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matataki  作者: 大橋 秀人
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君と秘密と潜水

瞬くと、煌めき揺れる日差しの中、プールの底で美しく水を掻く君がいた。




僕も不格好にもがく。




必死に距離を縮めようと試みる。




が、息が続かない。






水中から上がると、途端にセミの鳴く声が耳いっぱいに飛び込んでくる。




周りではしゃぐ同級生の笑い声も。




その中で、後から浮上してきた君と僕は密かに目を合わせる。




僕たちだけの秘密の共有。




周りの喧騒が遠のき、二人の息を切らした呼吸音だけが聞こえる気がした。






君は僕を一瞥し、何事もなかったかのようにプールサイドへ歩きだす。




乱れた息を強引に整えながら僕はその後を追う。




プールから上がると、僕たちは背中を向けて反対方向へ歩き出す。




夏休み最後の学校プール。




下級生が自由に遊ぶ中、六年生のグループはレーンのひとつに陣取って、男女に別れて潜水競争をしていた。




四対四。




よーいどんで対岸に向かって潜水していく。




相手は運よく君だった。




グループで競争することが決まって、その相手が僕だとわかった時、君は遥か遠いプールの対岸で密かにこちらに笑い掛けた。




それにどんな意味があるかはわからなかったが、水泳が得意な君に自分が勝つことはないとわかっていた。




でももし25メートルの真ん中まで行けたなら、君と水中で手を繋いでみたい。




いや、繋ぐんだ。




そんなことを僕は決意したのだった。








雨の多い夏の合間に、今日という日はよく晴れていた。




水は冷たかったが、プールから上がると強い日差しが体を焦らすのがわかる。




もう何本も潜水に挑戦した。




でも、半分にも届かない。




君との距離を詰め切れない。




一方で君は潜水の度にこちらに近づいてきていた。




僕は遥か彼方に思える25メートル先を窺う。




変わらないのは自分だけだ。




水中から上がってゴーグルを取り、一頻り顔に纏わりつく水を払うと、君は無言のまま僕を一瞥するのだった。




その呼吸は回を増すごとに荒くなり、肩が上がり、大きく胸が隆起していた。




僕は重怠くなった体を伸ばし、腕をもみ、戻り切らない呼吸を無理に整える。




もう少しでプールの時間は終わりを迎える。




チャンスは次で最後だろう。




酸素の行き渡らない脳みそでそんなことを考えた。








順番になり、対岸には君がいた。




普段は恥ずかしくて目を見ることもままならないのに、今はゴーグルをしているからか、堂々と対峙できている気がする。




きっと君も、僕を見ている。




花火大会の日、お互いの気持ちを確認したんだ。




両想いだとわかった瞬間、こんなにうれしいことがあるんだろうかと飛び跳ねるのを我慢できなかった。




それから少し二人の関係がぎこちなくなったけど、今はどういうわけか素直に君の顔が見れた。




そして僕たちは一瞬笑みを交わし、胸一杯に息を吸い込むと、同時に勢いよく水中に潜った。








プールサイドを蹴り出し、行きつくところまで伸びをして待つ。




案外、鼓動は穏やかで、水中の泡の音だとか遠くで水が掻かれる音だとか、もっと遠くの嬌声だとかが耳に入り込んできた。




水中の音はどれも静かに聞こえた。




きっと鋭さが削がれているからだ。




そう考えているうちに浮上を訴えだした体にムチ打ち、僕は大きく手足を掻き始める。




はじめから終わりのことを考えないようにした。




僕のできることは、自分の精一杯を出し切った後、君を信じて腕を伸ばすことくらいだと思った。




そこに手がなかったのなら、二人はもう結ばれないだろう。






呼吸はすでに黄色信号を出し、鼓動は急激にその速度を増す。




肺が空気を激しく求めている。




でも、僕は自分のこれまでの限界を超えてみようと決意していた。




今まで我慢できなかったラインを少しだけ超えるんだ。




そう思いながら精一杯に腕を伸ばした。




そして力強く手が引かれる感触と共に遠のき始めた意識が呼び戻されたのだった。






僕たちは一気に水中で息を吐き、互いに手を繋いだまま、ゴーグルを取った。




僕はうれしさのあまり苦しさを忘れ、笑みを向ける。




君もそれに応え、微笑んでくれた。




まだ無邪気に遊んでいた友達から、互いの気持ちを受け入れた後の新しい関係になってはじめて二人は素直に笑い合えていた。




時間が止まったような感覚は一瞬で、次の瞬間、君は力が抜け、表情を失くし、こちらに身を預けてきた。




顔が接近した。






《綺麗だ》






不覚にもそんなことを思いつつ、僕は力の抜けた体を抱きかかえ、水面に浮上したのだった。






僕は激しく咳き込みながらも、力の限り助けを求めた。




幸い近くに教師がいて、君は迅速にプールサイドに運ばれていった。




取り巻きに囲まれて心配されていたが、君はすぐに意識を取り戻し、照れ笑いを浮かべていた。






取り残された格好の僕は、やはり半分にも満たなかったプールの立ち位置を再度、確認した。




もう少し、限界を超えられたんじゃないか。




収まらない鼓動を感じながらも、皆に隠れてこちらに視線を向けてきた君を見て思う。




もっと君のことが好きなんだって示していかないと。




舌を出してお道化て見せる君に笑い掛けながらも、僕はそう決心したのだった。

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