夢の話~誰にも見られない種類の笑み
瞬くと、無限に広がる暗闇があった。
落ちていることだけはわかる。
でもそれが早いのか遅いのか、どれだけの速度なのかまるで見当もつかない。
周りには何も見て取れない。
空なのか、海なのか。
限りなく静か。
何も聞こえない。
感じない―――音も、臭いも、風の冷たさも、水の温もりも。
ただ、逆光が暗闇を照らし出している。
遥か遠方から届く光をクッションにして、漆黒の闇を仰いでいる。
そこにある感情を思案しだした時、傍らでひどく古びたランプが灯る。
視界の隅でずっとそこにあったように橙色の光が時折、揺れる。
ページが捲られる子気味いい音。
コーヒーの香ばしい香り―――。
ロッキングチェアが揺れ、軋む。
意識を向けると、拒むように頬を張られた。
「もうわたしの前に現れないで」
鋭い痛みがその聞き覚えのある声のことを忘れさせる。
アスファルトが濡れていた。
傍らでビニール傘が開かれたまま落ちている。
―――背後で、憤りを含んだ足音が遠ざかっていく。
歯を食いしばり振り返る前に、肩に尋常じゃない圧迫を感じた。
兎に角、重い何かを担いでいた。
足がぬかるんだ赤土に食い込んだ。
歩を止めるとすかさず背中が打たれた。
冷たさ。
あとから激しい痛みと熱を感じる。
歯軋りの音と鞭が空を切る音―――減り込む体。
その谷に顔を埋めるべく頭を垂れると、無数のシャッター音が聞こえた。
そこかしこから馬事雑言が浴びせられる。
安っぽい木目調のデスクがフラッシュによって明滅する。
震える呼吸を無理に抑え、拳を握る。
机がにじみ、一筋の水滴がスローモーションで落ちていった―――。
―――水滴が一粒落ちた瞬間、数え切れない雨に打たれた。
慌ててドアを閉めると一気に音の洪水は遮断される。
ガラス越しに吹き付ける豪雨が嘘のように遠ざかる。
荒くなった呼吸があまりにも生々しく鼓膜を叩く。
落ち着くんだ。
きつく目を瞑ると、呼吸の向こうに幽かな、でも確かな音を見つけた。
無音?
いや、聞き取れない何かが大音量でなっている。
水音?
いや、違う。
その正体―――それは炎。
確信めいた想いがその灯火を見つけさせた。
モノクロの、捉えどころのない、静かな。
夜のビルの屋上で、吹き上げる風を一身に浴びながらも尽きることのない。
生、あるいは死だろうか。
どんなに周りが騒々しくとも体の奥底に認識される。
―――今ならそれに触れる気がした。
今なら、諸手でやさしく包み込み、胸の奥にしまうことだって―――
伸びきった手は、何も掴めず空を彷徨う。
―――気づけばまた暗闇だ。
何も見えない。
逆光さえ、もうない。
それでも心は安らいでいた。
ああそうだ。
思わず笑みが零れる。
これは誰にも見られない種類の笑みだろう。
僕はそっと手を下ろし、隣で静かな寝息を立てる人の手を取ったのだった。




