第1話 還暦からのポイ活。
20XX年。
遂に日本政府が安楽死を認めて安楽死制度が成立した。
今までの反対論者達は幻だったのか、彼らは全く姿を見せなくなった。
それも仕方ない。
貧困、食糧難、就職難、終わりの見えない不況。
様々な要因にプラスして、今度は世界各地の水不足に、外国人が外資をフルパワーに使い、日本の水を買い占めようとする水問題まで発生すると、新時代の口減らし、安楽死が始まってしまった。
安楽死をカジュアルなものにしようと、可愛らしいマスコットキャラの「あんらくん」や、4人組のアイドルグループの「an&ラク.4」が随所で活動し、優先的に安楽死を願う芸能人を安楽死させて、感謝や喜びのポエムが、an&ラク.4によって読み上げられる特番が組まれる。
初年度は予約が殺到し、予約待ちで半年先まで予約が取れなくなるし、突然仕事を辞めてしまう労働者が続出するという、別の意味の社会問題まで出てきた。
・・・
そして世の中は案外ままならない。
政府からすれば、消えて欲しい、労働力にならない、生産力のない人間ほど生きようとして、優秀な人間から安楽死を選んでしまう。
更に、これからの日本を担う、若者の初年度の目標人数を3ヶ月で超えて、3年後の想定人数を1年で超えた事で、日本政府は危機感を持って、安楽死の基準を設ける事にした。
未成年は医師の診断書の他に、心理テストを用いて本気度を確認する。
突発的な衝動ではなく、本心から安楽死を望む者、重病などの致し方ない理由と共に、認められた場合のみ安楽死が行われる。
それ以外の引きこもりが理由で安楽死を求める子供達は、一度更生施設に送られて、国の為に農業や畜産、地域清掃の仕事を一定時間行ってみて、それでも安楽死を望めば再度国の審査待ちになる。
成人から40歳までは精神疾患や重病などの理由がなければ審査や認定が必要になるが、40歳を超えると男性のみ、収入と婚歴などで自動的に判断されるようになった。
それは女性団体からの働きかけで決まった事で、裏ビジネスで偽装結婚が流行して別の社会問題化した。
それから先の年代の安楽死はドンドンやるべきだと加速していく。
特に50歳を越えた男は生物的に不要と言われ、税金は重くのしかかり、既婚なら減税され、子供がいれば更に減税されたが、そうで無い場合は男性税まで加算される。
だが、それよりも悲惨なのは還暦を迎えた老人達だった。
かつての老人へのバラマキなんて夢物語になっていた。
・・・
市川明彦66歳。
つい先日、65歳で定年退職を迎え、今は第二の人生の為に求職中だった。
妻の明美は一昨年62歳でこの世を去っていた。
今は一人息子の朋彦、その妻の朋美、孫の月と星と5人暮らしをしている。
ある日の夕飯。
上の孫で女子高生の月が「お爺ちゃん!ポイ活しようよ!」と明るく話しかけてきた。
明彦は「ポイ活?なんだいそれは?何かのポイントかい?」と聞くと、下の孫で女子中学生の星が「そうだよ、これを見てコンタくん!」と言いながら、食事中にも関わらずスマートフォンの画面を向けてくる。
画面には可愛らしいキツネのイラストが[ポイントアップキャンペーン中!締切間近!]というキャッチコピーと共に映し出される。
キツネのコンタは市川明彦も知っている。
コンビニの買い物から公共料金の支払いでも、キチンとマイナンバーカードを提示すればポイントが付く。百円1ポイントの付与率で少し物足りないが、マイナンバーに届く行政のアンケートに答えたり、他にも地域活動に参加したり、何かにつけてポイントアップが用意されていて、しかもそのポイントは大体のお店でも使うことができる。
「なんのキャンペーンなんだい?お爺ちゃんでも役に立てるのかい?」
「うん!安楽死キャンペーン!」
ん?
市川明彦は耳を疑う。
だが、市川家の食卓は冷え込むことなく、暖かい。
おやおやおや?
あれあれあれ?
聞き間違えた?
そう思っていると、上の孫の月が嬉々として説明してくる。
「今年の東京都の65歳以上の高齢者の安楽死が目標数に届いてないから、キャンペーンをやってて、お爺ちゃんが安楽死すると、お葬式代も国持ちで、家族4人それぞれにコンタポイントが20万ポイントも入るんだよ!」
「え?安楽死?ポイント?20万?」
市川明彦が間の抜けた声で聞き返すと、息子の朋彦が「父さん、そろそろどうかな?もう母さんが亡くなって2年だ。ポイ活しないかい?」と聞いてきた。
今食べているのはハンバーグか?粘土か?
