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ポイ活ディストピア。  作者: さんまぐ


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8/8

第8話 (最終話)なるようにしかならない。

佐藤太郎が最後に来てから3ヶ月後。季節はもう冬になっていた。

本音は新年を家族で迎えたかったのだが、繁忙期に宿が取れない事、孫たちの試験に関わるからと言われ、秋に旅行に行った。


そう。市川明彦は細かな条件を出して、受け入れさせることで自身も選択をした。


だが正直、条件の中の、自身の死後の話。

死後、墓じまいをする事は認めないと言い、息子の朋彦も嫁の朋美の了承したが、守られる保証はない。だが、それでも約束をさせた。これでご先祖様への申し訳が立った。


孫の月と星はポイ活の為に墓じまいを望んだが、市川明彦はそれならばキチンと自分の見送りをして、4人全員でスイッチを押す事を求めたら、孫たちは諦めて引き下がった。


ここまで来ると、佐藤太郎は家族の味方ではなく、選択をした市川明彦の味方になり、細かなケアをしてくれて、最大限寄り添ってくれた。


孫たちにも「市川さんのお陰で旅行にも行けます。星さんが怖いと仰ったお見送りもありません。ですのでお墓の件は受け入れてください」と説得をする。


旅行も死ぬまでに行ってみたいと亡き妻と言っていた金沢に行った。

写真を沢山撮り、現像し、棺に入れてくれと頼むと佐藤太郎は必ずすると言った。


市川明彦が選んだのは、家族で旅行をし、ある朝、孫達が学校に行っている間にお迎えが来て、施設でランダムに選ばれる事。

多少ポイントは減るが微々たるもので、誰も不満を口にしない。


施設では今も10人が水を飲んでいる。

この方法が一番望まれ、一番喜ばれた。

5人の空きが出る頃、孫達がいない平日にお迎えが来る事になった。

佐藤太郎の話では、旅行から帰ってきて、迎えがくるまで一週間はかかると言われたので、最低限の終活をする事も出来た。


終わりが見えると家族はかつてのように優しい。

朝も好きなだけ寝ていろと言い、薬も飲まなくていい、酒だって飲めばいいし、暴飲暴食をしろと言う。

孫達も息を切らせて帰ってくると、「あ、お爺ちゃんいる!」、「ただいま。お爺ちゃん」と明るく挨拶をしてくれる。


なんだかなと呆れてしまう。


ラジオ体操の仲間達に報告をすると、全員が泣いて怒ってくれた。

だが、最後には肩を抱いて「アンタの意見が皆の為に活きてくるはずだ」、「そうよ。ありがとう」と言葉を送ってくれた。


夜になると、明日か明日かと怖くなるが、家族が「大丈夫?」と顔を見に来る度に、やせ我慢をして「平気だ」と言っているうちに、自然と受け入れられるようになった。



お迎えは火曜日にきた。

本当に孫達が家を出て、朝一番に家を出た朋彦が、佐藤太郎と共に玄関を開けて「迎えが来たよ父さん」と声がかかった。


泣くことは恥ずかしい事ではないと言われ、35年ぶりに息子を抱きしめて泣いた。

「助けになれないで済まない」、「子供が困難に見舞われた時こそ親の出番なのに、いなくなって済まない」と謝ると、「僕こそ甲斐性がなくてごめんなさい」と泣かれてしまった。


「朋美さん、朋彦をよろしくお願いします。孫達の結婚も、幸せになれるようにお願いします」

「はい。頑張ります」


そういって別れた。



施設に入り、当初3日だった猶予が無くなった事をはじめて知った。

確かに、先人達と自分たちが同時にいるので、後から来た人間のみ与えられる3日の猶予は無理がある。


最後かも知れないと思い、10人の仲間達に挨拶をし、励まし合ってお別れを言う。


佐藤太郎はかつてのブラック企業よりもブラックな働き方をしていて、「担当した方の最後にはお付き合いさせていただきたいんです」と言って、夜にも関わらず市川明彦の元を訪れた。


「他の人は佐藤さんの担当じゃないの?」

「ええ、日本各地の学校跡地なんかを施設にしていますが、それでもここだけで23区の中の6つの区の皆さんがいらっしゃいます。私は1つの区を受け持つだけで精一杯です」


案外、佐藤太郎は忙しい。

それでも来てくれたことに感謝をして、「少し愚痴を言ってもいいかい?息子には格好つけて言わなかったんだ。でも佐藤さんは優しいから皆の話を聞いていて耳にタコかもしれないがね」と言うと、「ありがとうございます。必要としてくださって嬉しいです。市川さんのお話もきっと明日の糧になります」と返してきて、談話室で少し話をした。



