6、波打ち際の少女
レオの誕生日まで、あと一週間に迫っていた。
「ホントに探す気があるの!?」
執務室まで押し掛けてきた有力貴族の娘であるダリスが、机に「ばんっ」と両手を突く。
「わたしとの結婚を、そこまで嫌がることないだろう」
幼馴染であり、恋愛感情でなくとも好意を持っている相手からここまで拒まれてしまうと、それなりに傷つく。
ため息交じりのレオの返答に、ダリスはただでさえつり目な目元を更につり上げた。
「嫌がりたくもなるわよ! だってレオってば、わたしと結婚しなきゃならないかもしれないっていうのに、一度も口説こうとしないじゃない。そこまでわたしに興味のない男なんて絶っっ対に願い下げ」
「なるほど。一理あるな」
冷静に相槌を打ったのがいけないらしい。ダリスはキンキン声で叫ぶ。
「一理とか二理とかいう話じゃない! あなたわかってるの!? あと一週間の間に結婚相手を見つけないと、わたしと結婚しなくちゃならないのよ!?」
レオは両手で耳をふさいで、破壊的な声から身を守る。そして小さくため息をついた。
ここ連日ダリスから文句を言われ続け、レオは申し訳なさを通り越して辟易していた。
「そんなにわたしとの結婚が嫌なら、母上に直接そう言えばいいじゃないか。娘のようにかわいがっているおまえの言い分を聞かない母上ではない」
かねてから言いたかったことを口にすると、ダリスはとたんにおとなしくなった。肩をすぼめ、うつむき加減に視線をそらす。
「それはわかってる。だからこそ言えないの。女王様はあなたに無事王位を譲るためだけに、長年玉座とこの国を守ってきたのよ。それが、あなたが結婚相手を決められないばっかりに台無しになってしまったらおかわいそうじゃない」
「台無しって、大げさな」
誕生日までに結婚できなかったからといって、レオが即位できなくなるわけではない。が、ダリスはもう一度机を大きく叩いた。
「大げさなもんですか。国中にも、国外にも、あなたが二十歳の誕生日に即位するって告知してしまってあるのよ? なのに結婚相手が決まらないからって延期? そんなことしたらあなたは何年も前から決められていた予定すらこなせない無能呼ばわり、そんな息子を育てたってことで女王様の信用もがた落ちよ。結婚しないで即位するために今から昔からの決まり事を変更しようもんなら、王家は国民に恥さらし、国は他国に恥さらしだからね」
ダリスの言う通りだから、ぐうの音も出ない。即位はできる。だが、誕生日までに結婚できなかった時の代償は大きいのだ。
悲しそうに眉根を寄せてダリスは言った。
「レオのせいであっても、国やあなた自身の名誉が損なわれることになったら、きっと女王様は心を痛められるわ。あなたの言うようにわたしは女王様にかわいがっていただいたからこそ、女王様を悲しませることはしたくないの」
そうだった。ダリスは言いたいことをずばずば言うキツいところはあるが、その本質は情の深い女性だ。だから母からダリスとの結婚を言い渡されて、最初は驚き抵抗を覚えたものの、その後はダリスと結婚してもいいかなという気持ちに傾きつつあった。にもかかわらず口説きはしなかったのだけど。どうせ好きになった女性とは結ばれない。だったら異性としてではなくとも、好意を持てる相手と結婚できればそれでいいのではないかと。
だが、そうしてなし崩しに執り行われた婚姻は、きっとダリスを不幸にする。ダリスを不幸にしてまで王位継承者としての義務を果たすわけにはいかない。ダリスとの結婚は取りやめてもらうよう母に言おう、そう口にしようとした時、先にダリスは言った。
「ともかく! わたしとの結婚は最終手段としてとっておいて、残り後一週間のうちにお相手を見つけてちょうだい。何ならお忍びで下街にでも行ってみなさいよ。魚よりもぴっちぴちの女の子がいーっぱいいるから。それとも誰かみつくろって紹介してもいいわよ?」
……そうだった。ダリスは情の深い女だが、そのために自分のしあわせをあきらめるような女でもなかった。
ダリスのこのたくましさにはたまに疲労を覚える。今でも疲れるのに、結婚して始終側にいるようになったら、もっと疲れることになるだろう。
執務机に肘をついてぐったりするレオに、ダリスは言い聞かせるように静かに言った。
「沿岸諸国で肩を並べる国のない大国の王子であることは幸運なことなのよ。他国から結婚を押しつけられることも、他国にお願いして婚姻という結びつきを作る必要もない。女王様は好きな相手と結婚していいと言ってくださる。残りの一週間を無駄にしないことね。──わたしは自分のしあわせをあきらめるつもりはないけど、レオ、あなたのしあわせも願っているのよ」
