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matataki  作者: 大橋 秀人
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幼馴染とスイッチ

瞬くと、スイッチの入ったアユミがまるで別人のような視線を向けていた。




秋の、まだ力強い夕陽が窓から差し込み、包み込まれた彼女は眩しくて、表情さえ直視できなかった。




でも僕は、アユミから目を逸らせない。




「キス、しよっか」




視線は陰の差した唇にくぎ付けになる。






★★★★★★★






幼馴染を女として意識した時―――それははっきりしていた。




それは、小学校5年の秋。






その日もアユミは僕の部屋を訪れ、言い訳できる程度の勉強をした後、思い思いに時間を過ごしていた。




幼馴染は週の半分はここを訪れていたから、それはもう自分の部屋と変わらないようにくつろいでいた。




友達の少ない僕は彼女のことを疎ましいと思うこともほとんどなく、むしろ数少ない心を開ける人間として家族のように思っていた。




そう、ほとんど兄妹のように。




「ねえ、この漫画、面白い?」




彼女は目新しいそれを興味深げに、ただ興味深げに持ち上げた。




それは父親が出張の時にたまたま買ってきた月刊の漫画雑誌だった。




僕はそこに単行本で集めている漫画が掲載されているのを知っていたから、断って譲り受けていたのだ。




「これが載っているんだよ」




本棚から単行本を引き抜き差し出したが、彼女はその雑誌をパラパラと捲りだした。




僕もその本をせっかくだから読み返すことにした。






二人して点いていない炬燵に足を突っ込んで、黙々とページを捲る。




時折、足が当たるが自然と体をズラす。




オレンジ色の夕陽が黄昏に変わり、闇が部屋に流れこんでくる。




「ねえ、これ」




不意にアユミが声を上げる。




僕は俯いたまま声なく窺う。




彼女は、おもむろに雑誌を片手でブラブラと持ち上げて見せた。




ページは重さでだらしなく揺らいでいたが、彼女が示したいページは明らかだった。




「シュンもこういうの、興味あるの」




平坦な声色で、尚もアユミは俯いたままだ。




―――そこには、女性の裸が描かれていた。




僕はそれを認めると、どういうわけか無心で雑誌を取り上げていた。




クシャクシャになったページを抱きかかえるようにしながら、必死に言葉を探す。




「これは、これはたまたま雑誌の中に載っていただけだから」




どうしてこんなに言い訳がましいことを言っているのか。




頭が高速で空転しているのがわかる。




オーバーヒートした頭が熱を持ち、視界が赤らむ。




幼馴染に目を向けられない自分がいた。




「ハダカ、興味あるの」




その言葉に思わず顔を上げるが、彼女はやはり俯いたままだった。




急速に満ちた闇がその表情を隠し、でも唇だけが赤々と艶めいているのが見て取れた。




「見たい?」




唇は確かにそう動いた。




気が動転して、何も考えられない。




何も応えられないでいると、アユミはおもむろに視線を上げた。




「みせっこしよっか」




そして幼馴染はそう告げた。




彼女の瞳は避けようのない力に満ちていて、僕はそれにただただ圧倒された。






「―――シュン、おやつあるから取りにおいで」




どのくらい時間がたったのだろう。




しかし僕たちの一瞬はその間延びした声に打ち破られた。




僕は逃げるように部屋を後にし、階段を駆け下りる。




夕飯の買い出しに行っていた母親がスーパーの買い物袋からスナック菓子を一袋と箱買いしていたリンゴジュースを二缶、冷蔵庫から取り出して盆に載せて渡してきた。




「なにかあるの?」




忙しなく荷物を整理しながらも、母親は上の空の僕にそう訊いてくる。




我に返った僕は、なんでもない、とだけ応えて階段を再び上りだす。




「今日、ごはん一緒にどうってアユミちゃんに聞いといてね」




と背中に浴びせられるが、やはり空返事でしか応えらえれなかった。






扉を開けると、そこはもう闇が濃く、ほとんどのものが色を失い、濃淡で形の縁取りが辛うじて見て取れるだけだった。




「だめ。点けないで」




スイッチに手をかけた瞬間、制する声が上がる。




声が震えている。




扉を閉め盆を炬燵の上に置くと、眼下に炬燵布団とは違う布が放られているのが見て取れた。




