5:ダンジョンを作ろう
「現在、我々が居るフロアはダンジョンの地下99階に位置します」
操作パネルの前で、レムスが説明してくれる。
地下99階のダンジョン──言葉にすると、とんでもない数字だ。
一階ごとに細かく設定していたら、とても大変そうだなぁ。
「階層って変えられないの?」
「小さくは出来ますが、大きくするには魔力が必要となります」
なるほど、小型ダンジョンは誰にでも作れるけれど、大型ダンジョンはそれなりの魔力がある人にしか作れないと。
だから突然発生した大型ダンジョンを警戒して、ヴィルベルが様子を見に来たんだね。
「じゃ、“ここのマスターはたいしたことない”って思わせる為に、わざと小さなダンジョンにするのもあり?」
「ありだが、攻略されては元も子もないぞ」
私の案に、ヴィルベルが反論する。
「ダンジョンを攻略されると、どうなるの?」
「ダンジョンマスターの権限が、攻略した者に移ります」
……つまり、この場所を失うということだ。
それだけは、断じて阻止しなくては。
このダンジョンは突然異世界に召喚された私にとっては唯一の居場所だし、アイテムクリエイトは便利だから、手放す訳にはいかない。
「この付近にも、冒険者って現れるの?」
「あいつらは、どこにでも沸くぞ」
ヴィルベルの、心底嫌そうな声。
ドラゴンにとって、冒険者は無尽蔵に沸いてくる存在なのかもしれない。
「あんまり危険なダンジョンにしたくはないんだけどなぁ……」
この世界では甘いと言われるのかもしれないけれど、やっぱり人が死ぬのは嫌だ。
誰も攻略出来ないダンジョンを作って、冒険者達が死屍累々……なんてのは、流石に目覚めが悪すぎる。
「でしたら、階層ごとに少しずつ強さを上げていくようにしましょう。危険と思えば、すぐに引き返せるように。それなら、己の実力を過信して強行した冒険者以外は、安全に撤退出来ます」
「モンスターに、追撃をしないように命令は出来る?」
「モンスタークリエイトで生み出したモンスター達は、全てマスターの命令を遵守いたします」
それなら、大丈夫そうかな。
逃げる冒険者に、追撃はしない。
それだけで、冒険者達の生存率は大幅に上がるだろう。
「冒険者に情けをかける必要など、ないだろうに」
ヴィルベルが呆れた様子で呟く。
彼にとっては、そうなのだろう。
だが、私は違う。
……同じ人間だから。
この世界ではどうだか知らないけれど、日本で生まれ育った私は、命を軽んじることなんて出来ない。
「とにかく、方針はそれで。本当は、自分用のフロアも改築したいところなんだけれど……」
だだっ広いだけのホールを見回す。
寝る為の布団セットはクリエイトしたけれど、今はまだ物が足りない。
何より、殺風景過ぎる。
「この世界って、電力とか……ないよね?」
ダメ元で聞いてみる。
「でんりょく、ですか?」
レムスが小さく首を傾げた。
ヴィルベルも、何を言っているんだかとばかりに、肩を竦めている。
「うーん、せめてコンセントのある部屋が作れれば、生活は劇的に改善するんだけど」
コンセントさえあれば、家電製品が一通り置ける。
冷蔵庫があれば食材の管理が楽になるし、オーブンやトースターがあれば、料理の幅が広がる。
それ以外にも、掃除機や洗濯機なんかも無いと不便だしね。
日本で暮らしていた私は、自分の手で洗濯した経験も無いのだ。
「でしたら、その“こんせんと”とやらを付けた部屋をクリエイトすれば良いのです」
事も無げに、レムスが言う。
「そんなに簡単に作れるの?」
「勿論、全てはマスターのイメージから生まれますから。ただし、複雑な機構であればあるほど、魔力消費は増えます」
魔力を消費して、出来るダンジョン。
その仕組みはいまいち分からないけれど……どうせなら、自分達が住むスペースは、快適な方が良いよね。
私が知る一番快適な部屋と言えば、引っ越しの手伝いでお邪魔した、多岐川専務の新築マンション。
広いリビングに、幾つもの部屋。
寝室には一人で眠るには大きなベッドがどどんと置かれていた。
ダンジョンクリエイトのパネルを開き、99階を選択する。
どうしよう、この階層を丸ごと高級マンションのフロアみたいにしてみる?
出来るかどうかは分からないけれど、物は試しだ。
「えいっ」
テキストエリアに『高級マンション、家具・家電・コンセント付き』と入力してみる。
瞬間、身体が浮き上がるような感覚があった。
「わっっ」
浮遊感は、一瞬だけ。
気付けば、私達は現代的な高級マンションのリビングに立っていた。
家具家電付きと指定しただけあって、生活に必要な家電は一通り揃っていそうだ。
「ほほう、これがスズカの暮らしていた場所か?」
ヴィルベルが感心したように呟く。
「私の暮らしていた世界を再現したものね」
こんなに良い部屋には、住んでいなかったけどね。
私の部屋は、2Kのアパートだもの。
でも、せっかく異世界で再現するなら、立派な部屋が良いじゃない。
キッチンに向かって、冷蔵庫の扉を開けてみる。
……うん、ちゃんと冷気が出ている!
