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matataki  作者: 大橋 秀人
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現在(いま)、過去を顧みて未来を語らう

瞬くと、まるで濁流のように人々が押し寄せては、私を境に袂を別っていった。


身震いを一つして、近くで佇む人々と同じように、この駅を象徴するモニュメントに視線を送る。


僅かな時間、人ごみの中からカケルの姿を見つけだそうと試みる。


が、あまりの数に眩暈が起きそうで、すぐにあきらめた。




時刻は19時12分。


日本人は時間に厳しく、二分の遅れからストレスを感じるという話をいつか聞いた気がする。


待ち合わせ時間は夜7時。


この場所で。


慣れない土地だから、お互いに分かりやすい場所で落ち合おうと話した。




それなのにあいつときたら―—―。


溜息が終わる前に、手に持っていたスマホが震えた。




「—――いまどこ」


ぶっきらぼうに恋人は口火を切る。




「どこって、言った通りにきてるよ。そっちこそ今どこ」


不機嫌にしたくないのに、そんな風な口調になってしまう。


いつからこうなってしまったのか。


付き合って2年が経った頃、彼が異動で隣の県に引っ越して、遠距離とは言いがたい中距離恋愛がそこから3年続いた。


電車で1時間。


会おうと思えばすぐに会えた。


実際、月に1度は今でも彼は私に会いに来てくれた。


ずっと一緒にいたくて、でもそんなことは言えるわけがなくて。


言えないうちにずいぶんと長い月日が流れた気がした。


365日で多く見積もっても20日程度しか会っていない薄い年月が、でも実際に過ぎている。


普通の恋人は、何日くらい会っているんだろう。


そんなことばかり考えて、わざわざ会いに来てくれた恋人とケンカになった一か月前のことを思い出して苦笑する。




「わからん」


「わからん!?」


「ああ、わからんくなった」


「自分でこの場所を指定したよね?」


「うん。有名だからわかるかなと思って」




平気で言い放つカケルに呆れて言葉がでない。


が、彼が極度の方向音痴であることは知っていたので、驚きはなかった。




「駅にはついてるのね? 構内にいるならこっちからいくよ」


「出ちゃった」




悪びれずに彼は笑う。




「どっか俺でもわかるとこないかな」




話している間も彼は歩いているようだ。


喧騒が離れていく音が聞こえる。


フラフラとどこまでも行ってしまう印象に、私も吊られて歩みだす。




「そうだ、駅前にデパートあるよね?」


「おう。今ちょうど見かけたから入ってみた」


「そこの2階に、前に二人で行ったレストランがあるの、覚えてる?」


「ハイハイ、なんとなくわかってきた」


「すぐ行くからそこで待ってて」




言い終わる前に、私の足は濁流と逆行を始めた。






★★★






きっとカエデは、また僕の方向音痴が発動したと憤っていることだろう。


でもここまでは計画通りだった。


特に怪しまれず、自然に店に誘導できた。




1ヶ月前にケンカ別れをして、改めて考えた。


二人はもう、5年も一緒にいる計算になる。


自分としては今の状況に不満もないのだが、彼女にしてみれば、もしかしたら長い時間だったのかもしれない。




二人の今の生活のことを考えるとすぐにとは言いがたいが、こっちにも相応の覚悟くらいはありますよと伝えた方が良いよな。




帰りの一時間をかけて導きだした答えがそれだった。




では、どうやって想いを伝えよう。




考え出したら、なんだか割りと楽しくなってきた。


ド直球に花束でもあげようか。


ソファーで並んで座って映画を観てるとき、「そこのお菓子とって」って言うくらい自然に切り出してみようか。




どちらにせよ面白い。




いや、やっぱりサプライズだろ。


こんなの、驚かせて、喜ばせてなんぼだろ。




そんな考えに夢中になり、会わないまま一ヵ月が経ってしまった。




時は12月24日、クリスマスイブ。


カエデとの初デートの時に入ったこの場所で、僕は彼女の姿を写真に納めようとしていた。






★★★






二人の住む中間地点で待ち合わせをしようと始めに言ったのは、私の方からだった。


彼ばかり会いに来てもらうのに引け目を感じていたし、いつもと違う何かが必要な気もした。


このままではいけないと感じていた。


ケンカしたまま長い時間を会わないままでいたらいけない。


そんな思いが、なぜか日が経つに連れて強くなっていた。


電話越しでは変わらなくても、顔を見たら違うかもしれない。




足取りを早めようとする。


が、人混みがそうさせてくれない。


階段は一段ずつ上がらなければならない。


気持ちばかりが急いてしまう。




私だけ?




