山中の銃撃戦
雲一つない青空から、突き刺すような正午の陽光が降り注いでいる。
急峻な山道を登りきった頂に広がる、広大な多目的公園。平日の昼下がりである今、見渡す限りの天然芝の広場にも、起伏に沿って延々と続くアスファルトの遊歩道にも、人っ子一人いない。遠くの尾根を渡る乾いた風の音と、時折響く野鳥のさえずりだけが、空に近いこの孤立した空間を長閑に包み込んでいる。
しかし、その敷地の最奥部、鬱蒼とした木立ちに半ば隠れるようにひっそりと残された建造物の内部は、外の平和な空気とは完全に隔離された異質な空間だった。
かつての作業施設の名残である、巨大なトタン屋根の廃工場。数十メートルはある高い天井を太いH鋼の骨組みが支え、ひび割れた天窓からは幾筋もの斜光が差し込み、宙を舞う無数の埃を白く照らし出している。
広大な工場内部を埋め尽くすように、赤錆の浮いた巨大な貨物コンテナが無数に置かれていた。かつて資材の保管庫として使われていたのか、コンテナは二段、三段と無造作に積み上げられ、動かなくなった巨大なプレス機や天井のガントリークレーンと共に、薄暗く息苦しい「鋼鉄の迷路」を形成している。
アヤは、その迷路の入り口近くにある青いコンテナの側面に背を預け、荒くなりそうな呼吸を必死にコントロールしていた。
両手でしっかりと握りしめているのは、つや消しブラックの9ミリ口径オートマチック・ピストル。太陽に熱せられたトタン屋根が工場内に熱気を閉じ込め、空気はサウナのように重く淀んでいる。むせ返るような古い機械油と赤錆の匂いが鼻腔にへばりつき、額を伝う汗が睫毛を濡らして視界を滲ませた。
数メートル先のコンテナの迷路の奥に、男がいる。カトウだ。
彼の手にもまた、無骨な大型の自動拳銃が握られているはずだ。
風が吹き、工場の緩んだトタン板が「ガコンッ」と鳴る。
それが止むと、巨大な空間からあらゆる音が消え去った。耳の奥で、自身の心臓の鼓動だけが「ドクン、ドクン」と反響している。油の染み込んだコンクリートの床に散らばる金属片を一つ踏むだけで、命取りになる状況だった。
「コツッ……」
左斜め前方、二つのコンテナに挟まれた狭い通路の奥から、硬い靴底がコンクリートを鳴らす微かな足音がした。
アヤはピストルを両手で構え直す。熱を帯びたコンテナの波板状の角から少しだけ顔を出し、視界の端でクリアリングを行う「スライス・ザ・パイ」の動きで、ミリ単位で慎重に射線を広げていく。
視界の端、積み上げられたコンテナとコンテナの隙間を横切る黒い影。
アヤの指が、一切の躊躇なくトリガーの遊びを引き絞った。
ターンッ!
工場の高い天井に向かって、鼓膜を突き破るような強烈な破裂音が叩きつけられた。
放たれた9ミリ弾は、カトウが身を隠そうとしたコンテナの角に直撃し、甲高い金属音と共にオレンジ色の火花と塗装の破片を撒き散らす。排莢口から飛び出した真鍮の空薬莢が、コンクリートの床に落ちて「チャキン」と澄んだ音を立てた。
その銃声が工場全体にビリビリと反響し終える前に、死角からの反撃が来る。
パンッ! パンッ! パンッ!
連続した三つの発砲音。カトウは姿を見せず、ただアヤのいるコンテナの角を制圧するための「制圧射撃」を放ってきた。
アヤが顔を引っ込めた直後、彼女の顔のすぐ横の鋼鉄の壁に弾丸がめり込み、強烈な衝撃音が鼓膜を震わせる。弾け飛んだ金属片が頬を掠め、一筋の血が流れた。
アヤは即座に身を翻し、コンテナの側面に完全に身を隠したまま、銃だけを突き出してブラインドファイアで牽制の二発を撃ち返す。
巨大な廃工場の中で幾重にも木霊した銃声が、ようやく静まる。
その後に訪れたのは、猛烈な耳鳴りを伴う重苦しい静けさだ。火薬の燃える強烈なアンモニア臭が、工場の機械油の匂いと混ざり合って息を詰まらせる。
(動いた……横の通路か、それとも上か……?)
アヤがコンテナの壁に背を擦り付けながら次の移動経路を探ったその瞬間だった。
ダダダッ!
