6:異世界と、私の世界
「お前の暮らしていた世界って──どんなところなんだ?」
ヴィルベルの問いに、はてと考え込む。
「どんなところと言われても、私にとっては普通の世界なんだけど……多分、ロドニー王国の感じからすると、文化的には、私が居た世界の方が何百年か先を行っていると思う」
城やチラッとだけ見た城下町の雰囲気は、中世っぽい印象だったものね。
魔力なんてものがあったり、ドラゴンやモンスターが居たりと、中世よりはファンタジー世界に近い気もするけれど。
「ふむ。その分、食生活も豊かな訳か」
納得したようなヴィルベルに、つい笑ってしまいそうになる。
本当に、食いしん坊なんだなぁ。
「食だけじゃないよ、私達の世界は魔法や魔力が無いかわりに、科学が発達しているの」
「科学?」
「例えば、これ」
すっかり高級マンションに様変わりした、最下層の地下99階。
キッチンの冷蔵庫を開ければ、中は空だけど、冷んやりとした冷気が漏れ出してくる。
「これは氷魔法ではないのか?」
「だから、私達の世界は魔法が存在しないんだって。これは人工的に作り出したものなの」
説明しても、ヴィルベルにはいまいち伝わらない。
ま、突然科学とか言われても、分からないか。
私だって、魔法のことはピンと来ないし。
せいぜい、ゲームや小説に出てくるイメージくらいだ。
「あ、そうだ」
ふと思い立って、操作パネルの元へ向かう。
後ろからヴィルベルがついてきて、私の手元を覗き込んだ。
「はい、これ」
アイテムクリエイトで作り出したのは、タウン雑誌だ。
カラーページには、街の写真が掲載されている。
日本の様子を知るには、これが一番手っ取り早いよね。
「なんだ、これは……本、なのか? 絵にしては、随分と精巧だが……」
「それは写真だよ」
「しゃしん?」
写真について聞かれても、何とも説明が難しい。
「景色や人物を、そのまま映し出すアイテム?」
「そんな物が存在するのか!」
素直に驚いてくれるから、面白い。
ヴィルベルは手にしたタウン誌をパラパラとめくっている。
「これが、スズカの居た世界……」
「日本っていう国に住んでいたんだ」
ヴィルベルの隣で、一緒にタウン誌を覗き込めば、懐かしさがこみ上げてきた。
まだ召喚されて間もないっていうのにね。
……突然のことだったから、会社に連絡も入れられなかった。
無断欠勤しちゃったな。
戻ったら、物凄く怒られそう……実際に戻れるかどうかも、分からないけれど。
「私……帰れるのかなぁ」
そんなことを考えていたら、自然としんみりとした声音になってしまった。
ヴィルベルが顔を上げてこちらを見つめるものだから、なんだか落ち着かない。
「……召喚された者が、元の世界に帰ったという話は、聞いたことがない」
「そっか。うん、そうだよね……」
召喚したあのクソ王太子に、今更聞く気にもなれない。
そもそも、あいつは私が死んだと思っているだろうし。
聞いたところで、素直に教えてくれるとも思えない。
「家族は、もう大分前に死んじゃってさ……どうせ私一人だったから、良かったといえば良かったんだけど……」
ぽつり、ぽつりと話すうちに、どうしてか、目の前が霞んできた。
あれ、なんでだろう。
仕事ばかりの毎日に退屈していたはずなのに、胸の奥がジクジクと痛みを訴えている気がする。
「職場の人達とか、学生時代の友達とか……いきなり、皆と会えなくなるんだって思うと、なんか……あれ、こんなつもりじゃなかったのにな……」
気付けば、ぽろぽろと涙が零れていた。
あーもう、人前で涙なんて流したくないというのに。
よりによって、ヴィルベルの前で泣いてしまうなんて。
「別に、泣くのは恥ずかしいことではない」
当のヴィルベルは、素っ気なく告げると、再び雑誌に視線を戻した。
……元がドラゴンだけあって、人が泣いていようと、あまり気にしないのかもしれない。
だとしたら、好都合だ。
アイテムクリエイトでティッシュの箱を取り出して、鼻を噛む。
普段なら人前でこんなことしないんだけど、相手がドラゴンと思えば、気が楽だ。
「……戻りたいと思うか? 元の世界に」
「んー? そりゃ、帰れるならね」
仕事の引き継ぎをしてないし、来月には友達の結婚式が予定されていた。
私が突然居なくなったら、皆どう思うんだろう。
案外、誰も気付かなかったり、気にしなかったりして……だとしたら、ちょっと寂しいな。
せめて数人は、心配してくれる人が居てくれれば良いのだけれど。
「でも、どうか分からないんでしょ。それなら、あんまりめそめそしても仕方ないし」
つい今さっき泣いてた人が言っても、説得力は無いけどね。
なーんて笑っていたら、なにか言う代わりに、ヴィルベルは大きな手を伸ばしてきた。
乾いた掌で、私の髪をわしゃわしゃと撫でる。
……やめてよ。
昨日はまだシャワールームも浴室もなかったから、お風呂入らずに寝ちゃったんだもん。
髪の毛だってボサボサだし、洗ってない。
こんなこと言っても、ドラゴンのヴィルベルには通用しないんだよなぁ。
はぁ……なのに、なんでもう一度涙が出てくるんだろう。
くそう、悔しいなぁ。
ヴィルベルもレムスも、外見だけならイケメンなんだもん。
知り合いの一人も居ない世界で優しくされたら、誰だって心が揺らいでしまいそうになるでしょ。
こんなに簡単に、女性の頭を撫でるんじゃない。
君はもっと、自分の顔の良さを自覚した方がいい。
「文字は読めないが、この本は面白そうだな」
どうやら、ヴィルベルはタウン誌が気に入ったみたい。
タウン誌がというより、雑誌そのものが、かな?
「興味があるなら、私の世界の本を、もっと色々出そうか?」
「ああ、頼む」
せっかくなので、雑誌だけでなく漫画や絵本、写真集など、色々とクリエイトしてみた。
「そういえば……文字、読めないの?」
「ああ、この世界の共用語なら分かるんだがな」
私がクリエイトした雑誌に書かれた文字、ヴィルベルには読めないらしい。
でも、私はこっちの世界の文字──少なくとも、操作パネルに書かれた文字は読み取れる。
「ねぇ、ヴィルベル。このパネルに書かれた文字は読める?」
「ああ、それが共用語だ」
どうやら操作パネルが日本語で書かれている訳ではなさそうだ。
でも、私の目には日本語に見えるんだよなぁ……どういうことだろう。
「なんで私は読めるんだろう……」
「スキルがあるからだろう」
……そういえば、翻訳系スキルの最高峰とか言ってたっけ。
そのおかげで文字や言葉が理解出来るんだとしたら、便利なような、あまりに地味過ぎるような。
「せっかくだから、ヴィルベルも日本の言葉を勉強してみる?」
「それも悪くはないな」
本が読みたいんなら、言葉が分からないと困るものね。
子供用の読み書きの本と小学校の教科書、あとは辞典をいくつかクリエイトする。
「マスター、私にもマスターの国のことを教えてください」
意外にも、レムスも食いついてきた。
確かにレムスが日本のことを知ってくれていたら、クリエイトをお願いするのが楽になるかもしれない。
ヴィルベルとレムスに日本語を教えながら、ガルムも一緒に、ダンジョン生活……そんな暮らしも、案外悪くはないのかもしれない。
日本が恋しくないといったら嘘になるけれど、一人のアパートより……誰かと一緒に居る今は、寂しさを紛らわせることが出来そうだ。