どういう仕組みかは分からないけれど、ちゃんとコンセントから電力が供給されているみたい。
これも全て、私の魔力で賄われているってことなのかなぁ?
「このフロアはこれで良いとして、問題は他の階層だよね」
冒険者にダンジョン攻略されないよう、それなりの難易度でダンジョンを作り、モンスターを配置しなければならない。
この世界に来たばかりの私には、その基準すら分からないというのに。
「ダンジョンのイメージだけ決めていただければ、私が細かい設定を行うことも出来ます」
「本当?」
「はい、勿論です。マスターの補佐をする為に、私が居りますので」
面倒な部分は、レムスがやってくれるみたい。
となれば、各階層の漠然としたイメージだけ決めてしまえば良いのかな。
「最初の何フロアかは、初心者向けの簡単な作りが良いよね」
「洞穴を掘り下げたような、天然のダンジョンということでしょうか」
「そうそう、岩肌が露出した感じの!」
私の注文に従って、レムスがパネルを操作していく。
画面に、上層階のイメージ画像が表示される。
「では、地上階から地下10階までを、天然の岩肌としましょう」
入り口から、最初の層の作りは決まり。
「階の移動って、階段で行うの?」
「階段でも行えますし、層ごとに自由に行き来するシステムを作ることも出来ます」
私のイメージでどうとでもなると言うのなら、エレベーターみたいなのも作れそうだな。
まぁ、いいか。
偶然迷い込んだ冒険者が、突然最下層に現れても困る。
「じゃ、各フロアは階段で移動出来る感じにして」
「かしこまりました」
後で、このフロアから地上への移動手段だけ構築すればいいや。
どれだけ外に出る機会があるかも分からないけれど。
「天然ダンジョンの次は、遺跡っぽい雰囲気がいいな」
「遺跡と言いますと、石造りのダンジョンでしょうか?」
「そうそう、ちょっと厳かな感じ」
私のアバウトな注文にも、レムスはしっかりと応えてくれる。
「では、地下11階から20階までを、遺跡ダンジョンとしましょう」
これで地下20階まで決まり。
なかなか楽しくなってきた。
「あとは、ダンジョンの中とはいえ、森や海など、自然物を生成することも可能です」
「屋内なのに?」
「ええ、ダンジョンですから」
ダンジョンですからって言われても、いまいちピンと来ない。
そういうものなんだと言われれば、それで納得するしか無いんだけどね。
「じゃ、遺跡の下は森のフロアにしようか」
それから、思いつく限りのアイデアを出していった。
「あとはぁ、砂漠のフロアとか、凍てついた氷のエリアとか」
「火山地帯みたいな灼熱のエリアもいいな」
「その下は、うーん……」
とはいえ、私の思いつくダンジョンイメージなんて、あっという間に枯渇してしまう。
「荒涼とした山岳地帯……死の大地みたいなエリアはどうだ?」
悩んでいると、ヴィルベルが案を出してくれた。
「じゃ、それで!」
すかさず採用。
いやー、ヴィルベルも役に立ってくれるじゃない。
「どうせなら、死の大地から仲間を呼び寄せよう。どうせどいつもこいつも暇を持て余しているからな」
「え、ヴィルベルの仲間って……ドラゴンってこと?」
「ああ」
ドラゴンが住むダンジョンって……相当凄くない?
私が頑張ってモンスターを配置しなくても、それだけで冒険者が立ち入れないダンジョンになりそう。
「今時点で無理に全フロアを埋める必要はありません。これくらい余剰がある方が、後々で調整出来るでしょう」
「はーい」
後は各フロアの特性に合わせて、そこに棲息可能なモンスターをレムスが配置してくれることになった。
いやー、ありがたいね。
チラッと覗いてみたけれど、遺跡フロアの最下層ボス部屋にはミノタウロスが陣取っていたりと、とてもそれっぽいダンジョンになっている。
まるで、一つのゲームを作っている感覚だ。
「ダンジョンの編集はいつでも出来ますので、気が向かれた時に、どうぞ」
「あ、はい」
レムスには、私が興味津々なのが丸わかりみたいだ。
ちょっと恥ずかしい。
ふと周囲を見渡せば、ヴィルベルは高級マンションを模したフロアをじっくり観察するように歩いていた。
ドラゴンであっても、人間の暮らしには興味あるのかしら。
「なぁ、スズカ」
「なに?」
ヴィルベルの問いに、何の気なしに答える。
「お前の暮らしていた世界って──どんなところなんだ?」