わたしのしあわせ、か……。
レオは自嘲気味に、心の中でつぶやいた。
部屋に閉じこもっていては出会いがあるわけないとダリスに言われ、自分の執務室から追い出された。 けれど結婚相手を探しに行く気になれず、誰もいない城の真下の小さな浜辺に足を運んでしまう。
三週間前に助けてくれた人魚のことが忘れられなくて、時間ができるとこの浜を訪れていた。
あの人魚は怯えていた。捕まえられてしまうかもしれないと恐れたのだろう。あんなに怯えていたのだから、きっともう姿を現さない。けど、もしかしたらまた近くまで来てくれるのではないかという期待を捨てきれない。
もう一度会いたい。会ってお礼を言って……だからといって、恋が成就するわけではないけど。
そんなことを思いながら、いつも通り岩の影をのぞいてみて、そこでレオは息を飲んだ。
船上パーティーの翌日、レオが倒れていた岩の影に、一人の少女が横たわっていた。
赤みの強いストロベリーブロンドの髪。小さくて卵型の顔には、可愛らしい鼻とふっくらした小さな唇が載っている。瞳は閉じていているけど、それでもとても愛らしい容貌をしているのがわかった。
レオはその愛らしさに驚いたわけではない。
めったに人の訪れのない場所に少女が横たわっていたことにも驚いたが、その愛らしい容貌に見覚えがあったからだ。
似てる。あの夜わたしを助けてくれた人魚に──。
けれど少女は人魚ではなかった。ほっそりとしていて本当に歩けるのかと心配なくらいだが、ちゃんと二本の足がある。
落胆を覚えるのと同時に、レオは慌てた。かろうじて胸には貝の胸当てを着け、肩に薄い衣がかかっているが、何故か下半身は何も身につけていないのだ。
レオは目をそらしながら上着のボタンを外し始めた。
「王子、レオ王子! どちらにいらっしゃいますか?」
リヒドが近づいてくる気配がする。
「ここにいる! だがしばしそこで待て」
ボタンを全部外して上着を脱いだレオは、少女の上に上着をかけると側にひざまずいた。
「来ていいぞ」
リヒドに声をかけながら、レオは少女の手首を取った。温かい。脈もあるようだ。顔に手をかざしてみると、かすかに息の流れを感じる。
「その少女は──?」
「ここに倒れていた。城に連れて帰って手当てをしよう」
そう言ってレオは少女の方から太腿までを覆った自分の上着で少女を包み、両手に抱え上げる。
「王子、わたしが」
リヒドに任せようとして、ふと思いとどまった。
「──いや、いい」
こうしたことは従者に任せるものだ。だがレオは、あの人魚に似た少女を他人の手に預けたくないと思ったのだった。
少女はとても軽く、城までの急な階段を抱えたまま昇っても、大して苦にならなかった。上着で膝まで隠しているとはいえ、素足をさらしたあられもない姿をできるだけ人に見せないように、通用口から城に入って客室の一つにこっそり少女を運び入れる。砂だらけなので浴槽の中に横たわらせると、リヒドが呼んできた年配の侍女頭に後を任せ、レオは私室に戻った。少女を抱いていたため砂だらけになった服を脱ぎ、軽く洗い流してから着替える。それが終わると、少女を運び入れた客室に向かった。
ノックして名乗ると、すぐに扉が開かれる。
「少女の様子はどうだ?」
「お気づきになられました。ですが……」
「入らせてもらおう」
何かあったのか、侍女頭は言い淀む。らちがあかなかったので、侍女頭を押しのけるようにして中に入った。少女の姿は扉を入ってすぐの応接室にはいなかった。寝室のほうにいるのだろう。半開きになっていた扉を大きく開けて入ると、中にいた者たちが一様に驚き振り返る。その中に、鏡台の前に座った少女がいた。少女の目はつぶらで、目をつむっていた先程よりさらに愛らしく見える。
やはり似てる……。
振り返って驚きに目を見開いた姿は、目を覚ましたレオに驚いて逃げていった人魚にますますそっくりだった。
信じがたいものを見る思いでふらり近寄っていくと、少女の髪を乾かしていた侍女たちは少女から離れてレオに頭を下げる。少女の姿をさえぎる者たちがいなくなったことではじめて、レオは少女がバスローブを身にまとっただけの姿であることに気付いた。
「し、失礼」
きびすを返そうとしたが、その前に少女は立ち上がりレオの前に立ってにっこり笑ってお辞儀をする。それから頭を上げ喉元に手を添えて口をぱくぱくさせた。
「しゃべることができないようなのです」
どうしたのかと問いかける前に、後ろからついてきた侍女頭が言った。
「君は──」
本当にしゃべれないのかい?
