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matataki  作者: 大橋 秀人
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金髪とおはぎと

瞬くと、崩れたままの石塀が農道にまで迫り出していた。


中から枯れ切った葉を何枚かつけた柿の木が飛び出している。


地面には落ちて潰れてそのまま放置されたであろう柿の実の跡がシミとなって模様をつけていた。


何もかもが一年前と変わっていなかった。


そして、八年前とも。




「帰ったよ」




門を下り、庭の畑を横切っても誰も見えず、そのまま玄関のドアを開ける。


この時、思いの外、はっとした。


誰も見ていないだろうに、平静を装う自分がいた。


一年ぶりに帰省したら、玄関のカギが当たり前に開いていることに違和感を感じたのだった。


東京では必ず戸締まりを、と口酸っぱく言われた時の両親の顔を思い出し、苦く笑うしかなかった。




もう一度、帰ったよ、と呟くが、声を張っている訳でもなく、張るのもどこかむず痒いからそのまま上がり、台所へ向かう。


生家の床は盛大に軋む。


板と板が擦れているのか、それ自体がたわんでいるのか知らないが、とにかくひどい音を立てた。


今年は暖冬で雪を見ることはほぼなかったが、ここでは植木の根本にまだ固くなった残雪があった。


昼下がり。


薄い日差しが縁側に指している。


外の静けさと対照的に、この床は踏みしめる度にきゅっと独特の喧しい音が鳴った。




「あんた、なにそれ」




台所で包丁を握っていた母親は、振り返るとパッと灯かりがついた顔をした後、すぐに怪訝な表情を浮かべた。




「まずはお帰りじゃないの」




大人ぶってそう言うと、彼女はこちらの頭を凝視しながら、小さく、お帰りなさい、と呟いた。




「お父さーん?」




そして、我に帰って父親を探しに行ってしまったのだった。






★★★★★★★






二階にある自室は文句のつけようがないレベルで片付けられていた。


触られたくないものには手を着けず、いつ帰ってもそのまま住めるくらいに掃除されていた。


それでも、荷物を置き一息吸うと、なんだか違う匂いがする気がした。




庭から見えていた自分の布団を込みにベランダへ出ると、父親を連れた母親が戻ってきた。




「布団、ありがとね」




言いながら勢いを付けて布団を持ち上げ、自室に移した。




「ただいま」




ついでに父親に挨拶する。


彼はこちらの様子を見ながら、声を掛けるタイミングを探っているようだった。




「お前、髪を染めたのか」


「いや、お帰りが先じゃないの」




言い返せた自分が、少しだけ去年より成長している気になって、どこか興奮を覚える。




「おう、お帰り」




父親はそう言いながらもこちらを見つめて、なお何か言いたげに食い下がってきた。




「お腹すいてるんだけど何かある?」




質問される前に、そう言いながら部屋を後にする。


母親は父親に視線を送り、でも息子の声を優先して台所へ戻ったのだった。






★★★★★★★






「私は認めませんからね」




好物である自家製のおはぎを山盛り出すと、開口一番、母親はそう告げた。


毅然とした態度をとっているが、こちらにまるで緊張感がないので、出方を伺うしかないようだ。


答える代わりにおはぎに手を伸ばす。


頬張ると、懐かしい味が優しく広がった。


上京してから美味しい洋菓子を山ほど食べたが、やはりおはぎは格別に美味しい。


オンリーワンだ。


口をモグモグしているのを見かねて母親は緑茶を淹れてくれる。


おはぎに緑茶。


ベストパートナー。


一人で幸せを噛み締める。


両親の反応は帰省前に想定した通りで、どこか可笑しくもあった。




「母さん、頭ごなしに叱るのも良くない。まずは理由を聞いてみようじゃないか」




理系の頭で論理派の父親がそう言ってくるのもお見通しだった。




「理由なんてないよ。でも、俺ももう大学生なんだし、髪を染める自由くらいあっても良いと思う」




おはぎに向かってそう主張する。




「大学は?」


「染めてない子のが少ないくらい」


「バイトしてるんだろう」


「染める前に相談して許可をもらってるから」




想定した質問に受け応えもスムーズにいった。




「そんな頭じゃ、どこも採ってくれないぞ」




父親は就職のことを心配しているようだった。




「だからだよ。来年には就活が始まって、髪を染めることなんてできないじゃないか」




もっともな理由に、両親は思わず頷いた。




「お前がきちんと考えてやっていることなら、文句は言わん」




腕を組んで父親は納得した様子だったが、感情派の母は尚も不満を露わにしている。


不満というより、心配が溢れ出ていた。


反論は思い浮かばないが、何か言いたげにこちらを睨んでいる。




「おばあちゃんは?」




緑茶を啜り落ち着いたら、すぐに立ち上がった。




「おばあちゃんなら、お部屋にいるはずよ」


「そか。帰ったって言ってくる」




部屋を後にしても、なぜか母親がついてきた。




「なんでいるの」


「おばあちゃんに言って聞かせてもらわないと」


「直接言いなよ」


「言っても聞かないでしょ」




膨れた母親に笑いながら部屋のドアを開けた。


陽の当たりの悪い部屋だが、それは祖母が自ら望んだのだと聞いたことがあった。


三年前に大腿骨を骨折して、そこから歩くのがしんどくなった。


それでも、朝夕の一日二回は必ず散歩に出てリハビリに励んでいる。


大らかな性格で、怒られた記憶がなかった。




「おばあちゃん、帰ってきたよ」




テレビを見ていた祖母は、こちらに気づくと夢から覚めたように笑顔を咲かせた。




「そうだったそうだった。今日、帰ってくるんだったもんねぇ」




立ち上がろうとするのを制して、横に座る。




「春休みだから、一週間くらいいるつもり」




そう告げると、そうかいそうかい、とおばあちゃんは大きく二度頷いた。




「お義母さん、この子ったら東京に行って髪を染めて帰ってきたんですよ」




落ち着く間もなく母親が口を挟む。


祖母は言われて初めて髪を見ると、再び大きく頷いた。




「ほんとだねぇ。明るくしたんだねぇ」




嬉しそうに笑う顔を見て、どこか嬉しくなって頷いた。




「お義母さん、違うんですよ。この子は東京に行って、不良になっちゃったんですよ?」




母は告げ口するように唇を尖らせる。


おばあちゃんは母とこちらを見比べる。




「そうなのかぇ?」




そして純粋に問うてきた。




「そんな訳ないでしょ」




と答えると、




「そうだよねぇ。そんな訳ないよねぇ」




とすぐ同意してくれた。




「髪の色が変わったって、この子はこの子だよ?」




おばあちゃんの一言に母親は反論の気持ちも失せたようだった。






★★★★★★★






その日の夕食は、自分の帰省のために準備されたすき焼きだった。


おばあちゃんも肉が大好きだった。


年寄りは案外、肉が好きなのだとか。


何はともあれ、自分を迎えてくれる家族がいるのは良いものなのかもしれない。




「来年は一緒に酒が飲めるな」




赤ら顔の父が豪快に笑う。


そうだ、自分も来年で二十歳なのだ。


そんなことをぼんやりと考える。




月日は過ぎ、状況は目まぐるしく変わっている。


でも、変わらないものもあるんだ。


変わってほしくないもの。


変えたくないもの。


一年間、離れた自分の部屋の布団に入り、一個一個選り分けてみるのもおもしろい。


とにかく、両親がいる、おばあちゃんがいるこの家に、来年も帰ってこよう。


それだけははっきり決めて、目を閉じた。

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