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この愛情に救いはない



 目が覚めて一番に見るのが大好きな女の子であるのは、幸せなことなのだろう。


「響くん、おはよう」

「……おはよう、千鶴」


 髪を直す仕草に隠れて喉元に触れた。

 いくら響の容姿が美しい少女そのものだとしても、骨格は線の細い男で女性の体とはつくりが異なる。

 喉仏はほとんど目立たず隆起も直に触ってなんとなくの程度だ。昨夜と感触が同じか判断がつかない。

 今この肉体は女なのか男なのか、混乱は琳城を名乗る贋作の口調を作らせていた。


「どうしてこんなとこで寝てたの?」


 些細なことでもよく気がつくから、響の動揺は千鶴にも伝わっている。

 境界線に口うるさい幼馴染みがベッドに背を預けて寝ていたら、それはそれは不思議だろう。

 まさか昨日のことを言えるわけもなくて、響は結われていない黒髪の毛先をくるりと遊んだ。


「夜中にあなたが私を寝言で呼んだの。ベッドの中に連れ込まれそうになったけど、それだとあなたの貞操が危ういでしょう? だから、ここで見守っていたのよ」

「……夜、なにかあった?」

「ないわよ」


 あったことを証明している完璧なお姫様スマイルをしてしまう。

 頭にあるのは、男の響でいたいと望めば同じことを繰り返す──そればかりだった。


「響くん、イヤリングなんてしてなかったよね?」

「イヤリング……?」


 脚にベッドカバーを掛けたままの千鶴が、響の右耳にそっと触れた。

 一層顔を顰めると、目で確認できない響へとベッドから降りて手鏡を持ってくる。

 耳たぶすら可憐な両耳に、銀色の金具に載せられたピンクの粒と丸い玉。


「『女の子にはワンピースとリボンが似合うの。響ちゃんが大人になったら、ピンクのダイヤモンドとパールのアクセサリーを贈るわね』」


 一言一句間違えずに覚えていた。

 これがあるということは、昨夜の契約は幻ではない。

 今後、もしかしたら今まさに、響は女に変えられていくのだ。

 絶句している千鶴に微笑みかけて、豊かなミルクティーの髪を耳にかける。


「似合ってるかしら?」

「やめて響くん……!! 女の子になっちゃダメ!」

「いいのよ、これで」


 泣きそうな顔で千鶴はイヤリングを外そうとするが、中腰の不安定な体勢だからではなく、彼女にも取ることはできないのだ。


「似合ってない! またそんなこと言ったら……っ、絶交するから!」

「千鶴ちゃん……」


 肝心なことを話さないから千鶴の衝撃や恐怖は膨れ上がる。

 でも言えない、君のために女になる決意をしたとは口が裂けても言えなかった。

 その拒絶反応は甚大で、千鶴に嫌われたくない失望されたくないという意識を焼きつけていった。


「冗談だよ……、これね、あの人の形見でさ。なんとなく持ってきて、千鶴ちゃんをちょっとビックリさせたかっただけ……」

「響くん。わたしは響くんの味方だよ、なにがあっても……。でも響くんが男の子でいるのを諦めることは許してあげられない。……ごめんなさい」


 自分が泣いたせいで千鶴も呪われたのだと感じた。

 優しい千鶴は白嶺響が男でいたいと強く望むことを受けて、響の望みが絶たれないように繋ぎ止めてくれる。

 しかしその温情──もしくは執念や執着が彼女を苦しめる。


「千鶴ちゃんが謝らないでよ、俺は君に生かされてる。君がいるから俺は男でいられる。息ができるんだよ」

「そこまでは、よくないよ」

「だね」


