第7話 10人の偶然。
佐藤太郎は「市川さん、最後の映像をお持ちしました。これを見て、心を決めてください」と言って、最後のムービーを持ってきた。
もう、見慣れてしまい、腹の底から震える恐怖は出てこない。
市川明彦が最後に言ったのは「いきなり連れて行かれて、その日に死ぬのは嫌です。この日と決められた日に死ぬのは嫌です」という言葉で、佐藤太郎は「それは…、安楽死の日をこちら側に委ねたいと?」と聞き返していた。
「少し違います。カレンダーに丸印なんてついていたら怖いんです」
「怖い…、行政の方で少なからず説明をしましたが、今は薬品技術が向上していて、苦痛も何もありません。夜寝ている間に終われるんですよ?」
そうじゃない。
鈍感なのか?
何処か壊れているのか?
「ごく自然に生きていて、恐怖に潰されず。突然苦しまずに済む方法は無いんですか?」
「なる程、それはおそらくランダム要素ですね。わかりました」
こうして佐藤太郎が持ってきたムービーには10人の老人が映し出されていた。
「皆さん、市川さんと同じで、亡くなる日を自分で決めかねていた人達です」
そう言うと、1人の老婆に焦点が当たり、「あの…、本当に自分で死ぬ日を決めないで済むんですか?」と佐藤太郎に聞いている。
微笑んだ佐藤太郎は「はい。これから皆様には最長約2週間の施設暮らしをしていただきます。最初の3日間は何もありません。普通に老人ホームや病院のように過ごしてもらいます。外出はできませんが、3食ごく普通の食事を召し上がっていただきます」と言う。
「変わるのは4日目からです。寝る前に必ず、職員の前で水を飲んで貰います。その中の1つに安楽死の薬品が入っています。無色透明無味無臭ですので、試験紙や試薬を使う以外の判別は不可能です。その当たりを引いた方は眠っている間に終われます」
そう。
ランダムで死ぬ人間が選ばれるシステムが用意されていた。
ここまでは和気藹々としている。
老婆達10人は、ようやく家族からの突き上げもなくなり、ようやく穏やかに終われる。
その事を喜び、豪華な、産科で出産後や退院前に出てくるお祝いのような食事に感謝しながら3食を食べて笑顔で過ごす。
そして映像は一気に4日目になる。
右上の表示が4日目になると、朝から10人の顔が険しい。
ご馳走にも関わらず食は細い。
夕飯の時には泣くものも出てくる。
そして入浴後に談話室に集められると、テーブルに置かれる10個の水。
飲み終わると30分はトイレも認めず。
30分が経つと、佐藤太郎が現れて「もう、吐いても必要な成分は体内に取り込まれました。ご安心ください。トイレもどうぞ行ってください」と言う。
悪趣味にも10人全員にお別れを言い、「この薬の素晴らしいところは、臓器を痛めない所です。病で苦しむ若い子達にドナー提供も可能なんですよ」と飲んだ薬の素晴らしさを語る。
それから映像はゆっくりと暗転し、翌朝を迎えると、筋肉質で高身長の老人がいなくなっていた。
ムービーは右上に5日目の表示と左下に9/10の表示。
5日目も老人達は皆暗かったが、7日目頃になると感覚が麻痺してしまい、「また会えましたね」、「昨日は彼女だったのね」なんて笑っている。
だが、話が変わるのは9日を過ぎてからで、残り人数が4人になると、また顔つきが変わる。
偶然ではない死が待っている。
また顔つきが険しくなり、「この中の1人なのよね」なんて言い、翌朝には「もう。サヨナラなのね」なんて話をする。
そして最終日。
残されたのは焦点が当たっていた老婆だった。
老婆は朝から真っ青で震えている。
佐藤太郎は朝から付き添って、親身になって話を聞き、「ご馳走を用意したから食べてくださいね」と食事を半ば強制する。
震えて泣きながら「美味しいです」と食べた老婆は、佐藤太郎に手を引かれて風呂場へと連れて行かれ、出てくると談話室に連れて行かれ、水を飲む事を求められる。
シクシクと涙を流しながら「怖いです」、「飲めません」と言う老婆に、「いえ、飲んでもらいます」と深夜になるまで佐藤太郎は許さずに老婆に水を飲ませた所で映像は終わっていた。
「いやぁ、手伝うと強要罪になりますので、法の改正が必要なんですよ」
笑いながら話す佐藤太郎。
孫達を見て思ったが、今の若者達も問題だと市川明彦は思った。
「佐藤さん」
「はい?」
「これは失敗です」
佐藤太郎は豹変して「何故ですか!?市川さんの案に沿って何人もの老人達がキチンと安楽死を受け入れたんですよ!?」と食ってかかってくる。
「最後になるのはきついよ。残りが5人になったらまた5人を入れて、10人にしないと見ていられないよ」
「なるほど…、やはり目線が違うからか参考になります。常に一定の人数を補充していけば、明るく楽しく済ませられますし、滞っている進捗も捗りますね」
佐藤太郎は「もうありませんね?」と確認を取ると、嫁の朋美に「後はご家族でよく話し合ってください」と言って帰って行った。