そう尋ねようとしたその時、寝室に勢いよくダリスが駆け込んでくる。
「レオが裸の女の子を連れて帰ったですってー!?」
額に手を当て、レオはうなだれた。誰なのか、そのようにあけすけな話をダリスに伝えたのは。
「しかも素っ裸に貝の胸当てだけの恰好だったって聞いたわよ!?」
レオの胸倉につかみかかったダリスは、ふと側にいた少女に目をやり、それから思いっきりレオの胸倉を締めつけにかかる。
「こんないたいけな女の子に、あんたは何て事をさせてんのよ!!」
「ち、違う! わたしがしたんじゃない!」
そこに大きな咳払いが響いた。
「詳しい話はこちらで聞きましょう」
「あ……」
寝室の入り口に、こめかみに青筋を立てた母クローディアが立っていて、レオはどう誤解を解こうかとげんなりため息をついた。
難航するかと思ったけれど、説明したら案外あっさり誤解は解けた。
「そうよね。女の子に変なプレイを仕込む勇気なんて、レオにあるわけないものね」
……誤解が解けたのはいいが、こういう信頼のされ方を喜んでいいものかどうか。そもそも、これは信頼と言っていいものかどうか。
レオとクローディアとダリスの三人で応接室のテーブルに着き、状況のすべてを説明した。話し終えたところでダリスにこのように言われてしまい、複雑な思いに駆られて渋い顔をしていると、青筋のまだ浮かぶクローディアがおもむろに口を開いた。
「つまりあなたは、崖下の小浜で見ず知らずの少女を見つけたということね?」
「そうです」
何やら尋問を受けているような気分になって神妙に答えると、クローディアは質問を重ねる。
「見つけた時点で、先程ダリスが叫んでいたような格好をしていたと」
念押しされ、空恐ろしいものを感じ冷汗の流れる思いでうなずく。クローディアはそれを見て目を伏せ、深く長いため息をついた。
「めったに人の下りてゆかない浜であなたが偶然少女を助けたのは僥倖ですが、少女の裸を見てしまったことはゆゆしき問題ね。かん口令を布きましたが、どこまで話が伝わってしまっているものやら」
「ところで母上は誰からその話を聞いたのですか?」
内緒にしておけばいいものを、わざわざ伝えて面倒な話にした人物を特定して締めあげなければ気が済まない。
ふつふつとわき上がる怒りを抑えて尋ねると、クローディアは予想通りの人物の名前を挙げた。
「リヒドです」
「リヒドが報告に来た時、女王様の側にちょうどわたしもいたの」
「リヒド……」
ダリスの自己申告も聞いて、レオは後ろに立つリヒドにじろっと目を向けた。レオに睨まれながらも、リヒドは何食わぬ顔で答える。
「侍女頭から相談を受けたのです。少女がマニアチックな恰好をしているけど、これは王子の趣味なのかと。どうしたらいいかと問われたのですが一介の従者でしかないわたしごときが判断できることではなかったので、女王に指示を仰ぎに伺ったまでです」
リヒドの隣に立った年配の侍女頭は、胸の前で両手を握り合わせながらおろおろと口を開く。
「あ、あの。申し訳ありません。王子が発見された時からあの恰好だったとはつゆ知らず……。ああしたご趣味があるのでしたら、わたくしどもはどのようにお仕えしたらいいのかと思いまして。見て見ぬふりをしているだけでいいのか、何かお道具をご用意すべきなのか」
「デーナ」
レオは侍女頭の名前を呼んで言葉をさえぎった。
「わたしにそういう趣味は一切ないから、変に気を回して誰彼かまわず相談するのはやめてくれ」
「は、はい。申し訳ありません……」
「あなたにどのような趣味があるかといったことは、今は問題ではないのです。問題はあなたが少女の裸を一瞬でも見てしまったということ」