 二人して利口なほうだから、共依存になりかけてしまうのではないかと注意深くもなっていた。

 響は差し伸ばされた手に力を預けないように自分の足で立ち上がる。


「おはよう千鶴ちゃん」

「おはよう響くん」


 寝癖がついていても最高にかわいい女の子は、響の言葉遣いに表情の強張りが緩んでいた。

 白嶺響は恋をしている。

 であるから、母親よりも好きな人を選んだ。


     §


 耳から取れないイヤリングに気難しい顔の千鶴に胸を温められつつ、今朝は恭しく彼女の手を取り最上階から二階の共有フロアにエレベーターで降りる。

 姫之條女学院は通園式の幼稚園があり、小学校からは全寮制だ。

 広大な学院敷地内には片手で収まらない数の寮が点在し、学年単位で三年毎に移動するシステムを採用している。

 響達が共同生活を送るのは月桂樹寮、高等部一年生のみが暮らす乙女の寄宿舎。


 おしゃべり雀どもは響の登場に飽きることなくはしゃぐものだが、今朝はやけに静まり返っている。

 瞳には誰もが恍惚を浮かべ、中には手を取り合って見つめてくる者までいた。

 ハッキリ言って異様だ。


「なんか、今朝は視線がすごいね」

「そうね……」


 ストレス性の幻覚だろうと見積もっていた光の輝きが、脳の奥まで刺激するようにバチバチと激しい。

 自然に指を繋がれてわずかの間に呼吸を直す。

 大丈夫、と千鶴とアイコンタクトを交わすと、つんざく悲鳴が割って入った。


「白嶺さん……!!」


 顔面蒼白の志座霞の叫び声に、響は目を見開いた。

 この女は今なんと呼んだ。

 白嶺さん──琳城美世子の信奉者ならば絶対に呼ばない響の本名だ。

 志座はこちらが把握しきれていない真相を掴んでいると直感が告げる。

 彼女が大きく身を崩したのを察した瞬間、響は千鶴の手を振り払って走り出していた。


「お前が知ってる話を聞かせろ」


 傍目には貧血で倒れかけた少女を抱き留める凛々しい姿に映るだろうか。

 これは恫喝だ。

 腰を支える五指が食い込む痛みに志座は顔を歪めている。


「志座さん。倒れるほど体調が悪いのなら登校はできないわね」

「ええ……」

「看病して差し上げましょうか?」

「放課後、様子を見にきてください」


 賢明だと一瞥した。唯々諾々と従う志座は扱いに困らない。

 彼女が悋気の対象になったところで響は大した関心がなく、使えるものならなんでも使って情報を収集する。


「琳城さん。もう平気です」

「そう。……千鶴──?」


 わりと強い力で押し退けられて体が離れる。

 女の園の頂点に君臨させられた響を雑に扱った点に驚き、困り眉の少女の目線の先を辿って、情けない『あっ』が出そうになった。

 感情を読みにくくする小奇麗に馴らされた笑顔だが、小学一年生のときから片想いしている響にはわかる。

 嫉妬している、しかもかなり炎が燃え盛っている。

 感動してしまったのに気づかれたら、千鶴はツンとそっぽを向いて食堂へと入ってしまった。


「すみません、私のせいで」

「思い上がらないでちょうだい」


 千鶴に威嚇されたのが余程こたえたのだろう、志座が口を滑らせるから今度こそ冷徹に突き放した。

 女だらけの修羅場など潜りたくもない。


     §


 やはりというか、千鶴はずっとつっけんどんで愛想も表面的で反応も悪くなり、響は響で彼女のそんな愛くるしい一面に内心小躍りしていた。

 特別な一人を傍に置かない琳城美世子の息女にはみるみるうちに上級生から下級生まで集ってきたが、響の『どいて』『邪魔よ』『うるさいわ』の苛立ちで瞬間的に高揚して引いていく。