彼のおおらかな性格が好きだ。


そして、そんな恋人にイラついてしまう自分が嫌いだった。




「お店入ってて良い?」


考えが霧散するように電話が鳴り、カケルの呑気な声が聞こえる。




「うん。ごめん」


場所がわからなかったのは彼なのに、なぜか謝ってしまう。




「ビール頼んでいい?」


「うん」


「カエデは?」


「私はいい」




そっか、といって通話が切れてしまう。


断りもなく通話を切るのは彼の癖で、慣れてはいたがまたイライラがお腹の奥で燻りはじめる。




「料理は?」




すぐ切るくせに、すぐかけてくるのも癖だった。


昔はそれで何度かケンカした。




「もうすぐつくよ」


「了解」




返事と同時に通話が途切れる。




改札をでて駅前広場を突っ切って階段を昇ると、デパートの二階に位置するレストランのオープンテラスが目に入ってきた。


一面ガラス張り。


でも、結露で奥の席までは見渡せない。


私はカケルの姿を探しながら、店に吸い寄せられていった。








★★★








駅前広場に植樹された木々たちは幻想的なイルミネーションに飾られていた。


僕は一つシャッターを切ると、納めた景色を確認するように顔を上げる。


デジタル一眼レフのモニターに、上手く光量の調節された画像が映し出された。




もうすぐカエデが来る。


おそらく小走りで、見当たらない自分を探しながら。




カメラを構え一歩ずつ歩き、画面の中のイルミネーションの位置を調整していく。




そうこうしている間に階段を上る彼女を見つけた。


一直線にレストランへ駆けていくカエデの後姿をカメラでとらえていく。




画像を確認し、納得のいく一枚を残すと入り口まで急いだ。




「すいません、戻りました」




店員に笑いかけ、振り向いたカエデの背中に手を添え、悠々と予約していた席へ誘った。


窓からは結露でボヤけたイルミネーションが見える。


カエデはせかせかとコートを脱ぎ、渡された膝掛けをかけるとようやく一息ついた様子だった。




「もう入ってるんだと思った」


「入っているとは言ってない」


「ビールは?」


「これから」


「じゃあなんで電話して聞くのよ」




肩をすくませて誤魔化すと、一つ咳払いをしてメニューを開く。




「謝って」




何に対してかはわかりきっているが、改めてそう切り出されると、身構えてしまう。




「何を」


「身に覚えがあるでしょ」




彼女は挑戦的な視線を向ける。




「どっち」


そして思わずそう問うてしまう。




「どっち?」


カエデの眉間に深いシワができる。


怒らせるつもりはないのに、どうやら彼女は本気で怒り始めているようだった。




「いや、この前のことか、今日の待ち合わせのことか」




メニューを見ながらつぶやくと、ああ、と一言、恋人は力なく零した。




「今日の待ち合わせのこと。この前のことは、私も悪いところあったから……」




素直にそう言われ、なんと返していいかわからなくなる。


こちらが視線を向けるのを待っている店員を呼び、飲み物を頼む。


グラスの水を口に含み、カエデの顔をうかがう。




「どうせ、方向音痴って思ってるんだろ」




疑いようもなく頷く彼女は、でも少し意地悪な笑顔を取り戻した。




「残念でした」


そう言って僕はカメラを二人の間に置く。




「何?」


恋人は長い髪を抑えながら映し出された画面をのぞき込む。


そこには先ほど撮った、自分を探して小走りで店内に向かうカエデの姿が映っていた。




「うわ、盗撮」


呆れた口調で、でも彼女の眉間のシワは消えている。




「これが撮りたかったから、場所を間違えたふりをしたんだ」


「なにそれ」


「ここに、俺のことを探してくれる君がいる」




