幕間:王城の闇
王城の最深部にある執務室。
本来ならば、そこは国王が詰めるべき部屋であった。
だが、その部屋はもう数年前から王太子であるエリオットが占拠していた。
元々体の弱い国王エセルバートは、息子エリオットが成長してからは施政を任せきりであった。
弱いのは、体だけではない。
強大なベサント帝国と隣接するロドニー王国。
その国王であるエセルバートは、持って生まれた弱気な性格から、ベサント帝国の意のままに動いてきた。
王太子による代理政権を支持するのは、いわばエセルバート政権下にベサント帝国に煮え湯を飲まされた貴族達。
帝国に対し、強硬的な姿勢を取る者ばかりだ。
「まったく、多くの罪人達を処刑してまで執り行った召喚の儀が、あんな役立たずしか呼べぬとは……」
その執務室で王太子エリオットは小刻みに膝を揺らし、爪を噛んでいた。
傍らに立つ騎士団長ダグラス・ハーロウが、じっとその様子を見守っている。
「あいつは、ちゃんと始末したのだろうな?」
「は、間違いなく」
エリオットがダグラスに念押ししたのは、召喚の儀で呼び出した異世界人のことだった。
もはや、名前すら覚えていない女。
翻訳スキルしか持たぬ役立たず──と、エリオットは記憶している。
「事が露見すれば、非難が殺到するに違いない。召喚に関係した者達の口は、厳重に封じておけよ」
「重々承知しております」
騎士団長ダグラスは暗い表情のまま、ただひたすらに頭を垂れていた。
「まったく、つまらぬ男だ」
そんなダグラスに、エリオットが悪態を吐く。
それでもなお、ダグラスは表情一つ動かさぬままだ。
(本当のことを、知られる訳にはいかない──)
ダグラスには、顔を上げられぬ理由がある。
召喚した異世界人──必ず始末しろと言われた女性を、彼は見逃してしまった。
見逃したとはいえ、彼女を置いてきた場所は、悪名高い魔の森だ。
万が一にも、生存の見込みは薄い。
とはいえ、神経質なエリオットが知れば、金切り声を上げることだろう。
(スキルが見込み違いだからと、酷いことをなさる……魔王降臨の神託は建前で、本音はベサント帝国への切り札として、強力な勇者を召喚したかったのだろうな)
そんなエリオットの思惑が透けていたところで、王家に仕えるダグラスには、何も言えぬ。
エリオットに意見した重鎮は皆、良くて職を辞した。
中には、不敬として首を刎ねられた者まで居る。
結果、彼の周りには媚びへつらい、全てに同意する者しか遺されてはいない。
(俺もその一人、か……)
表立って何も出来ぬ自分を、ダグラスは恥じていた。
「召喚者が役に立たんとなると、別の手段を考えねばなるまいな……おい、魔の森の調査を進めておけ」
「は、魔の森の調査……ですか?」
「ああ、魔王が誕生するとなれば、魔の森か、あるいは死の大地が有力であろう」
モンスターが多く棲息する未開の地、魔の森。
その北方に位置する、人が住むことの出来ぬ土地──死の大地。
伝説にのみその名を残す恐ろしい“魔王”が生まれるならば、そのいずれかであろうというのが大方の予想だ。
「は、しかし帝国との国境に兵力を割いておりますので、あまり多くの出兵は……」
「それくらい、冒険者ギルドに依頼を出せば良かろう。何も我が国の兵士を犠牲にする必要はない」
事も無げな、エリオットの言葉。
しかし、ダグラスの心は重かった。
(冒険者ギルドに依頼を出せば、それだけ国庫に負担が掛かるということ、どれだけ自覚していらっしゃるのか……)
帝国との戦に備えた軍備の増強、兵糧の確保。
それだけでも国庫負担は大きいというのに、さらに魔の森の調査を外部に委託しろというのか。
調査とはいえ魔の森に立ち入れるだけの冒険者を雇う為に、どれだけの金銭が掛かることか。
「ああ、あと召喚が無駄に終わったからな……“例の計画”を、再度進めておけ」
「は……本当に、あれを実行に移すのですか!?」
エリオットの言葉に、ダグラスの声が上擦る。
「当たり前だ。魔王討伐の前に、少しの犠牲は仕方有るまい……そうだろう?」
ダグラスには、口の端を吊り上げたエリオットの顔が、言葉とは裏腹などす黒い欲に塗れているように感じられた──。