 お育ちがいい少女達は響に限って礼節を保てるようだった。


 行きも帰りも振られるとさすがに面白くなかったが、性懲りもなく千鶴ちゃんかわいいを訴える男子イズムの響の脳内。

 大股で石畳を闊歩し月桂樹寮まで上りきり、部屋に戻ったらとりあえず謝ると決めて、玄関ホールの肖像画の前で佇んでいる目当ての相手に声をかけた。


「志座霞」

「お疲れ様です、琳城さん」

「あなた、一人部屋? 今から伺ってもいいかしら」

「夕食後に会議室を予約しています。そこでお話ししますので……今は……」


 エントランスに詰めている同級生の意識が群がり、志座は声のボリュームを落とした。

 失言したのを認めて短く謝罪すると、小さく首を振られる。


「あなたは、私のお母様のファンというわけではなさそうね」

「そうですね。──あの、亜咲さんに誤解させるような言動は謹んでください」

「……わかっているわ」


 お前も充分招きそうだと睨みかけたが、女子からすると釘を刺さなければならない程度には事態は悪化しているのかと押し黙る。

 志座に並んで麗しい微笑の姫神様を仰ぎ見た。

 いつまでも無垢な少女だった母は、娘が息子であるのは悪夢だと言いきった。

 三年で母親の呪縛を乗り越えられるか無性に怖くなる。

 到底素直に認められないが、結局響は白嶺美世子に愛されたかったのだ。


「またあとで。ごきげんよう」


 専用のカードキーでないと到着できないフロアにはあの人の青春が詰まっている。

 千鶴がいる部屋なのに戻りたくなかった。

 憂鬱な気分のときに限って、わらわらと囲まれて鬱陶しい。


「響様! そろそろ昨日からなにかが変わりまして?」

「その質問は聞き飽きたわ。静かにして」

「すっ、すみません……!」

「響様! この者には正しく言いつけておきますので!!」

「あぁ、響様! エレベーターが着きましたわ! どうぞ先にお乗りください!」

「譲ってくださるの? ありがとう。ごきげんよう」

「ごきげんよう!!」


 興奮している女子のさえずりは、視界が無数に弾けている響の頭痛を引き起こす。

 カーペット敷きの筐体に一人乗り込むと、体が斜めに倒れ、壁にもたれながら目を閉じた。

 強く思う、なぜ千鶴は愛想を尽かさないのだろうか。

 この思考は響が追い詰められている期間特有のシグナルだった。

 でも、好きな子の前ではジメジメしていたくない。


「ただいまぁ、千鶴ちゃん!!!」

「あっ……響くん! ベッドにダイブしないでって何度も言ってるよ!?」

「ごめぇん──ごめん」


 無駄に廊下で過ごすのも嫌で入室したが、怒気を含んだ千鶴の声に、遅れて半分無視されていたダメージが訪れるのだから厄介だ。


「ごめんね、千鶴ちゃん」

「わたし、怒ってるんだからね」

「うん…………。俺、千鶴ちゃんじゃないとダメだなあ」

「響くんめんどくさいから、わたしじゃないと相手できないと思う」

「うん。俺は君以外に興味を持たない」


 千鶴の声だから心地がいいのであって、異性の声全般が姫之條に来てから苦手になっているのを痛感した。

 二人で逃避行したいと駆け落ち願望が頭を過ったが、響が望むのは亜咲家の皆と白嶺家の納得の末のハッピーエンドのみ。

 濁点つきの血を這ううなり声を上げながらようやく起き上がれると、机の椅子に座っていた千鶴が全身でこちらを確かめていた。


「志座さんには、興味あるんじゃない?」

「あの人が気に入ってんの、明らか千鶴ちゃんじゃん。──食事のあと話すことになってるけど、浮気とかじゃないからね。勘違いしないでよ」

「しないけど……」

「俺は千鶴ちゃんだけ」

「知ってる! もう……、そうやってリピってると説得力落ちてくから注意しなよ。すっごく軽薄に聞こえる」