距離を保ったまま、通路の奥からアヤの隠れているコンテナの上部目掛けて、怒涛の連射が浴びせられた。牽制ではない、明確にアヤを釘付けにするための濃密な制圧射撃だ。
火花と共に削り取られた鉄片が頭上からバラバラと降り注ぎ、アヤは思わず身を屈めて頭を庇う。
その隙を突き、コンクリートを蹴る硬い足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
(逃げる……? いや、違う)
直後、工場の奥から蝶番がひしゃげるけたたましい金属音が響き渡った。裏口にあたる錆びついた鉄扉が内側から蹴り破られたのだ。
舞い上がる埃の向こう、眩しい外の光が暗い工場内へと一気に流れ込んでくる。その光の束の中を、カトウの黒いシルエットが翻り、陽光の中へと消えていくのが見えた。
開け放たれた扉から、尾根を渡る乾いた風が吹き込み、淀んだ硝煙を吹き飛ばしていく。
カトウは、コンテナが入り組んで見通しの悪いこの閉鎖空間を見切り、外の広大な敷地へと自ら戦場を移したのだ。
アヤは荒い息を整えながら、ピストルの残弾を確認する。残りは11発。
彼女は額の血と汗を拭い、銃を構えたまま光の差す出口へと駆け出した。
薄暗く息苦しい鋼鉄の迷路を抜け出すと、そこは山頂にぽっかりと開かれた、空に近い公園だった。
見渡す限りの広大な天然芝の広場と、その向こうに広がるのはどこまでも続く青空と遠くの山並みだけだ。強烈な正午の陽光が、影を落とす場所すら奪い去っている。
吹き抜ける乾いた風の中、アヤは目を細め、この広大で開かれた空間のどこかにすでに陣取っているはずの敵の姿を探した。
工場内の暗闇に慣れきっていた瞳孔を、容赦なく降り注ぐ紫外線が焼く。視界が白く飛んで滲み、アヤは思わず片手で目を覆った。
その生理的な反射の隙を、熟練のハンターが見逃すはずがなかった。
「タァンッ!」
開けた空間特有の、反響を伴わない乾いた銃声が青空を引き裂いた。
直後、アヤの右足からわずか数センチ離れたアスファルトが爆ぜる。砕け散った黒い破片が足首を情け容赦なく打ち据えた。
「くっ……!」
アヤは迷うことなく、前方にある唯一の遮蔽物――公園の入り口に設置された、分厚いコンクリート製の水飲み場に向かって体を投げ出した。
空中でさらに二発、三発と連続した発砲音が響き、アヤが先ほどまで立っていた空間を不可視の死の線が通り抜けていく。アスファルトの遊歩道を削り取った弾丸が、嫌な甲高い跳弾音を立てて虚空へ消えた。
激しい摩擦で肘の皮膚を擦り剥きながら、アヤは水飲み場の裏側に滑り込む。心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、息が喉の奥でヒューヒューと鳴った。
熱されたコンクリートに背中を預け、荒い呼吸を殺しながら周囲の音を探る。
しかし、吹き抜ける乾いた風が芝生を揺らすサラサラという音と、遠くで鳴く鳥のさえずりが、カトウの足音を完全に掻き消していた。
(太陽を背にしている……完全に読まれていた)
アヤはギリッと奥歯を噛み締めた。
カトウは工場から脱出した後、アヤが追ってくることを前提に、広場の奥にある小高い芝生の丘――ピクニック用のなだらかな斜面――の中腹に陣取っていたのだ。そこからは広場の入り口が一望でき、何より今の時間帯、あちら側からアヤを見下ろせば、常に太陽を背にする形になる。
射線を確保され、光で視界を奪われ、おまけにこちらは残弾十一発のハンドガンのみ。絶望的なまでの劣勢だった。
バツンッ!
水飲み場のコンクリートの角が吹き飛び、粉塵がアヤの顔に降り注ぐ。牽制だ。こちらに顔を出させないための、正確無比な制圧射撃。
隠れている水飲み場は、大人が一人丸まるのがやっとの大きさしかない。カトウが丘を下り、左右どちらかに展開して射角を変えれば、アヤの体はあっけなく無防備な的になる。
留まれば死ぬ。動かなければならない。
アヤは自身の着ていたタクティカルジャケットのジッパーを素早く下ろした。
風の向きを読む。風は、アヤの背後から丘に向かって、つまりカトウの方向へ向かって強く吹き上げている。
「……やるしかない」
アヤはジャケットを脱ぎ捨てると同時に、足元の乾いた土と砂利を思い切り両手で掻き集め、風上に向かって思い切り放り投げた。
バサァッという音と共に、強風に煽られた砂埃が茶色い煙幕となって前方に広がる。
さらに、アヤは脱いだジャケットを左手で思い切り右方向の空中へと放り投げた。
それが最高到達点に達した瞬間。
タンッ! タンッ!
カトウの銃口が、砂埃の向こうで宙を舞う黒いジャケットに過剰反応し、二発の弾丸を撃ち込んだ。
その一瞬の銃口のブレこそが、アヤの求めていた唯一の活路だった。
アヤはジャケットを投げたのとは逆、左方向へと弾かれたように飛び出した。目標は、三十メートルほど先にある、公衆トイレのレンガ造りの建物だ。
遮蔽物のない天然芝の上を、アヤは低い姿勢で全力疾走する。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」
肺が悲鳴を上げ、全身の筋肉が酸素を求めて軋む。
遅れて、カトウが自身の欺瞞に気づき、銃口をアヤへと修正する。
パンッ! パンッ!
