第5話 10分の覚悟。
あの佐藤太郎がきた日から1か月して、再び市川家にやってきた佐藤太郎は挨拶もそこそこに切り出した。
「早速上司と相談し、アンケートを実施して、ヒアリングが必要なご家庭にお邪魔させていただくと、市川さんと同じご意見の方が居ました。早速その方をモデルケースとして検証を実施しました」
「ご覧ください」と言って出てきたタブレットには、6人家族が映されていて、老人1人に家族5人、5人の編成は長男夫婦、長男夫婦の子供が男女1人ずつの2人、そして長男の妹を合わせた5人が、老人と向かい合う形で座っていた。
プライバシーに配慮され、Aさん一家と書かれていて、名前の所には「ピー」と音が入る。
佐藤太郎が「それでは“ピー”さんも、ヒアリングされた“ピー”さんと同じご意見なんですね?」と聞くと、老人は「そうだ!今まで育ててもらった恩も忘れて、死んで来いなんて人道に反してる!」と怒鳴り上げる。
長男は「父さん!恩は忘れてないよ!ただ時代なんだ!仕方ないんだ!」と説得すると、妹が続く。
「お父さん、お願いよ!私も結婚適齢期を過ぎたの!お見合いしたくても、相談所も老人と暮らしていると言うといい顔をしない。それでも入会して相手の人を見つけても、老人と暮らしてるって言っただけで断られるの!」
老人は息子よりも娘に向かい「そんな男とは結婚なんてするな!絶対にうまくいかない!」と怒鳴り上げる。
ここで佐藤太郎が仲裁するように「なので、この度“ピー”さんからお話のあった、この案をお持ちさせていただきました」と言い、資料を出して説明をする。
それは市川明彦が出した、無責任に死んでこいと言われているみたいで受け入れ難い人用の家族全員が命の重みを背負う案の説明文が書かれている。
・この制度を使える機会は一度限り。
・甲は仮に今回の制度で生存許可を得たとしても、それは終身的な永続ではなく、重篤な病気などが見つかった場合には再度安楽死の提案をされる。
・乙は生存許可を出した場合、きちんと納税義務を果たし、甲と生活を共にする義務が生じる。
「簡単に言えば、眠りにつかれた“ピー”さんの身体に安楽死用の薬品がついた点滴を装着し、それを投与するスイッチをご家族の人数分ご用意させていただきます。薬品のついた点滴を“ピー”さんの腕に装着してから、10分以内に家族全員がスイッチを押せなければ、“ピー”さんはこの制度により、病気が見つかるなどなければ、ご自身の意思で安楽死を選ばない場合には、家族や行政から安楽死を提案されることはなくなりますし、仮にご家族が安楽死を口にすればご家族には刑事罰もあります。そしてご家族にはキチンと規定の老人税を支払ってもらい、“ピー”さんを養ってもらいます。念の為に申し上げると、情操教育に問題がありますので、このスイッチは15歳以下のお子さんには渡しません」
佐藤太郎の説明に頷いた老人は、家族の顔を見て「お前達に私を殺す覚悟はあるか?命を背負う覚悟はあるか?死んで来いと言うのはそれだけのものなんだ!」と声を荒げた。
ここで場面が切り替わり、入院服のような格好をした先程の老人が、真っ白い部屋の真ん中に置かれたベッドの上で眠っている。
佐藤太郎は「ご本人様とご家族様のご要望で、いつ行われるかは秘匿にして、“ピー”さんには毎晩睡眠導入剤を服用いただいておりますので、点滴を刺されても目覚めることはありません」と言って、一人一人にナースコールのようなスイッチを渡していく。
確かにスイッチの先は点滴の機械に繋がっている。
「特注品です。ご用意に時間がかかりました。現状最大20名まで押すことができます。ダミーはありません。キチンと全員が押した時だけ、点滴は作動します。点滴が体内に入れば、後はあっという間に“ピー”さんは安らかな終わりを迎えられます」
スイッチを受け取った人達の手は震えていた。
市川明彦は画面越しにそれを見て、息を呑んでいる。
看護師が部屋に入ってきて会釈をすると、老人の腕に点滴の針を差し込む。
佐藤太郎が時計を見て「今から10分です」と言った瞬間だった。
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ
家族が一斉にスイッチを連打した。
えぇ!?
押しちゃうの?
なんども?
連打しちゃうの?
市川明彦は声が出なかった自分を褒めたかった。
制服姿の孫達、息子夫婦、娘、全員が我先にスイッチを押すと、モーター音と共に老人の腕に点滴が注入されていく。
「ありがとうございます」
そう言って会釈した佐藤は、そのまま老人の娘を見て「お嬢様が最速でございました」と言って、「それでは、お別れをどうぞ」と言って部屋を後にした。
佐藤太郎の趣味なのか、厚労省の悪ノリなのか、その後は酷いものだった。
他の四家族にも同じ事をやっていた。
四分割された画面に4人の老人。
流れ作業で装着される点滴。
佐藤太郎の「今から10分です」の声と共に画面中央に10分のカウントダウン。
それと同時に家族の数だけ画面が分割され、映し出された手元は、これでもかと手を真っ赤にして血管を浮かび上がらせながら、力一杯スイッチを押し込む手から、スイッチが壊れるのではないかと心配になるくらい連打する手、躊躇しながらそっと押される手、様々な手があったが、全員が押し込み、時間は残り9:03:85で止まっていた。
「ありがとうございました。市川さんのご意見は素晴らしいモノでした。いろんな葛藤を経て、皆さん安楽死を受け入れているのいるのだと信じていましたが、中には家族への憤りがなくならない方もいるのですね。それでは残り2案も検証が済みましたらまたお邪魔します」
映像を止めた佐藤太郎は深々とお辞儀をして帰って行った。




