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matataki  作者: 大橋 秀人
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タイミング

瞬くと、横風に葉桜が最後の花を散らしていた。


「今年は花見、行けなかったな」


出勤途中に通る公園の奥を横見してぼんやりひとりごちる。


行こうと思えばタイミングがないわけではなかったが、気がつけば桜は散っていた。




公園を過ぎたところにあるコンビニでタバコを買い、車に戻る。


「そういえばまだ、返してないな」


去年の暮れに友人と旅行にいった際に忘れていった携帯灰皿がまだ車内に置かれていた。


「こんど返しにいかなくちゃ」


声に出してみるが、どうにも現実感が伴わない。




仕事場では、今期の目標として掲げた新分野への参入の途中経過を報告せよとの業通が回ってきた。


「まだ手につけてないや」


周りに笑顔を振り撒くが、ちっとも笑ってくれない。


「鋭意、開拓中っと」


同期にパソコンを覗き込まれ、肩を叩かれた。




仕事帰りのパチンコは、いつもより台選びを慎重に行った。


候補は決まっている。


でも、どちらが正解かわからない。


とりあえずカド台に座って回し始める。


が、回らない。


今なら違う台に移動しても痛くない。


選ばなかった台が気になって仕方ない。


そうこうしているうちにかなりアツいリーチがかかる。


でもスルー。


頭に血が上って追いかける。


冷静になって血の気が引いたとき、振り向くと、選ばなかった台から大当たりのBGMが流れていた。




帰宅するとラップにくるんである食事をチンしようとして、でも面倒だからそのまま食べた。


最近、恋人は忙しそうだ。


疲れた様子で居間から立ち上がる気配がない。


一緒に食卓を囲むことも少なくなった。


彼女は彼女なりに日々を乗り越えているのだから、出来るだけ干渉はしないでやろう。


食器を洗いながらそう思う。


テレビでは華やかなブライダルフェアの特集が組まれていた。


「そういや俺たち、付き合って何年だっけ」


思わずそう問う。


「八年」


「お前、いまいくつ?」


「一緒でしょ?」


「31か」


聞き取れなかったのか無視したのか、彼女はそれには答えなかった。


【結婚したい?】


口から溢れそうになった言葉を慌てて塞いだ。


何だか訊くのが躊躇われた。


タイミングを逃して久しいそのキーワードを使うのに、自分でもビックリするくらいの抵抗を感じた。


―――今からでも遅くありません! 思い立ったが吉日ですよ!


テレビの前のリポーターがそう捲し立てた時だった。


「ちょっとこっちきて」


彼女は画面に目を向けたまま俺を呼んだ。


もしかしたらとうとうその時が来たのかもしれない。


思えば長い間、けじめも着けずにダラダラと関係を続けてきた。


恋人にも思うところがあったに違いない。


ここは年貢の納め時、申し入れを甘んじて受けようじゃないか。


「大切な話があるの」


隣に座ろうとすると、対面に座れと制された。


「今のテレビでも言っていたし、私も思い立ったが吉日だと思うの」


彼女はテレビを消すなりこちらに居直り、真剣な眼差しを向けてくる。


「そうだな、俺たちも同棲してからもう長いし、そろそろけじめをつけなくちゃな」


思い切り男前の声を絞り出してその眼差しに応える。


「そうね、私ももう若くはないけどまだまだやり直せる年齢だと思うし」


「ん? やり直せる?」


「そう。もうあなたと一緒にいてもトキメクことなんてないし、確かに楽だけど、自分が際限なくだらしなくなっていくようで嫌になっちゃった」


そんなことをあっけらかんとした口調で彼女は告げた。


今度はこっちが何かを言わなくちゃいけないタイミングだったが、勝手にパクパクする口とは裏腹に言葉は一つも紡ぎだせなかった。


「なんだ。なんにも言ってくれないんだね」


大して悲しそうでもなく、彼女は言いながら立ち上がる。


「思い立ったが吉日。今から荷造りはじめよっと」


そう言って脇を通過する彼女の姿を目で追う。


「出ていくのか」


「ええ」


引き留めなければ。


そう思った時、その横顔が久しぶりに爛々と輝いているのを見つけてしまい、とうとう声を掛けるタイミングを逸してしまった。


隣の部屋から彼女の鼻歌が聞こえてくる。


「ねえ」


「はえ?」


「新緑の季節って、いいよね」


彼女はそんなことを言うと、再び軽快に鼻歌をはじめたのだった。

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