背後の芝生が次々と跳ね上がり、土塊がアヤのふくらはぎを打つ。風切り音が耳元を掠め、死神の鎌が文字通り数ミリの距離を通り過ぎていった。
あと五メートル。三メートル。一メートル。
最後はヘッドスライディングのようにして、アヤはレンガ造りの建物の裏側へ滑り込んだ。
直後、建物の角のレンガが砕け散り、オレンジ色の粉塵が舞う。間一髪だった。
アヤは壁に背を擦り付けながら立ち上がり、銃のグリップを握る手の汗をズボンで拭った。
残弾、十一発。まだ一発も撃っていない。
(奴は丘を下りきったはず。距離は詰まった……)
アヤは脳内で先ほどのカトウの射線と発砲音から、敵の現在位置をマッピングする。
公衆トイレの建物は正方形に近い。右から回り込まれるか、左から来るか。
いや、カトウほどの男なら、足音を殺して両方の死角を同時にクリアリングしてくるはずだ。
アヤは建物の角から顔を出さず、落ちていた空き缶を拾い上げ、右側の通路の奥へ向かって軽く放り投げた。
カラン……カラン……と、アスファルトを転がる乾いた金属音。
その音に反応して、右側の角の向こうで微かに「チャキッ」という砂を踏む音がした。
(右!)
アヤは即座に左側の角から飛び出した。
予想通り、カトウは右側の通路を警戒し、銃口をそちらに向けて歩みを進めていたところだった。
二人の距離は、わずか七メートル。
何の遮蔽物もない、完全に開かれた芝生の上。
アヤの突然の出現に、カトウは驚異的な反射神経で巨大なピストルを振り向かせる。
しかし、アヤの方がコンマ数秒早かった。
アヤは立ち止まらず、走りながら前傾姿勢で銃を両手で構え、トリガーを連続で引き絞った。
ターンッ! ターンッ! ターンッ!
放たれた三発の9ミリ弾。
一発目はカトウの右肩を打ち抜き、血しぶきを上げさせた。
その衝撃でカトウの銃口が大きく跳ね上がり、彼が反射的に引いた引き金から放たれた弾丸は、アヤの頭上はるか高空へと消えていった。
カトウの顔が苦痛に歪む。しかし、彼は倒れない。強靭な意志で再び銃口を下げ、アヤを捉えようとする。
アヤは足を止め、スタンスを完全に固定した。
今度は、太陽の光がカトウの顔を真正面から照らし出していた。先ほどの丘の上とは逆の光の暴力が、今度はカトウの視界を白く染め上げている。
アヤは冷徹なまでの冷静さで、フロントサイトをカトウの胸部中央、絶対的な急所へと合わせた。
「終わりよ」
ターンッ! ターンッ!
ダブルタップで放たれた二発の弾丸は、一切の狂いなくカトウの心臓を連続で撃ち抜いた。
ドスッ、という鈍い着弾音が響く。
カトウの動きが、まるでビデオの再生を急停止したかのようにピタリと止まった。
彼の目から急速に光が失われ、手から巨大なピストルが力なく滑り落ちる。
そして、大木が倒れるように、ゆっくりと、しかし重々しい音を立てて天然芝の上へと仰向けに倒れ込んだ。
バタリ、と。
それきり、男は二度と動かなくなった。
傷口から流れ出したどす黒い血が、青々とした天然芝を鮮やかに染め上げていく。
アヤは銃を構えたまま、慎重にカトウへと歩み寄る。
足で彼の手から落ちた銃を遠くへ蹴り飛ばし、数秒間、その死を確実なものとして見届けた。
ピストルのスライドはまだ後退していない。残弾は六発。もう、撃つ必要はなかった。
アヤはゆっくりと銃を下ろし、深く、長く、息を吐き出した。
全身を支配していた極限のアドレナリンが徐々に引き始め、擦りむいた肘や、全身の筋肉の痛みがドッと押し寄せてくる。
彼女はそのまま芝生の上に力なく座り込み、真っ青な空を見上げた。
雲一つない青空から、突き刺すような正午の陽光が降り注いでいる。
銃声の余韻はすでに消え去り、広大な公園には再び、尾根を渡る乾いた風の音と、何事もなかったかのように鳴き始めた野鳥のさえずりだけが満ちていた。
鮮血に染まった芝生の上で、強烈な太陽と冷たい風だけが、終わったばかりの凄惨な狩りの勝者を静かに包み込んでいた。
山の上の静かな公園に来たとき、ここで銃撃戦が行われたらどうなるんだろうと漠然と思い、プロンプトだけAIに渡し、AIに作ってもらいました。文章のつなぎ目などの編集は私が行いました。




