8:森の小さな住人
「あ、あれ……」
震える指で、モニターを指さす。
「うん?」
「バウ?」
「なんでしょう」
三人──二人と一匹の視線が、モニターに集中した。
だが、その時には、もう先ほどの白い影は映っていない。
「今、モニターに何か映って……」
「何も映ってないだろう」
さらりと答えるヴィルベル。
「現状、ダンジョン内に外部からの侵入者による生体反応は見られません」
レムスの声も、落ち着いたものだ。
「え……じゃ、私の見間違い?」
そんなはずはない。
確かに見た。
けど……何もないと言われると、段々と自信がなくなってくる。
気のせい……だったなら、別にいい。
笑い話で終わる話だ。
だが、もし本当に何か居たら──?
……今となっては、唯一の拠り所。
このダンジョンに幽霊が侵入してきたなんてことになったら、夜もおちおち眠れない。
「ちょっと見てくる」
私が立ち上がったのも、仕方の無いことなのだ。
そう、これは自らの安眠を守るため……!
私が様子を見に行くと告げると、ボディーガードとばかりにガルムが起き上がった。
なんとも頼もしい、小さな騎士様だ。
暇だからという理由でヴィルベルも一緒についてきて、監視モニターで白い影を見かけたフロア──森林エリアに向かう。
レムスは監視モニターと操作パネルで、引き続きダンジョン内に異変が無いかチェックしてくれている。
レムス曰く、冒険者や野生動物、野良モンスターが侵入してきた時は、すぐに分かるとのこと。
ヴィルベルみたいに天井と壁を全て突き破って一気に最下層フロアに辿り着きでもしない限りは、上層フロアで足止め出来るはず。
「確か、このあたりだと思うんだけれど……」
ガサリ、ガサリと草木を踏みながら、地下24階を歩く。
ガルムとヴィルベルが居てくれるから、戦力としては十分過ぎるほどだろう。
だと言うのにどうしても寒気がしてくるのは、正体不明の相手に対する恐怖心に他ならない。
「ねぇ……この世界、幽霊は居るの?」
「ゴーストか? アンデッドならば、普通にそこら辺に現れるぞ。特に戦争の後、多くの人間が犠牲になった場所に湧きやすいな」
ひいぃぃぃぃっ!?
興味本位で聞いてみるんじゃなかった……。
ヴィルベル本人は『何を当たり前なことを』とばかりに、こちらを見つめている。
「このダンジョンにもアンデッドモンスターが居るだろうに」
「え、そうなの?」
モンスターの配置は全てレムスに任せているから、知らなかった。
ひょっとして、配置したゴーストに怯えていたなんて、そんな可能性も有り得るのだろうか。
「遺跡フロアに、スケルトンウォーリアを配置していたはずだ」
「そ、そっか……」
スケルトン……ってことは、骸骨だよね。
幽霊ではないみたい。
だとしたら、やはりあの白い影の正体は、確認しておかなくては。
「お前、アンデッドが怖いのか?」
ヴィルベルの呆れたような声に、ついビクッと肩を震わせてしまう。
「怖いっていうか、ちょっと不気味だなーって思うだけだし」
嘘です、怖いです。
幼い頃、まだ両親が健在で、家族で遊園地に遊びに行った時……お父さんに連れられて、お化け屋敷に入ったことがある。
一歩足を踏み入れた瞬間、当時小学生だった私は大泣きして一歩も動けなくなり、出口までお父さんがずっと抱きかかえていた。
それ以来、お化けとか怖い物は、苦手だ。
今となっては、数少ない家族との思い出──だけれども、それはそれ、これはこれ。
怖い物に対するトラウマは、なかなか拭えないのである。
「ワンワンッ」
そんな私の心情を察してか、ガルムが高らかに吠えた。
「ふふ、ありがとう」
『怖い物が出たら、僕がやっつけてあげる!』ですって。
可愛いなぁ。
なんて頼もしい、私の騎士様。
「そういえば……この辺りにはモンスターは配置されていないの?」
マスター権限で地下24階に転移してからというもの、モンスターにはいまだお目にかかってはいない。
