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アルマゲドン御一行

「アルマゲドン御一行」



惑星の軌道をそれたロケットをおれは呆然と眺めていた。

地球にせまりくる隕石を迎撃するために発射されたロケットにはアメリカの大統領の名前が付けられていた。

「シット!」

同僚のケビンが計器をぶったたいた。それに反応してGメーターやクロノグラフがぐりぐりとまわった。ついにとうとう、壊れてしまったのだと思った。


スペースシャトルの窓から見える月にはいくつものクレーターがひろがっている。そのひとつひとつには色とりどりのイルミネーションが施されている。気づけばもうクリスマスも間近なのだ。おれは缶コーヒーをあおった。

地球が静止して以来、われわれ人類は月へと移住した。テラ・フォーミングは不十分であったが選別された人類が住む分には問題はなかった。一部のアメリカ国民と優秀な人材、あと宇宙開発に携わった人間が主に月への移住を許された。

残された地球人はアメリカに対して戦争を仕掛けたが、核爆弾の応酬で地球の寿命を縮めたのは言うまでもない。

そして地球上に人類はおろか生命は消え去り、地球は太陽系繁栄の象徴となった。われら人類は常に地球を崇めて暮らしている。キリスト教ももはや廃れてしまった。なにせ教会もないのだから。

だが、そんな日々も終わりだ。

 

アルマゲドンがやってくるのだ。

超巨大な隕石が地球に向かって降り注いでくる。そんなパニックがやってくるのだ。

遠い昔、新宿の映画館で見た覚えがある。しらけきったおれはラストシーンの前にシアターを抜け出した。お涙ちょうだいの展開は好きにはなれない。

だが今やおれは宇宙飛行士として隕石を爆破する最終機密のミッションを負っている。まさにアルマゲドンのメンバーというわけだ。家族にも言えず(もともといないが)完全に秘密の計画に参加している。

これも機密なのだが、NASAの調査によると月面時間本日、超巨大隕石が地球にぶつかって破裂することが判明した。それが月も飛び火するのではないかと言われている。そこでアメリカ政府はプロジェクトチームを立ち上げた。

いま月にいる人類はとても数少ないがいかんせん有能なものばかりである。すぐに数々の対抗策が練られた。

だが、ご覧のように頼みの綱の爆破ロケットは軌道をそれていった。地球を守るために残された道はもはや人力の爆破しかない。


「へどがでるな」

おれは煙草をふかしてケビンにいった。

「ああ、まったくだ」

ケビンはバドワイザーをあおりながら足でスペースシャトルを操作している。キャップのイワンは今は亡き朝鮮の大麻でらりっていて、シャトル備えつきのセックス用アンドロイドと仲睦まじくチークダンスを踊っている。

「このままどこかへ行っちまうか」

もはや地球に人なんか住んでいない。そんな星が無くなろうが誰かが困るわけでもないだろう。だがミッションを失敗したわれわれチームがのこのこと月に帰って行った日には英雄どころか戦犯扱いで宇宙放浪の刑に処されるだろう。人間なんてそんなものだ。

選ばれしアメリカ国民は悪には厳しいのだ。

だったら人類なんてもう見捨ててしまえ。おれたちで新たな惑星を探してそこで住もうじゃないか。

そういったらケビンはふむ、といっておれに向き直った。ケビンはイギリス人だが優秀なのでこのプロジェクトに参加している。青い瞳がおれを見据える。おれはたじろいだ。

「人類を見捨てるのはよくないと思うな。筒井、きみに責任がとれるかい」

「だが、人類はもう二百人もいないんだぞ。しかも屑みたいなアメリカ人ばかりだ。そんな人類は見捨ててしまおう」

いまにも取っ組み合いが始まりそうな勢いだ。

ケビンは身長が二メートルもあるうえ、いまはバドワイザーの瓶も持っている。けんかになるとどうにも敵いそうにない。


「そうだ、筒井が正しい」

奥の就寝スペースの扉が自動で開き、そこから起きたばかりであろうジェニスとチョンが現れた。スペースシャトルの操作は当番制なので順番に休憩をとるようになっている。ちょうど交代の時間になったのだろう。

先ほどおれに加勢したのは朝鮮系アメリカ人のチョンだ。

「アメリカ人は差別主義だからな。コリアンタウンも迫害する人種だ。そんなやつらが自由平等なんて、笑わせる」

「だがきみはアメリカ人だろ」

「いや、国籍はそうだが流れてる血はコリアのものだ。おれはコリアンとしての誇りは失っていないよ」

いかにもうれしそうにチョンは高説を垂れた。おれは差別主義でも民族主義でもないので彼の意見には賛成も反対もしないが、そもそも問題なのはアメリカ人が好きかどうかという話にではない。

話がそれてきたので元に戻そう。

はやいとこケビンの賛同者を見つけるべきだ。なぜならチョンの意見によりケビンが今にも殴りかかってきそうだからである。ケビンは大リーグの豪気なバッターのようにバドワイザーの瓶を振りかぶっているのだ。こんな狭いシャトルの中で暴れられたらひとたまりもない。俺は救いの手をジェニスに求めた。

