてしまっている件

瞬くと、視界の片隅にある小さな扉が目についた。




会社の五階にあるトイレの一番壁際の個室。




めったに人の出入りがないから気に入っていて、余裕がある時は好んで利用していた。




その壁際の下方に、アルミなのかジュラルミンなのか、小さな埋め込み金庫に見えなくもない扉があった。




いつからそこにそれがあったのか思い出せない。




はじめから?




とにかく気づいたらそれはそこにあった。




どうしてこんな場所にーーー。




いつだったか、微かに違和感を覚えたのを記憶していて存在自体は認識していたが、いかんせんただの扉である。




普段は気にも留めていなかった。




その扉が、今、僅かだが浮いている。




代わり映えしないいつもの風景の些細な変化は、強烈な違和感でしかない。




ここは個室だから、もし開けて中身を確かめたとしても、元のように戻しておけばーーーーあるいは、いつものように完全に締め切ってしまえば誰にもバレることはないだろう。




簡単に伸ばした手をピタと止める。




スラックスを下ろした状態では絶妙に届きそうにない。




まずはことを済ませよう。




そう思い至って集中しようとするが、視界に入るものは入る。




目をきつく瞑っても、もう開いていると気づいてしまった扉の中身が気になって仕方がなかった。




もしかしたら、会社の隠し金庫なのかもしれない。




もっと言ったら、ビルのオーナーのそれなのかも。




実は狭い通路になっていて、秘密の部屋が奥に設けられているとか…。




妄想は膨らむが、さすがに人が通れる大きさではなさそうで、自ら苦笑し首を振る。




開けてみればすぐわかることだが、なかなかことは捗らなかった。




手を伸ばしかけては引っ込めて、ふんばっては首を傾げる時間が続く。




いっそのこと諦めようと決意すると、便意は嘲笑うかのように腹をつついた。




まあ、とにかくあれだ。




まずはことを終わらせない限り扉に手を掛けることはできない。




自分の中で改めて確認を取ってみると、不思議と波に乗れ、漸く水洗を使う時が来た。




勢い良く流れる水の音をバックに、その扉の前に仁王立ちで構える。




そこから視線を逸らすことなく、下がったズボンをたくしあげ、ベルトをいつもより穴ひとつ分キツく止める。




ついに身だしなみも整った。




もうこの狭いトイレの個室の中で遮られるものは何もない。




屈んで近づいてみると、なかなか重厚な扉な気がしてきた。




ジュラルミンの扉だ。




そう言われても信じられる。




光沢が鈍くこちらを威嚇している。




意を決して手を掛けるものの、微かに揺れる光に思いの外、たじろいでしまった。




本当に見てはいけないものだったらどうしよう。




大して自慢できるような人生でもないが、曲がりなりにも嫁子供を持つ身だ。




案外、人並みには幸せなように思う。




こんなところで誰かの、もしくは企業の秘密を目撃したばっかりに家庭が崩壊したんじゃかなわない。




そんな考えが頭を駆けて、飛び退くように立ち上がる。




いやまてよ。




むしろこれが本当に重要な情報ならば、これを見られる人間は限られているはずだ。




自分がその情報を手にすることによってお偉いさんたちの目に留まり、秘密を共有するものとして二階級くらいの特進なんて有りうるんじゃないか。




もう一度屈んで、その鈍色の光沢を放つ扉に手をかける。




見るなと見ろの誘惑が綱引きして、思考が堂々巡りした。




「はーい失礼しますー」




無遠慮に出入り口のドアが開く音がして、突発的に扉を閉めた。




そしてなに食わぬ顔で個室を出ると、洗面所に向かう。




掃除のおばちゃんはぶつぶつ言いながら、一番奥のあのトイレに足を踏み入れた。




「なんだ、カギを掛けるの忘れてたね」




ガチャという音が気になって、そっとおばちゃんの背中越しにそのドアの向こうを盗み見たーーー。




そこには何個か弁があった。




おばちゃんは立て続けに三度、トイレの水を流すと、その都度慣れた手つきで弁を回した。




そういえば入社三年目くらいの時に、トイレの流れが悪いって一度文句を言ったっけ。




そんなことを思い出して、妙に納得してトイレを出た。




ああ、スッキリ

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