 鼻に皺を寄せてもかわいい幼馴染みにデレッとしたら、つかつかと歩み寄ってきた千鶴に頬を柔らかく挟まれ、揉まれた。

 抓るではないのが千鶴らしくて、男の子響くんは気が済むで触らせてあげた。


     §


 機嫌が回復した千鶴とは談笑しながら食事ができたが、お嬢様学校といっても食器やトレーを自分で片し終える頃には、またもや沈みがちにさせてしまった。

 響は自分のことをわりと紳士で優良な彼氏候補だと自認していたが、とんでもなかった。


「じゃあ千鶴、先に部屋に戻っていてちょうだい」

「遅くなったら、寝てるからね」

「えぇ──そうしていて」


 暗がりの記憶に呼吸が浅くならないように微笑を浮かべ、響は掲示板コーナーでジッとしている志座に近寄る。


「参りましょうか」


 振り返ることもなく歩き出した彼女についていくと、二階の廊下の奥へと進んでいき、関係者以外立ち入り禁止の札が掛けられた部屋のドアを開ける。

 定員八名ほどの小さな部屋には、長テーブルが四台、椅子は八客あるが積まれていないのは三脚だけ。


「お好きなところにお掛けください」


 そう言って自分は最も入口から近い椅子に腰掛ける。

 机が二×二の配列で、志座と同列か、正面に置かれたホワイトボードの前にしかないのはわざとなのか。

 千鶴ちゃんは心理テストとか好きなんだよな──と堂々と司会進行役の席に座る。


「先にこれだけは聞かせて。千鶴はこの学院にいて安全なの? 無事でいられる?」

「あなたが亜咲さんを守れるのであれば」


 どこまでも響を試すもの言いをする彼女に不快感が募っていくが、それが八つ当たりだろうことは理解している。

 志座からすると突然絡んできた同級生でしかないのだ。

 とある一点から見れば彼女は被害者であるが、黒目がちの瞳は覚悟を決めている。


「白嶺響さん。私はあなたが男性であることを知っています」

「俺のこと白嶺って呼んでたもんな。わざとか?」

「いえ──それは、ごめんなさい。伝染ってしまったんです」


 神経質に睨めつけながら、志座霞の一挙手一投足を監視する。

 いくら琳城美世子の子どもだからといって、女子校に通う少女達が諸手を挙げて男の響を歓迎しているとは考えにくい。

 響は美世子様のご意思によって市井の学校に通っていたが、愛する母亡きあと、高校からはやはり姫之條だと幼馴染みとともに来た──という設定になっている。

 さらに詳しく決めてあるが響はプライベートな内情を誰彼構わず話す主義ではない。整合性がなくなるから千鶴にはずっと同じ学校に通っている幼馴染みとだけ話すよう頼んであった。

 白嶺姓は、少なくとも現在姫之條に在籍している同級生が知るところではないはずだ。


「志座霞、お前何者だ」

「姫之條の経営一族の娘です。あなたが琳城美世子様に複雑な思いを抱かれていることも、亜咲さんの素性も存じています」

「昨日のことは」

「姫神──この学院にある琳城美世子様の肖像画には、いずれも姫神の銘があります。白嶺さんはお母様の代わりに姫神様になるべく、ここに呼ばれたのです」


 説明にも段取りがある、それはわかる、しかし理性は損じて事情を把握している少女に噛みついていた。

 大切な女の子を傷つけられた、彼女を守らなければと必死になっている、大好きな子を殺したのは自分の母親──まだあの人に未練があるから響の思考はぐちゃぐちゃに濁っている。


「この学院はなんだよ、人の母親で宗教でもしてんの?」

「そうですよ。ここは良家の子女達が神になるべく鎬を削る、学校とは名ばかりの研究施設です。あなたも周囲に光が見えませんか?」

「……俺だけの幻覚じゃないの?」

「その輝きこそが姫神因子。その名のとおり、姫神になる素質です。これは女性のみ保有することができる才能の萌芽ですのであなたは完全な異端児。亜咲さんもです。亜咲千鶴さんには姫神因子がまったくありませんから」