趣味云々は後で蒸し返されても困るのでここでそういった趣味はないと認識の上で話を終了してもらいたいものだったが、母の言うことももっともなので黙って話の続きを拝聴する。
「さきほどちらと見たところ、この国の貴族の娘ではなさそうでしたが、もし他国で身分のある者だとしたら、このことを理由に結婚を迫られかねません。ダリスとの結婚が決まる前でしたらそれでもよかったのでしょうが……」
額を押さえて苦悩するクローディアをよそに、ダリスはけろっとレオに言った。
「そうよ。あの子と結婚しちゃえばいいじゃない。責任も取れて一石二鳥だわ」
ダリスの言葉を聞いて、クローディアは額を押さえる手を下ろし目をみはる。
「ダリス、あなたもしかして、レオとの結婚が嫌だったの?」
「あ……それは、その……」
失言によって隠していたことを言い当てられ、ダリスは困って言葉をにごす。
そうこうしているうちに、寝室の扉が開いた。出てきたのは少女の診察をした城付きの医者だ。
「お体には特に異常は見られません。ただ、声のほうは何とも……。以前はしゃべることができていたようなので、もしかすると大きなショックを受けて、そのせいで精神的にしゃべれなくなっているのかもしれません。だとしたら一時的なものだと思いますので、そのうち回復なさいます」
医者の報告に、クローディアは毅然とした姿勢で答える。
「ご苦労でした。下がってよろしい。少女のことはあまり吹聴して回らないように」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
医者が優雅に頭を下げて退室したところで、ダリスは席を立って寝室に向かった。
「ともかく、あの子から事情を聞かないと何も始まらないわ」
レオは慌ててダリスの後を追う。
「事情を聞くといっても」
「大丈夫。任せて」
ダリスは自信ありげに言って、寝室に入っていった。
少女はバスローブから夜着に着替えて、寝台のヘッドボードに枕を当ててそれにもたれて体を起こしていた。
「こんにちは。ちょっと失礼するわね」
ダリスはにこやかに声をかけながら少女に近づく。寝台の端に腰かけ、少女のほうに体をひねって話しかけた。
「お腹は空いてる?」
少女はこくこくとうなずく。
「すごくお腹が空いてるの?」
大きくうなずいた少女を見て、ダリスは近くにいた侍女に声をかけた。
「この子に食事を用意してあげて。最初はお腹にやさしいものがいいわ」
「かしこまりました」
言いつけられた侍女が下がっていくのを見てから、ダリスは少女に向きなおった。
「食事が来るまでお話をしましょう。わたしはダリス。ここ、ブリタリア王国の有力貴族の娘よ。よろしくね」
少女は少し悲しそうな顔をして、喉元に手を当てて口をぱくぱくさせる。
「聞いているわ。しゃべれないんですってね。一時的なものかもしれないから、心配することはないそうよ」
そう言ってダリスがにっこり笑うと、少女はほっとしたように表情を和らげる。
ダリスがこんなに子どもを相手にするのが上手いなんて知らなかった……。
といっても、少女が本当に子どもかどうかはわからない。小柄で華奢な体つきをしていたが、貝殻に隠された胸はまあまああったような気がする。
そこまで記憶をたどったところで、レオは頬を赤らめた。すぐに目をそらしたつもりだったが、案外しっかり見ていたらしい。赤らんだ頬を誰にも見られないようにさりげなく手のひらで隠した。
「文字は書ける? ああ、使っている文字が違うのね。見たことのない文字だけど、あなたはどこの国の人?」
ダリスが覚えのある国名を次々挙げていくが、少女は首を横に振り続ける。覚えていたすべての国名を挙げ終えたダリスは質問を変えた。