「ジェニス、きみはどうだ」

「私は死ぬのはごめんだわ」

ジェニスは空気を読まずにおれに賛同した。

彼女は黒人だ。たしかカイロの出身だったかと思う。暑い気候の場所に住んでいたから月は寒くて大変だと漏らしていた。

「黒人だって少ないんですもの。もうあきらめたわ。人類はもう滅ぶべきよ」

「てめえ」

「おら、まてまてケビンおちつけ」

ジェニスをぶっ叩こうとしてるケビンをなんとか羽交い絞めにする。こんなでかいやつを無重力のなかでおさえつけるのは骨だ。

「ふざけるな! 愛母星心がないのか!」

「いや、それはおしつけだろ」

「チョンはだまってろ!」

 

てんやわんやである。チョンは中指をたててケビンをあおるし、ジェニスは顔を真っ赤にさせて白人がいかに黒人を攻め立てたか歴史順に話し始める。

おれにはどうしたらいいかさっぱりわからなかった。

「キャップ! キャップはどう思う!」

キャップのイワンはもうイったのか、べらぼうに長いいちもつをセックス用アンドロイドから抜き出していた。このアンドロイドには吸引機能もついているのでイワンのシュールストレミングのような精子もシャトル内に漏れ出ることはない。イワンは恍惚の表情でおれたちの話に参加してきた。

「ああっと、そだな、ええと、まあ、なんだ、もういいだろ。ケビン、そういえば隕石は来てないようだな」

「ああ!?」

おれたちはシャトル上部のディスプレイに示された時計を見る。時刻はすでに隕石の衝突予定時刻をすぎていた。

「どういうことだ!」

ケビンが半泣きでわめく。

「どういうことだ!」

「こいつ酔っぱらってるぞ」

「差別主義者はだまってろ!」

「どうする? 月に帰る?」

「まてまて! 本部に通信するぞ!」

がやがや騒ぐクルーどもを無視して、俺は通信機をとった。そして月面本部のNASAへと発信した。

「おい、どうなってる」

一瞬の間もせずにNASAの指令室は応答した。やけにがやがやしている。

『筒井、きみは日本人だったな』

この声は本部長の声だ。生粋のアメリカ人で、このアルマゲドンプロジェクトのトップの男だ。

『まもなく、そのシャトルは爆発するよ。人類のためだ、やむなしなのだ。優秀な君たちが反抗する前にこちらで手を打たせもらう。アメリカ人に幸あれ、というわけだな』

「はぁ」

ついにこの老人も痴呆だろうか。意味の分からないことをのたまっている。チームのメンバーもこの通信を聞いてしんと静かになった。きちがいの多国籍チームだが、どうにも理解できていないようだ。

「おい! なにいってんだクソ!」

ケビンがバドワイザーを通信機にぶちかました。受話器がへこんで会話もできなくなる。

「くそはてめーだ!」

チョンがケビンにけりをかました。ジェニスはあきらめたのか再び就寝しつへと帰っていった。おれはあきれてものも言えない。

「筒井、おれたちはどこへ行ったらいいんだ」

イワンがゆっくりとおれに話しかける。彼もあきらめているのだ。彼のいたソ連はもはや残っていない。月に戻る理由だってないのだ。

「我々はアメリカに負けたのだ。いまさらになってきづいたよ。悔しい。悔しいよ筒井。」

イワンが涙を流した。おれはそれが男の命の涙だということがいたいほどわかる。おれも皇国日本男児だ。なぜこんなばかげたことをしているんだ?

「コリアマンセー!!」

「クソ! クソ! クソ!」

クルーは発狂している。この泣いてるイワンもラリっている屑だ。


おれももう年貢の納めどきか。本部長のいうばかげたセリフが本当ならばおれたちはうまいこと担がれたということになる。この多国籍チームは別にスタートレックの影響ではないのか。ふつふつと怒りが沸き起こってくる。なんだこれは。まるでまぬけじゃないか。

「いくぞ、チョン、イワン、ケビン、おら、ジェニスもよべ、戦うぞ。爆発はいつからだ? いくぞ、わめくな。叫べ!」

おれは怒りのあまりシャトルの操縦桿を握り、そのまま百八十度旋回をする。目指すはわれらが母星、地球だ。

「全力前進だ! 今からこのシャトルは戦艦ヤマトと呼ぶぞ!」

「ふざけるな! クイーンエリザベスにしろ!」

「だまれだまれ! いくぞ!」


全速力でシャトルは発進した。

星屑の中、銀河をかけるシャトルはおれたちの夢を乗せて進む。そこには希望しかない。

幾重もの輪廻の黄昏を超え、人は何を願うのだ。そこに未来はあるのか、一度なくなれ。わあわあ。やあやあ。

数々の歴史と思いを乗せ、戦争は再び起こるのだ。

アルマゲドンは繰り返す。おれたちがそうだ。

今に見ていろ。

流星が注ぐのだ。地球よ、ともにあれ。

 

 



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― 新着の感想 ―
[一言] 気の利いたほめ言葉がでてこないので好きだとしか言えません。。。
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