42:託された言葉
そうだ、フルネームは確か──ダグラス・ハーロウ。
あの居心地の悪い王城において、唯一話が通じる人だった。
とはいえ、彼が私を魔の森に置き去りにしたことは、忘れてはいない。
同時に、殺せと命令されていたにも関わらず、私を見逃し、命を奪わずにいたことも──。
私にとっては憎い相手であり、同時に命の恩人でもある。
そんな彼が、なぜ傷だらけでエルフに保護されたのだろう。
しかも、ロドニー王国の兵と戦って……?
他ならぬ彼こそが、そのロドニー王国の騎士団長だというのに。
「くそっ」
苛立たしげな声を上げて、ジェレミーさんが走り出す。
彼は、いまだ転移ポータルの使い方すら覚えていないというのに。
名前を知っていたことから、旧知の仲なのだろう。
そんな相手の窮状を見て、放っておけなくなったのだろうか。
「待ってください!」
ジェレミーさんを制して、彼の元に向かう。
私が一緒なら、いつでも転移が使える。
このダンジョンは、私の家なのだから。
ジェレミーさんの腕を掴んで、転移を発動する。
「あ……」
歪んだかと思えた周囲の景色は、次の瞬間、ゴツゴツした岩だらけの空間へと変わった。
すぐ傍には、騎士団長を抱えたアンドルーの姿がある。
一瞬ギョッとした彼だったが、すぐに私だと気付いたようで、安堵の表情を浮かべていた。
「──ダグラス!!」
ジェレミーさんが、彼等に駆け寄る。
いつも落ち着いた彼らしくない、必死の形相だった。
「なんでだ、どうして、こんな……」
騎士団長の元に屈み込んでは、肩を震わせる。
「まさか……ジェレマイア、様……?」
微かな声が聞こえてきた。
まだ、彼は死んではいない。
しかし、明らかに瀕死の状態だ。
血の気の失せた唇は紫がかり、呼吸は糸のように細い。
「ダグラス! おい、しっかりしろ!!」
「良かった、最期に、貴方にお会い出来て……」
ダグラスさんが、右手を上げようとして……軽く持ち上がりかけた腕は、すぐに沈んでしまった。
もはや、手を上げる力さえも遺されてはいないみたい。
「馬鹿、動くんじゃない!!」
「貴方が国を出てからというもの、あの国は、箍が外れたようになってしまった……」
ダグラスさんの耳に、ジェレミーさんの言葉は、届いていないみたい。
ううん、届いていても、無視しているのか……彼は、休むことなく、言葉を続けている。
まるで、これが最期の機会だと言わんばかりに。
「どうか、王城にお戻りください……もはや、貴方しか……貴方に託す以外、望みはないのです……」
「おい、ダグラス……お前、何を言っているんだ?」
王弟であるジェレミーさんと、騎士団長であるダグラスさん。
彼等二人が知り合いであることに、驚きはない。
どうやらダグラスさんは、相当にジェレミーさんを信頼しているみたいだ。
そして……ジェレミーさんも。
「王宮は、いや、国は……全て、聖女に乗っ取られてしまった……」
ドクン──と、心臓が跳ねる。
今、ダグラスさんが言った言葉……。
“聖女”に乗っ取られた……?
それは一体、どういう意味なのだろう。
「おい待てダグラス、一体どういうことだ!?」
ジェレミーさんも、同じように感じたみたい。
慌ててダグラスさんの身体を揺さぶるも、彼の右腕は、力無く垂れ下がるのみだ。
「おい、あまり揺らすな!」
見かねたアンドルーが、声を荒らげる。
血で彩られた、土気色の肌──。
誰が見ても、一目で分かる。
ダグラスさんの命は、今正に燃え尽きようとしていた……。
「おい、ダグラス!!」
ジェレミーさんの、あまりに悲痛な声。
ええい、もうこうなっては情報漏洩だの何だのと言っている場合ではない。
何か──何か、私に出来ることはないだろうか。
その時、ふいに閃いた。
上手く行くかは、分からない。
一か八かの策。
でも、何もしないよりはましだ。
「ジェレミーさん、どいて!!」
私はジェレミーさんを押し退け、ダグラスさんの前に屈み込んだ。
そうして、ポケットから小さな粒──私の部屋に散乱していた、あの“ベビアの種”を取り出しては、ダグラスさんの唇にねじ込んだ!









