38:異例の昇格
という訳で、やって来ました冒険者ギルド。
今日はいつもの一階ではない。
カウンター奥の事務室を抜け、さらに階段を上がった二階の応接室へと通されていた。
「この子が、例の? いや、しかし、飛竜と言われても、すぐには信用出来んな……」
「は……はは……」
真向かいのソファーに座ってこちらをジロジロと眺めているのは、ギルド長のサイラスさん。
褐色肌の、いかにも屈強そうなおじさんだ。
若い頃は、当人もさぞ腕利きの冒険者だったのだろう。
「本当だよ。私がこの目でしかと確認した」
「む……」
副長のキーリーさんの言葉に、サイラスさんが黙り込む。
飛竜って、そんなに大騒ぎするほどのことだったのかな。
ダンジョン内、死の大地エリアを飛び交う竜達と比べれば、相当小柄で知性も低いって話だったけれど。
……もしかして、比べる基準が根本から間違っている?
「サイラス、私はこの子に幹部特権を使おうと思っている」
キーリーさんの口から出たのは、聞き慣れない言葉だった。
「幹部特権?」
「ああ、冒険者ギルドでギルド長と副長だけが持つ特権さ。実力を認めた冒険者に対し、独断でランクを引き上げることが出来るんだ」
なるほどー。
別に私はランクには拘らないんだけど……あぁ、でも高ランクの依頼が受けられるようになると、ヴィルベルとガルムのストレス解消には丁度良いのかもしれない。
流石に、二人にゴブリン退治は簡単過ぎるものね。
「これを使うことで、今すぐにでもBランク昇格だ」
「おぉ~!」
Bランクってことは、一気にジェレミーさんと同じランクになってしまうのか。
それはそれで、申し訳ない気もするけれど……。
チラと、隣のソファーに座るジェレミーさんを見遣る。
私が何を考えているのか、彼には分かっているのだろうか。
その面には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
なお、私の隣に座るヴィルベルは、唇を引き結んだまま、じっと目を閉じている。
ランクなんて、多分何も考えていないんだろうな。
ま、ランクがどうであれ、モンスターの居る場所に行けば暴れられるものね。
「おい待てキーリー、幹部特権を使うなんて、ここクゥエイフでは前例がないぞ」
「なければ作ればいい」
「簡単に言うけどな……」
キーリーさんを止めたのは、サイラスさんだ。
ギルド長の彼にとって、強権発動は放置出来ない事態なのだろう。
しかも、彼は私が飛竜を使役していることに対しても、いまだ半信半疑な様子だ。
そりゃこんな小娘が突然Bランクって言われても、納得は出来ないよね。
「大丈夫だ、責任は私が取る」
「責任って、お前……」
そんなサイラスさんに、キーリーさんはニヤリと口の端を吊り上げた。
ざっと見たところ、サイラスさんが慎重派で常識人、キーリーさんの方が豪胆な性格みたい。
ひょっとして、いつもキーリーさんの暴走に手を焼いていたりするんだろうか、この人。
冒険者ギルド本部の二階にある応接間。
通されたのは、私とヴィルベルとジェレミーさんの三人……とガルム一匹。
対して、ギルド側はサイラスさんとキーリーさんの二人だ。
頭を抱えるサイラスさんとは対照的に、キーリーさんはにっこにこでこちらに向き直った。
「一応説明しておくと、Bランクになれば、ギルド側からの指名依頼が発生するようになる」
「指名依頼?」
「ああ、こちら側から信頼出来る冒険者に依頼を任せるシステムだ」
んん?
ランクが上がったからって、良いことばかりではないみたい。
ってなると、幹部特権を受けるのも考えものなのだろうか。
「とはいえ、指名依頼なんて滅多に発生するものではない。それに、断ることも出来るからな」
「断って……も、良いんですか?」
「ああ、勿論。ギルドは冒険者の自主性を重んじている。よほどのことがない限り、強制はしない」
よほどのこと……。
なんでも大恐慌が発生したり、街や村が襲われてるって時には、すぐに迎える冒険者に強制収集をかけることがあるらしい。
ただ、それはランクに関係なく発生するものなんだとか。
「うーん、ヴィー、どう思う?」
声を掛けると、ヴィルベルが片目を開けた。
途端に、ギルド長のサイラスさんが身を震わせる。
ギルド長クラスになると、やっぱりヴィルベルがただ者ではないって分かっちゃうのかなぁ。
彼の反応は、明らかにヴィルベルに恐怖しているかのようだ。
「別に、好きにするといい」
「もう、少しは真面目に考えてよね!」
……ま、ヴィルベルにとっては、心底どうでもいいんだろうなぁ。
そもそも、彼には人間の街に長居する理由はない。
私が街に行ってみたいと言うから、付いてきただけ。
それ以上でも、それ以下でもないのだ。
もう一人、私の足下ではガルムが大きな欠伸をしていた。
「じゃ、そのお話、お受けします」
「そうかそうか」
私の言葉に、キーリーさんが白い歯を見せて笑う。
ギルドとしても、戦力確保は大きいのかもしれない。
ま、どうとでもなる……よね?
「こちらから連絡を取りたい時用に、これを預けておこう」
そう言って、キーリーさんは私にブローチを手渡してきた。
銀の台座に、白い石が飾られている。
「これは?」
「ギルドで用いる、緊急連絡用のブローチだ。魔法が掛かっていて、こちらが呼びかけたい時には、石が赤色に変化する」
「へぇぇ」
流石はファンタジー世界、便利なアイテムもあるものだ。
電話が使えない世界、こんなアイテムでもなければ、冒険者みたいに住所不定な相手を呼び出すのは大変そうだものね。
「石が赤くなったら、呼び出しの合図と覚えておいてくれればいい」
「分かりました」
これなら、ダンジョンに戻った時にも困らなさそう。
流石にずっと街に居続けるのは、心配になってくるものね。
レムス一人に留守番をさせているのも、なんだか申し訳ないし。
そろそろ、一度ダンジョンに戻って皆の様子を見てこようかなぁ。
レムスやエルフ達に、何かお土産でも買っていこうかしら。
──なーんて、暢気に考えていた時でした。
「──大変です、ギルド長!」
「なんだ、今話し中だぞ」
二階の応接室に、慌ただしくギルド職員が駆け込んできた。
ま、話し相手といっても、偉いさんが来ている訳ではない。
相手は、冒険者だからね。
職員さんもそれを分かってのことだろう。
「じゃ、私達はそろそろ帰ります」
「ああ、すまないね」
キーリーさんに頭を下げて、立ち上がる。
ギルド長のサイラスさんは忙しそうだし、また今度挨拶すればいいか……なんて思っていたら。
「んなっ──ロドニー王国が、異世界から聖女を召喚しただと!?」
……飛び込んできた爆弾発言に、胸の奥がひやりと凍りついた。