「この俺が居るというのに、森林エリアに棲息するようなモンスターが現れると思うか?」
「なるほど」
どうやらヴィルベルの気配を察して、皆息を潜めて私達が通り過ぎるのをじっと待っているみたい。
そりゃ見た目はただのイケメンでも、中身はドラゴンだものね。
よほどに知能が低いモンスター以外、怯えて出てこないはずだわ。
ダンジョンの中だというのに、普通の森と同じように木々が生い茂り、上を見上げれば雲の向こうに太陽まで見える。
一体どういう仕組みなんだろう……ダンジョンは不思議なことだらけだ。
そんなことを考えながら、上空を見上げてぼんやり歩いていたら……すぐ目の前を、何かが通過した。
「ひ……いやああぁぁぁ!!」
我を忘れ、つい傍らに居たヴィルベルにしがみ付く。
一瞬身を強張らせた彼だったが、私が何に驚いたか気付いた瞬間、笑い声が零れた。
「なんだ、精霊ではないか」
「せい……れい?」
白い物はヴィルベルの言葉に呼応するかのように、ふわふわと私達の周囲を漂っていた。
上下に跳ねる、白い光。
間違いない、モニターに映った物の正体だ。
「幽霊じゃ……ない?」
「ああ、万物の象徴たる精霊だ。これは……植物の精霊か?」
ヴィルベルの言葉に答えるように、白い光がくるくると舞った。
『そうだよー!』
……いや、実際に答えている。
なんで。精霊って、言葉を話せるものなの?
「精霊……なら、怖くない?」
『もっちろん! ボク達、全然怖くなんかないよ~』
「そっか……」
安堵した瞬間、全身の力が抜ける。
私はへなへなと、その場にへたり込んでしまった。
『ごめんね、驚かせちゃった?』
「いいのよ、私が勝手に驚いただけだもの」
頭の中に響く声に返すと、ヴィルベルが不思議そうに首を傾げた。
「スズカ、お前──誰と喋っている?」
「え?」
いきなり、何を言い出すのだろう。
「誰とも何も、この精霊でしょ」
私が答えても、なおヴィルベルは眉間に皺を寄せたままだ。
やがて、ああと一つ頷く。
「そうか、お前はスキル持ちだったな」
「……スキル?」
あの翻訳系スキルのことだろうか。
何の役にも立たないと、ロドニー王国を追い出されたというのに……まさか、何かの役に立っているの?
『わ~、この人間、ボクの言葉が分かるんだ!』
嬉しそうに周囲を跳ね回る白い光を、ヴィルベルが煩わしそうに手で払いのけている。
「可哀想じゃない、こんなに喜んでいるのに」
「喜んでいるも何も、俺には何を言っているのかさっぱり分からん」
ドラゴンのヴィルベルにも、聞こえないんだ……。
死の大地を統べる死黒竜──何でも出来そうな雰囲気を出していたのに、なんだか不思議な感じ。
そういえば、最近はガルムが何を言いたいかも分かるようになってきた。
これも、スキルの影響なのかしら。
「しかし、なぜ精霊がダンジョンに? 閉鎖空間のダンジョンより、お前達は魔の森の方が住みやすいのではないか」
ヴィルベルが声を掛けると、白い光は動きを緩めた。
よーく見ると、ただの光ではない──ボール大の小さな光は、ぼんやりながらも人の形をしていた。
『最近人間がいっぱいやって来て、住処を荒らすようになったんだ』
「まぁ……それで、このダンジョンにやって来たの?」
『そう~。ボクだけじゃない、他の精霊もこのダンジョンが気になっているみたい!』
彼は植物の精霊と言っていたか。
だから、森林エリアに居たのね。
「おい、何を話しているんだ」
「人間がやって来て住処を荒らすものだから、避難してきたみたい」
精霊の言葉が分からないヴィルベルに、状況を伝える。
彼はふぅむと頷き、腕を組んで顎を撫でた。
「このダンジョンなら、精霊も住みやすいだろうな。いや──それよりも、いっそ聖域を作ったらどうだ?」
「聖域?」
ヴィルベルの口から、何やら聞き慣れない言葉が飛び出してきた。
なんだか、また妙なことになりそうな気がしてきたぞ……?