「千鶴ちゃんが蔑まれてるのって、そういうこと」


 生徒全員が所有していて相互認識ができる上で、たった一人持たざる者が現れたら見下されるのは当然と言えば当然。

 けれど感情論が全否定する。


「姫之條では教員生徒の全員が、保有率の差はあっても全員がキャリアです。加えて、あなたは琳城美世子様のお嬢様ですから……」

「俺が男だって微塵も疑われないのは、ま、見た目がコレだからってこと以上に──姫神因子? そのバカみたいな名前のモンを男が持てないってことだからか。ハッ……最悪」

「姫神因子は恋愛感情や友情、尊敬によって増減します。白嶺さんほどになると与えられてばかりでしょうが、一応相互授受相互増幅を基本としています」

「ふうん……俺の保有率って高いの?」

「ええ、美世子様に次いで」


 すでに響は耳を塞ぎたくなっていた。

 自分は男であるという確固たる自意識を捨てても捨てなくても、肉体には女性しか持てない遺伝子情報のようなものが備わっているらしい。

 母の愛ゆえに、響は世界で一番特別な存在になれる素質を持っている。

 志座は淡々と、だがやや言いづらさを抑えるようにして続けた。


「あなたが想定しているお嬢様生まれでなくとも因子保有者は大勢いますよ。姫之條が非常に特殊なんです。ここは先程も言いましたが実験施設で……あなたの感覚にはないかもしれませんが、思春期の女子は同性同士で疑似恋愛をすることが多くあります。姫神因子は恋愛感情由来のものが最も振れ幅が大きいのですが──清らかな体ではなくなると、普通なら消失してしまうものです。ここが男子禁制なのは、つまり……」

「マジ気持ちわりい。完全にカルト宗教じゃん。母さんも完全なイレギュラーで、ここの女神様ってわけだ」


 思春期特有の潔癖さや恋に恋する感覚というものを助長させる環境でも、蝶よ花よと育てられた生粋のお姫様だった琳城美世子は特別な存在だった。

 在学当時の彼女の信者達が後世まで語り継ぎ、あの人亡きあとも信仰が残り続けて“娘”にスライドした。

 母は恋をすることを望み、子どもをもうけることを望んだから姫神にはならなかった。代わりに死して尚娘を召し上げようとしている。

 きっとそれが白嶺美世子にとって娘に与えられる最上の愛だったからだ。


「昨夜の亜咲さんへの危害は少女達の悪意の集合体です。姫神因子保有者は超能力者だと思ってください。彼女を襲ったのは怨念。あなたに憧れを持つ少女達の嫉妬」

「呪いが、千鶴ちゃんを殺したとでも──?」

「加えて、琳城美世子様のご意思ですね。あなたのお母様は亜咲さんを毛嫌いしていたと伺っています」


 母の無償の愛、あの人の一方的で身勝手な感情の押しつけが男である響に姫神因子を保有させ、美世子が疎んだから千鶴は姫之條の大勢に悪し様に言われる。

 生真面目に説明する志座からは響を騙している匂いは嗅ぎ取れない。

 少なくとも、志座には千鶴への敵意はない。敬意を払い、なぜか強い親しみを抱いているようだ。姫之條の女神への信奉心など欠片も持ちたくない意志が窺える。

 シンパシーと言えば簡単だが、志座霞が千鶴を見つめる眼差しは自分のものと似通っているのだろうと感じられた。そうすると、彼女を見ていると湧いてくる腹立ちは同族嫌悪なのだろう。


「白嶺さん、あなたは亜咲さんを愛している。亜咲さんもあなたを愛されている。彼女の愛情はあなたの姫神因子を増やし、純粋な想いゆえにあなたを神に押し上げる。あなた方の絆が深いがゆえに、白嶺さんはまた、姫神になってしまった」

「あんた、どっから来たんだよ」


 せっかちな響が口を挟むと、志座は初めて息を吐いて笑った。


「私には異界視があるんです。眠りに就いているときに別世界を見ることができます。並行世界と言うのでしょうか、姫神に御成になられた白嶺響さんや……お傍にいる亜咲千鶴さんに、子どものときにとてもかわいがっていただいたんです。志座霞は姫神に仕える女官のような立場なんですよ」

「だから同じように俺達の──千鶴ちゃんの力になりたいんだな」

「はい。我が身を懸けて亜咲さんの未来をお守りしたいのです。……といっても、私にできることはお二人が知らない知識や別世界の状況を説明解説し、そちらの方向へいかないようにフォローする程度です。あなたのお邪魔はしません」


 強烈な敵愾心をぶつけてしまった響は据わりが悪くなって椅子を鳴らした。恐らく別世界の志座霞もたびたび睨まれているに違いない。余裕のある笑みをしていて自分の矮小さが気に食わなくなる。