味がしない。食感がわからない。
市川明彦は震えながら、孫と息子に言われた言葉を反芻してしまう。
「わ…私はまだやれる!働ける!」
働いていて金を稼げて、税金を支払うことができれば、命に価値があればポイントになれとは言われない。
そう思って必死にアピールするが、嫁の朋美が冷たく言ってきた。
「お義父さん?今年の体力テストで赤点がありましたよね?握力が規定値を下回ってました。わかってますよね?課税対象ですよ?」
そう、還暦を迎えた老人達は、地域のスポーツセンターに毎年4月になると呼び出され、体力テストや学力テスト、認知力のテストなんかを行わされて、全20項目のうち6項目で赤点を取ると、問答無用で半年以内の安楽死が求められる。
5項目まではまだ課税で済むが、それは市川家の家計を追い込むには十分だった。
これで仮に市川明彦が5項目も赤点が付いたら、老人を2人養うのと同じほどの老人税がかかる。
あいたたたたた。
痛い所を突かれた。
市川明彦自身、テストで握力が規定値に届かなかった時に青くなったが、まだ1項目。
まだ家族は許してくれるとたかを括った。
だがダメだった。
「父さん、うちには老人を養う余裕は無いんだ。わかってくれ」
朋彦の苦しげな言葉。
更に追い討ちの、「父さん、墓じまいをしないかい?父さんや母さん、先祖代々を合同墓地に弔うと、今ならポイントになるんだ」の言葉。
「お前は何を言うか!?」
流石に聞き捨てならないと怒鳴った市川明彦以上の声量で、朋彦は返してくる。
「父さん!今の時代は老人もお墓も贅沢品、嗜好品なんだ!日本は貧しくなったんだよ!いろんなものに税金がかかる!外国に水を奪われない為に、水の確保の為に税金がかかるんだよ!」
孫達は父親の声量に驚くこともなく、笑顔で皮算用を始めている。
「あ、墓地のポイ活凄い!家族に20万ポイントだ!」
「じゃあ1人5万ポイントだ!新しいスマホに機種変できるね!」
市川明彦は泣いていた。
惨めだった。
就職氷河期の中、生きるために必死になった。
息子の朋彦達が、聞いただけで呆れ顔になり、働かないような条件と給料で使い潰されてきた。
今も「今とあの頃」なんて比較するテレビ番組で、ブラック企業の特集が組まれる事があって、孫たちは「うわぁ」、「悲惨~」なんて言いながらテレビを見ている。
そんな時代を生きてきた。
結婚が贅沢、テレビの中はファンタジーと思い込みながら、周りの独身者達から鼻で笑われ、馬鹿にされ、好き勝手に酒を飲み、旅行に行き、趣味に生きる姿をSNSのキラキラグラムに自慢投稿をしている中、他所は他所、うちはうちと思いながら、必死にやりたい事もせず、旅行にも行かず、ただただ一人息子の朋彦を幸せにしようと思い、大学まで行かせて、ようやく肩の荷が降りたと思えば、政府が安楽死制度を開始して、周りからは死ね死ねと言われる。
勿論、風のうわさで、周りにいた独身者達の大半が独身を貫いた結果、税金が払いきれず、アルコールで健康を害し、様々な理由により、国に勧められるままに安楽死を受け入れたと聞いた。
孫達は祖父の悲痛な姿に心を痛める事なく、皮算用したポイントで何を買うかを和気藹々と語っている。
嫁の朋美なんかは「年賀状にもありましたよね?山本さんは選ばれましたよ?」なんて追い討ちもかけてくる。
高校時代の親友。山本大和は今年の年賀状に[来年の年賀状は不要です。決めました。今年、逝こうと思います]と書いていて、新年早々泣いてしまい、急いで手紙を書いたが、遂に返事はなかった。
孫の星は「弓ちゃんのお婆ちゃんもこの前逝ったよ!」なんて明るく相槌を打つ。
「ゆ…弓ちゃん?その人のお婆ちゃんはおいくつなんだい?」
「61歳!」
まだまだじゃないか。
これからじゃないか。
それなのに息子の朋彦は「偉いなぁ」なんて言い、嫁の朋美も「本当ねぇ」なんて相槌を打つ。
「な…なら、私が課税分を蓄えから出せば」
必死の訴えに息子の朋彦は声を荒げる。
「父さん!日本から老人が減れば、俺の社会保険料も下がるんだ!今なんて給料の25%なんだ!今年の目標まで届けば23%も夢じゃない!」
これに嫁の朋美まで言ってくる。
「お義父さん、血圧とコレステロールの薬も4月から値上がりしたんです。それに課税分まで払ったら、お義父さんの蓄えなんて、すぐになくなります。お義父さんは何を目的に生きるんですか?それって意味がありますか?」
ぐうの音も出ない。
生きるとはそうじゃないだろうと何度も言おうとしたが、そんなフワッとした言葉では意味がない。
唯一言えたのは「ほら、私の唯一の楽しみ。日曜日の朝にやってる。特撮ヒーロー。今観てる仮面デストロイヤーを最終回まで見たいんだ」だった。
だが直後に、息子の朋彦に怒鳴られると悲しくなってくる。
「そう言って去年だって受け入れたら、『今度のデストロイヤーパウダーは白い粉で変身するから観たいんだ!』って最終回の日に言ってただろ!もういいよ!塩でも砂糖でも小麦粉でも、ヤバい粉でもなんでもいいよ!来年はなんだよ!赤い粉か?唐辛子か?ハバネロか?キャロライナリーパーか?なんだっていいんだよ!」
怒鳴られた市川明彦が言えたのは「少し、考える時間をくれないかい?」だった。




