タイトル未定2026/01/29 11:12
森に来たのは、三人だった。
私と、友だちと、それからあの子。
学校の帰りに自然と一緒になる、
名前を呼ぶのも特別じゃない、
そんな関係。
森の中を歩くと、
あの子はいつも少し前にいた。
「こっちのほうがいいよ」
理由は言わない。
でも言われた通り進むと、
枝は少なく、足元も安定していた。
⸻
森の奥で、古い家を見つけた。
友だちが、はっきり言った。
「ここ、やめよう。絶対よくない」
でも私は、
なぜか引き寄せられるように近づいていた。
「ちょっと見るだけ」
戸を開けた瞬間、
空気が変わった。
奥の部屋に、小さな神棚があった。
埃はあるのに、
長い間、丁寧に扱われていた感じがした。
手を伸ばした瞬間、
飾られていた何かが落ちた。
音が、やけに大きく響いた。
次の瞬間、
隣の部屋から音がした。
一人分じゃない。
複数の足音。
揃わない歩幅。
呻き声とも、息ともつかない音。
廊下の奥に、それはいた。
人の体。
顔は布で覆われ、
その下から、いくつもの吐息が漏れている。
足は四本あるように見え、
手は崩れ、
黒くぬめったものが床に滴っていた。
理解する前に、
体が拒絶した。
逃げようとして、
足が動かなかった。
そのとき、
あの子が前に出た。
「下がって」
声は震えていた。
でも、退かなかった。
見えない力がぶつかり合う。
空気が重くなり、
床がきしむ。
あの子は、
何度も手を伸ばして、
何かを押し返していた。
勝てていない。
それでも、
私と“それ”の間に立ち続けている。
「――っ!」
私の悲鳴を聞いて、
友だちが家に飛び込んできた。
腕を掴まれ、引かれる。
その瞬間、
背後で何かが弾けた。
⸻
私たちは必死で山を下りた。
たまたま見つけた風呂屋に入り、
考える前に湯に浸かった。
温かい水が、
体と体の間に残っていた嫌なものを、
少しだけ洗い流していく。
でも、終わっていない。
それは、わかっていた。
⸻
その夜、
三人で同じ部屋に泊まった。
布団を並べて、天井を見る。
「また、来るよね」
友だちが言った。
沈黙のあと、
あの子が言った。
「山に行こう」
「山?」
「ここじゃ、止められない。
でも、あそこなら……」
言葉を濁す。
「……たぶん、大丈夫」
たぶん、という言い方が、
少しだけおかしかった。
でも、不思議と反対する気にならなかった。
⸻
翌日、
神聖な山に入った。
空気が、はっきり違った。
それは、また現れた。
今度は人の姿で、
私たちを探している。
逃げる。
叫ぶ。
散り散りになりながら、山へ誘導する。
木々を蹴り、
上から見ようと、それが跳んだ瞬間――
空気が、凍った。
何かが、見ている。
次の瞬間、
それは捕らえられ、
存在ごと消えた。
説明はない。
でも、終わったと体が理解した。
⸻
山を下りる。
足音は、二人分しかない。
「あれ?」
そう言いかけて、
私は口を閉じた。
最初から、
三人だったはずなのに。
楽しかったときも、
怖かったときも、
あの子は、いつも一歩だけ前にいた。
名前を呼ぼうとして、
呼べなかった。
――どうしてだろう。
理由は、
考えないことにした。
山の方から、
一瞬だけ、風が吹いた。
振り返ると、
そこには誰もいない。
でも私は、
少しだけ、知っている。
あの子は、
人のふりをしていた。
何のふりをしていたのかまでは、
考えないでおく。