・・・



多分これも映像を撮られている。

後の老人に見せる場合もある。

だが、ここまでくると市川明彦は格好つける気も何もなくなっていた。



「この国はどうなって行くんだろう?」


そう言った市川明彦は、自身が働き盛りの頃、生活が困窮し、物価指数は悪化の一途を辿るのに、当時の老人の為に上がっていく社会保険料と基礎年金額。

それなのに自分の頃には何かと理由を付けて支払われない年金。


「78歳で貰えるって、安楽死を推進しておいてよく言うよって思ったよ」


そして、老人を一律で不要と決めてしまって切り捨てる今に対して、息子の朋彦達が直面しそうな不安を口にする。


「アイツは、キチンとお客様とやって行けるのだろうか?40なんてまだまだ中堅だ。古い言葉になるかもしれないが、私の頃はまだ65歳、70歳位の老人がバリバリ仕事をしていて、普段は耳も遠いし、忘れっぽくて、新しい事についてこれずに、ヨイヨイで役にたちそうもないが、ここ一番の嗅覚やセンスは別次元で、よく助けて貰っていたんだ」


市川明彦が、自分が世話になった老人たちのいない世界を不安視した時、佐藤太郎は笑顔で「なるようにしかなりませんよ」と返してきた。


その笑顔がなんとも機械的で怖く感じる。


「市川さん、なるようにしかならなかったでしょう?」

「佐藤さん?」

「市川さんが息子さんくらいの時、先ほど仰った、生活が困窮して、税金や年金で更に追い打ちがかかった時、何かしましたか?なるようにしかならないと、思っていませんでしたか?」


急に冷たくなる佐藤の言葉に市川明彦が困っていると、「息子さん達も、嫌なら安楽死制度を緩和する政治家に投票すればいいんです。世論が動くように声をあげればいいんです。それを目の前のポイントに飛びついて、ポイ活ポイ活と言っている」と言い、大きくため息をつく。


「なるようにしかなりませんよ」


佐藤太郎はもう一度そういうと、「私、父母がもうすぐ還暦です。少しあざといとは思いますが、父母には仕事を見つけて貰いました。厚労省の職員の親が還暦を過ぎて仕事をしていないとあれば、問答無用で肩を叩かれます。この前までは遠い未来の話。それまでに世の中が少しはマシになっていて欲しいと思ったのですが、無理でした」と言って首を横に振ってため息とともに肩を落とす。


「市川さんを見送った後、お休みを貰うんです。妻の母を旅行に案内します。優遇できないように他の職員が担当です。容赦はありません。嫌になってしまいます」


市川明彦は一緒にため息をついてから、「どうしてこんなになってしまったんでしょう?」と漏らし、「ありがとうございました。あなたは職務に忠実な立派な人です」と言葉を送り、風呂に入ると水を飲んだ。



・・・



市川明彦の葬儀後。

市川明彦が懸念していた事が息子の朋彦を襲った。


勤め先も仕事内容も違っていたが、息子の朋彦は市川明彦の影響で同業種に勤務していた。

だからこそ仕事の流れを把握していた市川明彦は、息子の朋彦を心配し、それが現実になってしまっていた。


まず最初の問題は、海外は安楽死を日本のように机上の空論とも呼べる、皮算用的な目標を設定して、それに向かって無理矢理、事を進めたりしなかった。

キチンと一人一人の健康状態、本人の意思、そして能力値と実績、そして影響を重視していた。


海外にある取引先からの部品調達がまず滞る。

相手の担当者は未熟な担当者に腹を立て、片言の日本語で「キョウイチを出せ!」と言ってきたが、その恭一は腰を悪くして早期退職、リストラと同時にポイントになってしまい、連絡の取りようもない。


若い40代や、もう少し足りない50代では手に負えない案件が増えていて、小さな問題がここに来て大問題になってしまう。


そして次の問題は、世界全体で起きてしまったが、ランサムウェアを用いた企業脅迫から始まった大規模なコンピューターウイルス被害で、最新の機械が軒並み使えなくなってしまう。犯罪者集団も人不足や経験不足で、感染力が異常に高いウイルスを用意してしまい、瞬く間に全世界を駆け巡ってしまった。


金銭で解決しようにも、ネットワーク検知した瞬間に再感染してしまうし、全企業が一斉に身代金を払って除去してもらうか、犯罪者集団が一気に手を引くか、生きるか死ぬか、0か1しかありえない状況に、犯罪者集団すらお手上げだった。


これによりコンピューター制御の自動車も動かなくなり、クラシックカーを必要とされたが、古い技術と知識を持った職人たちは皆ポイントにされていた。


パソコンは古い32bitマシンが、ウイルスの定義に当てはまらず稼働出来たが、皆最新版や数世代前までしか動かせない。


「OS9?XP?2K?Me?DOS?」

「だれがそんな古いのを動かせるんだよ!?」


「おい!?機能がないぞ!?自分で設定ファイルの作成?嘘だろ?」

「CONFIG.SYS?HIMEM.SYS?EMM386.EXE?AUTOEXEC.BAT?何語だよ!?」


「フロッピードライブ?どこにあるんだよ!?売っているのか?秋葉か?日本橋か?」

「車が動かないんだぞ!?チャリか!?ここは群馬だぞ!?」


「Cobolなんてわかる奴、もう居ないよ!」

「いいから直せよ!」



そんな悲鳴がこだましたが、覆水盆に返らず。

佐藤太郎の言葉ではないが、「なるようにしかなりませんよ」だった。


(完)

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