第3話 逃げ出した先。
老人は嶋田白雄68歳と名乗った。
聞いて驚いたのは、家族からの執拗なポイ活に嫌気がさして3年前に家出をし、老人達が集まった老人の集落に身を寄せていた。
「不思議なものでな、沢で水を汲んで、ソーラー発電でわずかばかりのIHを使い、灯りを得る。充実していたよ」
「く…薬は?」
「血圧と痛風の持病があった。確かに薬切れは苦しかったが、生きる喜びに転化したよ。そして生きている。中には本当に死んでしまった者もいたが、なんの後悔もない。みな満ち足りた顔をしていたよ」
そして老人狩りに遭う。
「アイツら、衛星で位置を把握していて、ある程度老人が集まると狩りに来るんだ。奴らは地方公務員で、狩った老人の数が成績になるから張り切っている。自分たちが将来狩られる事なんて考えていない」
市川明彦は聞いていて耳を疑ってしまう。
「ウヒャヒャヒャヒャヒャ!逃げろ逃げろ!ヒャッハー!」
そう言ってバギーに乗ってきた老人狩りの連中は投網なんかで老人を襲う。
仮に致命傷を負わせても許されてしまう。
そして捕まると、収容施設に送られる。
「施設では毎日テストをやらされる。そして成績が悪いと、日本のためにならないと延々と聞かされる。自分から安楽死を選ぶまで毎日毎日だ。それで人がいなくなると新しい老人を捕まえに集落を襲うんだ」
「…そ…そんな所から逃げ出したのか?」
「ああ、俺は痛風と血圧だけだから余裕だ。糖尿病だったらアウトだった」
嶋田白雄の話だと、施設の職員達は、地方公務員が数名で、後は更生施設に送られた引きこもり達で、中には逃げたいと言うと手引きをする者や、無関心で何をしても構わないと言って、ボーッと見送る者もいる。
「着せられる服にはGPSがあるって言われたから、すぐに捨てられている服に着替えてここまで逃げたんだ」
壮絶な体験に市川明彦が言葉を失う中、聞けたのは「何故逃げ出したのか」だった。
「お前もあるだろ?家で子供から、孫達から、ポイ活、ポイ活と言われて死を望まれる。やっていられないだろ?何のために氷河期世代なんて言われてあの不況を生きたんだ?」
嶋田白雄の場合は、息子からのポイ活推進に加えて、「爺ちゃん、今なら都立デジタル霊園のキャンペーンポイ活してるよ!」と孫から持ちかけられた。
嶋田白雄は次男で、持ち墓もないので、墓を買うのも金がかかる。
墓の購入費は家計に重くのしかかる。
それを理由に安楽死から逃げ出していた。
世の中では持ち墓が無いからと言って、安楽死を選ばない人が増え続けた。
それを誤魔化すために、国はデジタル省を使い【都立デジタル霊園】を用意した。
「お爺ちゃん!都立デジタル霊園を見てみなよ!凄いよ!今なら第一サーバーの轟天に入れるし、轟天なら裏の井上のお爺ちゃんも入ってるんだよ!折角だから見てみようよ!」
孫達は見るとも言っていないのに、せっせとデジタル霊園にアクセスすると、「お母さん、井上の爺ちゃんの名前は?」と聞いている。
嫁までも嬉しそうに、「確か識人さんだったわね。珍しい名前だから覚えちゃった」と話す。
「いのうえ…しりひと…」と孫が打ち込むと、とてもリアルでは買えない豪華な墓石に井上家之墓と書かれている。
「デジタル霊園は本当に便利ね、雨も関係ないし、いつも天気は晴れで、季節の花が咲いていて綺麗」
嫁の言葉に、そんなものはコンピューターグラフィックじゃないかと悪態をつきたくなる。
嶋田白雄はそう思っていても墓石は少し曇っていて、タップすると墓石はピカピカになると同時に、井上識人の声で「おお、きてくださってありがとう」と聞こえてきて、透過処理された井上識人が顔を見せて、もう一度「ありがとう」と言って消えていく。
「こっちならいつでも爺ちゃんに会えるから便利でいいや」
便利?
そうではないだろう?
暑い中、墓参りをする事に意味がある。
そう思っている嶋田白雄からしたら異常な発言だった。
その日からキャンペーンのポイ活だからと散々言われる。
もう嫌だと思い、早朝ウォーキングに合わせて有り金と薬を持って家を出た。
案外集落の情報は手に入る。
嶋田白雄も市川明彦に巣鴨に小さな集落があると聞いた事を教える。
「巣鴨!?あんな老人の原宿に!?」
「あそこの集落は滅多に襲われない。あそこに集まる老人と情報共有をして、それぞれの場所に行くんだ」
「なら、嶋田さんはどちらから?」
「俺か?一度巣鴨を目指し、それから西小岩に行った。そしてそこから葛西に行くように勧められたんだ」
「では、転々としていれば?」
「ああ、望みはあるな。だが、問題は金と薬だ。それが何とかならないと、交通費が賄えずに、すぐに老人狩りに捕まる。家出して捕まると家族に入るポイントも無くなり、本当に生きる価値なしとみなされる」
背筋が凍りついた市川明彦が、嶋田白雄に「なら嶋田さんの家族は…」と聞いた時、「見つけたぞ20XX-1293!」と聞こえてきた。
嶋田白雄は声の方を振り返り、ツナギ姿の5人組を見て、「老人狩りか…」と呟くと、「降参だ」と言って前に出る。
「何でここがわかった?」
「施設に入った時に打った注射にナノチップが入っている」
「服じゃないのか…」
「誤情報に踊らされたな。服は一昨年までだ」
別のツナギ姿が「あの老人は?」、「内通者か?」と聞くと、市川明彦は冤罪に怯えて身構えてしまうが、嶋田白雄は「いや、たまたま出くわした。飯をたかろうとしただけだ」と説明すると、市川明彦を見て「じゃあな」と言った後で、「ああ、質問に答えてなかったな」と続けた。
「ポイントが失効した老人にかけられる言葉なんて決まってる。生きる価値なし、墓にも入れない。『アンタは無縁仏送り』だそうだ」
振り返ってトボトボと歩きながら、涙声の嶋田白雄は「だがな!」と声を上げた。
「楽しかったぜ!わずかばかりの自由だったが悪くなかった!」
そう鼻を啜りながら言い、誰に言うでもなく続けた。
「この国を逼迫させた老人は俺たちじゃない。俺たちの親や爺さん婆さん達だ。俺たちはアイツらが生活にしがみつくために、マトモな職もなく氷河期世代なんて言われて、一般的な暮らしとかいう、生活保護よりも劣悪な中で生きてきた。それで老人になってようやく終わりが見えてきた頃に、何千万も貯金を作れなんて脅かされて、しまいにはポイントになれ。何なんだよこれ」
嶋田白雄は別のツナギ姿の職員に「いいから来い、20XX-1293」と言われ、名前すら呼ばれなかった。
犯罪者のように黒いワゴン車に嶋田白雄が乗せられると、市川明彦の側にいたツナギ姿の男が「お騒がせしました」と恭しく言ってから怖い声で続けた。
「自由…、ただし代償は大きいものです。家族に見捨てられ、家族に残せるものもない。果たして、そうまでして得る価値があるのでしょうか?」
市川明彦が返せずにいると、「あなたは正しい判断をなさってください」と言って去っていった。
市川明彦の耳には今も嶋田白雄の「楽しかったぜ!」と言う涙声が響いていた。