鼓動が出鱈目なリズムを刻みだす。




心臓が肺を圧迫して呼吸が儘ならない。




喘ぐように顔を上げる。




―――するとそこに佇む人影がみてとれた。




地平の彼方に沈む夕陽の溶融に包まれるように、アユミは立ち尽くしていた。




彼女は直立して、守るように両手で自身を抱いていた。




でも僕がそれを認めると、覚悟を決めたように顎を上げ、同時に腕をゆっくりと下ろしていったのだった。




「ねえ。みせっこ」




裸のアユミはそれだけ言って悪魔的な眼差しをこちらに向ける。




僕はそれに飲まれながら、視線をそらさぬまま、自分の衣類を一枚、また一枚と脱いでいった。




最後の一枚には躊躇いが生まれた。




が、一糸纏わぬ彼女の姿を確認し、自分も意を決した―――。




―――僕たちはそのまましばらく、裸で対峙していた。




もはや暗闇となった室内でも彼女の唇や、乳首や、陰毛はしっかりと主張していた。




見慣れたアユミのシルエット。




そこに想像もしえなかったリアルな11歳の少女の身体が露出していた。




「見た?」




僕は、え、と聞き返す。




「私の裸、見た?」




改めての問いに、僕は頷く。




そして自分も見られていると感じて、急に恥ずかしさが顔を出した。




「なあ、もういいだろ?」




僕は顔を背けてそう言う。




「ダメ、ちゃんと見て」




彼女は有無を言わさず僕の視線を固定する。




「ねえ」




「なに」




「わたしたち、付き合おうよ」




「え?」




僕が聞き返すと、彼女は小さく、だから、と言って、




「わたしたち、もう隠すものなんてないじゃない」




そう告げた。




「それとも、まだ何か私に隠していること、あるの?」




僕は一生懸命に頭を空転させて、見つからない答えを探し求めた。




「ない、かも」




「じゃあ決まり」




アユミはどういうわけか一息ついて、何事もなかったように服を着始めた。




僕も彼女に遅れないよう、慌てて服をかき集めた。






部屋の明かりを点け炬燵に入ると、彼女はいつもより少しだけ近くに座った。




また、例の雑誌を捲っている。




僕の心は宙に浮いたまま、フワフワと部屋の中を浮遊していた。




「ねえ」




気付くとアユミは、再びこちらにまっすぐな視線を向けていた。




例の、僕を動けなくする視線を、だ。




「ねえ」




もう一度、彼女は僕に呼びかける。




「キスしよっか」




考えている隙に彼女は僕の唇を奪っていった。








★★★★★★★








「キス、しよっか」




それから一年の月日が流れ、また秋が訪れていた。




それまでに僕が学習したことと言えば、アユミはアユミのままで、でも時々スイッチが入るってこと。




「かわいいやつじゃない。この前言っていたドラマ、見てくれた? あの中の二人がやってたみたいなやつ」




湿度の高い唇がそう言い放つ。




そのドラマは言われた通り見ていた。




今までのフレンチキスではなく、大人の男女が縺れあうような激しいやつ。




また一つ、新たな扉が開かれようとしている。




彼女は早く大人になりたがっている。




僕は睨まれたカエルの心持ちでそう思う。




アユミはぐずぐずしている僕の手を引いて、どんどん踏み入れたことのない領域に足をかけていく。




膨らみ始めた乳房をみた。




生えそろった陰毛も。




僕はアユミのすべてを見た。




それでももっと知りたいと思う。




キスする前の挑むような視線や、した後の疲れたような表情。




もっともっと、知らなくちゃいけないことはたくさんあるような気がしていた。




僕は彼女の肩に手を添える。




「いいよ。してみよっか」




この夏の終わりに声変わりしたばかりの声をあげる。




「シュン、ちょっと変わった?」




アユミは一瞬たじろいで、こちらをうかがう。




「かもしれない」




「私たちも、これからどんどん、変わっちゃうのかな」




さっきまでの勢いが急に萎れて彼女は俯いた。




「ああ、変わるとも」




僕はそう言っておきながら、なぜか心は落ち着いていた。




「でも、変わらないものもきっとある」




なにもかもに確信が持てない中で、僕は祈りを込めて彼女を抱き寄せた。

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