まだわからないという風にカエデは首を傾げる。




「次の画像に移って」




僕はそう言い、カメラのボタンを押すように促した。


彼女は扱い慣れていないそれを恐る恐る押す。




「うわ、懐かし」


するとそこには、ちょうど同じロケーションで撮られたカエデの姿が映っていた。




「前にここに来た時も、確かクリスマスだった」


「ホントだ! 日付!」




次のボタンを押すと、カメラを見つめるカエデがいた。


「これが、おれを見つけた時の顔」




僕は5年前、その、一気に晴れた表情に心奪われた。


そしてそれは今も変わらない。


僕はカエデの笑顔が好きだった。




「この頃は若かったね」


はにかむ恋人は誤魔化すように次々とボタンを押していく。


今まで撮りためた画像がどんどん切り替わっていく。




「大晦日に初詣、おみくじ」


「スキーに花見」




イベントじゃない画像もたくさん撮られていた。


歩道橋を歩く姿や、屈んで花を除く姿、炬燵の対面でミカンの皮をむく姿……。


二人の年月がそこにはきちんと収められていた。




「なあ、カエデ?」


「ん?」




僕はそう呼びかけ、カメラを撮影モードに切り替える。




「これからも君を撮り続けていいかな」


「え?」




顔を上げた恋人の表情をフレームに収め、すかさずシャッターを押す。


カエデは少し戸惑って、半分はにかむ。




「それでまた、おじいちゃんとおばあちゃんになったときに、二人で今の一枚を一緒に振り返らないか」




そこまで言って、僕は自分が自然とプロポーズをしていたことに気が付いた。


少し照れ臭かったけど、一生に一度のことなら我慢できなくもない。


そんなことを考えながら、カメラを指で愛でた。








★★★








カケルに会うと、いつも疑いようもなく自分を見ていてくれている確信を得られる。


彼はそれを、カメラのマジックだと嘯くけれど、私は本当はそうでないことを知っている。


なぜならそれは、恋人がレンズから目を離してから見る自分への表情を知っているから。




「ずるい」




そう言って私はカメラ取り上げる。




「いっつも大切なことはカメラ越し」




それがないと彼は途端に不安な表情を浮かべる。




「方向音痴だし、ぶっきらぼうだし、能天気だし」




私は今まで溜まっていた鬱憤を言葉とともに吐き出した。




「全然、先のこと考えてないし」


「考えてないわけじゃない」




プロポーズの返事をするつもりが、何を言っていいかわからなくなる。


私は言葉とともにポロポロと零れる涙を無視して、彼にカメラを向け、シャッターをきる。




「ずるいよ」




カケルの顔は困惑と懇願を足したような表情で、でも強いまなざしをこちらに向けていた。




「今までの不安とか、煮え切らない気持ちとか、ふっとんじゃったじゃない」




私は気の向くまま、彼の表情を収め続ける。




「私だって、おばあちゃんになった時、笑ってやるんだから」




そうして、撮りたての困り顔を再生して彼に見せた。




「あの時のカケルは、こんな顔してたよねって」




そう言って、涙を流しながら笑った。




彼の安堵に満ちた表情を撮るころには、私の涙は枯れ、晴れやかな気持ちで笑えた。








★★★








店内で写真を撮りまくった変なカップルは、この後、正気に戻って慎ましく食事を済ませた。




店を後にする時、恥はかき捨てとカエデはウェイターに頼んで、カケルとのツーショット写真を撮ってもらった。




二人は照れながらも肩を寄せ合った。




十年、二十年後、お互いまたこうして笑いあっている姿を想像しながら。

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