 志座は大人の千鶴の想像図に意識がずれていく響の意識を手繰った。


「亜咲さんの愛情、それがあなたを男性に引き止めています。亜咲千鶴さんがあなたを愛している限り、白嶺響さんは男性です。私がお会いした響さんも男性でしたよ」

「でもさ……、千鶴ちゃんが俺を愛している限り、俺は姫神をやめられなくて──千鶴ちゃんは俺を男として好きでいてくれるから、危ないよ」

「けれど、神と信徒の相互関係、崇拝と庇護が断ち切られたら、どうなると思います?」

「…………やめろよ」

「ええ、あってはならないことです。あなた方お二人は結びついてていなくてはなりません」


 姫神因子なるものを保有しない大人の千鶴は、異世界の少女をここまで惹きつけてやまない。

 別の世界で神になっているらしい自分の詳細を、響は聞くことができなかった。


「美世子様のご遺志は固く、あなたはどの世界においても姫神因子の開花によって神になることは避けられないそうです。ただし、今はまだあなたは“なりかけ”です。姫神というものを知らなかったのでなりようがありません」

「知ったら、なっちまうじゃん」

「正しい手順を踏んで神になってほしいんです」

「正しくって──」


 姫之條の生徒達は清く正しく美しくを幼少期から刷り込まれている。

 学校が掲げる『清廉潔白』の四字熟語。響は異性の少女に対して聞くのも憚られる内容を問わずにはいられない。

 姫之條女学院の本質と体制からとある予測が立ち、神になった男の境遇に行き着いてしまった。


「別世界の俺達ってさあ……」

「キスもしたことがないそうですよ」

「マジかよ!! 童貞!? はあ!?」


 叫んでしまった響は侮蔑を色濃く浮かべている志座に殊勝に謝罪して、お伺いを立てるように重ねて尋ねた。


「なあ、女子にこんなこと聞くのもあれだけどさ、俺が千鶴ちゃんと、その、今すぐにでもセックスしたら、神にならないことになる?」

「わかりません──あなたが琳城美世子様のお子様であるならば、姫神になるのは避けられない運命です。“なりかけ”とは言いましたが、あなたは一度女性になることを受け入れてしまっています。そのときに一度確実に神に近づいたはずなんです」

「……そう、それで、千鶴ちゃんが引き戻してくれたんだろうな」


 今日一日中囲まれ続けたのは、姫神因子の開花を察知したというのに目の前の女がまだ人間であることが、彼女達の知識や状況理解と相容れなかったからだ。


「美世子様は生まれついての現人神です。あなたは彼女の血を継いでいる。彼女に望まれているから姫神にならざるを得ない」

「……血か! 入れ替えたいな。なあ、たとえばさあ、俺が君の姫神因子を根刮ぎ奪い尽くすようなことは可能? そうやって、力をつけてさ、千鶴ちゃんを守れるかな? 最悪な気分になるけどそうやって他の女子から“愛情”を貰ってけば、千鶴ちゃんを守ることだけはできるよな」

「やめてください!! 響さんもそうやって……っ!」

「本気で最悪──」


 優しい気持ちで恋をして支え続けて応援していた、幼馴染みに裏切られる。別世界の千鶴の気持ちはどれほどのものだっただろう。

 志座霞は分岐点、一巡目的な響が犯した失敗を正すために彼女は行き先案内人を務めようとする。千鶴を慕っているからだ。彼女は純粋に千鶴を思うことが可能だ。


「志座さん。俺にできることはなに? 俺は女になったって構わないんだよ。千鶴ちゃんのためだったらなんだってする。母さんから……!」

「あなたが女性になることを受け入れたら千鶴さんが悲しみます。誰も救われない」

「千鶴ちゃんに愛されたくないって思ったとか……、初めてだ」


 千鶴と愛し合いたい、大好きな女の子と結ばれたい、当たり前に触れ合いたい。

 しかし、白嶺響が男として亜咲千鶴を求めたら彼女が喪われる。何度も何度も母親に幼馴染みを殺されてしまう。

 琳城響から逃がしてやりたいと、強く強く祈ってしまった。


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