「あなたはこの城、ブリタリア城の崖下にある浜に倒れていたのだけど、何故そこで倒れていたのか覚えている?」
少女は小首をかしげ、また首を横に振った。
そうしたやり取りを繰り返しているうちに食事が運ばれてくる。質問を切り上げ少女の食事の世話は侍女に任せて、ダリスとレオは応接室に戻った。クローディアはすでに政務に戻っている。先程のテーブルに、二人で着いた。
「要約すると、あの子ははるか遠い国の生まれで、長い航海の途中嵐にあって船が難破して、運よくあの浜にたどり着いたということになるわよね。……あなたの時といい、この辺りの海流が大きく変化したのかしら?」
「そういう報告は受けていないが」
「でもそうとでも考えなきゃおかしいわよ。二人もあの浜で助けられるなんて」
レオは黙ってダリスの言葉を聞き流した。
レオには心当たりがある。
自分を助けてくれた人魚。
あの心優しい人魚が、人に発見されてしまう危険を冒して、再び人助けをしてくれたのではないかと。
レオと同じ場所に少女を引っ張り上げることで、レオに少女を助けて欲しいと言っているようにさえ思った。
「何にしてもかわいそうな話よね。近海で遭難者が他に見つかったっていう話も聞かないから、もしかすると助かったのはあの子だけかもしれないし。一緒の船に乗ってたっていうお父さまもお兄さまもお姉さまも……」
「……国へ帰るための手段を用意してやってもいいが、場所も名前もわからない国へ送り届けるのは不可能だし、第一帰れたとしても国に身寄りは残っていないようだし」
「これも何かの縁ね。できるだけあの子の力になってあげましょう」
「そうだな」
この話が終わってしまうと、どちらからともなく口を閉ざした。無言のまま時が過ぎるのを待っていると、寝室の扉が小さな音を立てて開く。
「お嬢様のお食事が済みました」
侍女の言葉を合図に立ち上がり、少女の元へ行く。
「お腹いっぱいになった?」
寝台の端に腰かけてダリスが尋ねると、少女はこくんとうなずく。
「それであなたの今後のことだけど、あなたはどうしたい?」
少女は何か言いたそうに口を開いたが、声が出ないことを思い出したのか喉元を押さえて悲しそうにうつむく。
「ダリス、ちょっといいか?」
場所を譲ってもらい、レオは寝台に腰掛けて少女の顔をのぞきこんだ。
見れば見るほど、あの時の人魚に似ているような気がする。だが、あの時の彼女には大きな魚の尾があった。手元に残されたピンク色の大きなうろこが、その記憶を間違いのないものにする。そして目の前にいる少女は間違いなく人間なのだ。
だが、これこそ何かの縁なのかもしれない。
あの時の人魚とは違う、きらきらとした目でレオを見つめてくる少女に、レオはふっと笑いかけた。
「君さえよければ、わたしのお嫁さんにならないかい?」
少女のつぶらな瞳が大きく見開かれる。後ろでダリスが叫んだ。
「ちょっとレオ! さっきのわたしの冗談を真に受けないで!」
「おまえはわたしと結婚したくなかったんじゃないのか?」
ちょっと振り返って言ってやると、ダリスは途端に口ごもる。
「それは、そうだけど……」
愛しい人はどうしたって手に入らない。なら、愛しい人に託されたのかもしれないこの少女を手元に置いていつくしめば、心の痛みも多少和らぐように思ったのだ。
「どうだろう? わたしのプロポーズを受けてくれるかい?」
目を見開いてぽかんとしていた少女は、はっと我に返ってレオの言葉に何度もうなずく。レオの提案を喜んで受け入れてくれるようだ。
レオは笑みを深め、少女の手を取った。
「それじゃあ、これからよろしく。わたしのお嫁さん」
顔を真っ赤にする少女の目の前で、レオは少女の手の甲にキスをした。