37:どうやら、罠にかけられたようです?
という訳で、やってきました初日以来の討伐依頼!
ジェレミーさんも同行を申し出てくれたのだけれど、彼が一緒に居てまた絡まれては面倒ということで、やんわりとお断りさせていただきました。
ごめんね、ジェレミーさん。
よって、Fランクでも受けられる依頼──ファンタジーの定番、ゴブリン討伐にやってきた。
久しぶりの遠出とあって、ガルムも張り切っている。
ヴィルベルは、いつも通りのマイペース。
ま、宿でじっとしているよりは、気分転換になって良いんじゃないかな。
乗り合い馬車に揺られて、森を目指す。
馬車には私達以外にも、冒険者らしき人達が乗り込んでいる。
広い森の中、目当てのモンスターを探すのも、一苦労なのかもしれない。
もし討伐対象以外のモンスターに出くわした時は、討伐したらその分の素材買い取りはして貰えるらしい。
でも万が一モンスターと出くわして、倒した後に、そのモンスターが他の人が受けた討伐依頼の対象だったりしたら、ちょっと気まずいよね。
ちょっとどころじゃないか。
なるべくなら目当てのモンスター以外には手を出さないようにしようと、心に誓うのでした。
森の入り口で馬車を降りて、いざゴブリン捜索開始だ。
一緒の馬車で来た冒険者達は、森の奥へと向かっていく。
私達も奥を目指したいところだけれど、奥に行けば行くほど、危険なモンスターが多いと聞いた。
ゴブリンくらいなら、森の入り口付近でも十分に討伐出来るんだって。
私が知っている森といえば、魔の森だ。
鬱蒼と木々が生い茂る魔の森とは違って、クゥエイフ近郊の森は、そこまで危険度の高いモンスターは現れないらしい。
奥まで行かなければ、初心者冒険者でも十分に依頼をこなせるはず──なんだけれど。
「ガルルルル……」
「ガルム?」
モンスターの気配を察知したガルムが、茂みの手前で唸りを上げる。
パキリと、木の枝を踏む音。
何かが近付いてきているのは、間違いない。
ま、ゴブリン程度ならガルム一人で十分か~と思っていたのに。
「……うん?」
茂みが、大きく揺れた。
視界に現れたのは、人間形態のヴィルベルより遙かに大きな、巨体だった。
どす黒い肌と、筋肉質な身体。
豚のように前に突き出した鼻。
長く伸びた牙に、はげ上がった頭。
手には、私の胴体よりも太そうな棍棒を握りしめている。
……あれ、ゴブリンってこんな屈強なモンスターじゃないよね?
しかも、それが一体ではない。
二体、三体、四体……ぞろぞろと、森の奥からやってくるじゃない。
不思議に思い首を傾げていると、巨漢モンスターから逃れるようにして、馬車に乗り合わせた冒険者達が走ってきた。
男女の二人組で、女性の方はフードを目深に被っていて、馬車の中では顔はよく見えなかったけれど……。
「ちょっと、この数、どうするのよ!!」
「うるさい、お前が計画したことだろうが!」
走るうちに、風がフードをまくりあげる。
露わになった顔は──あら、昨日私に絡んできた女性の一人じゃないですか。
「──あっ」
足下に転がる小石に躓き、女性が勢いよくスッ転ぶ。
その様子に一瞬目は向けたものの、男の方は止まることなく走り続けた。
「ちょっと待って、置いていかないで!!」
「うるせぇ、魔物寄せの香を蒔こうって言い出したのは、お前なんだから! 俺は何も知らねぇよ!!」
……魔物寄せの香?
どおりで、ゴブリンではなさそうなモンスターがゾロゾロ現れたと思った。
「気に入らない女に嫌がらせだか何だかしらねぇが、そんなことに付き合ってられるか! 命あっての物種だ!」
「お願い、待って!! 助けて!!」
「ギルドに報告して、助けくらいは呼んでやるよ。それまでお前が生きていればな!」
そう言い残して、男は一目散に森の出口へと走っていった。
わーお。
ひょっとしてこの人達、私に嫌がらせをする為に、この森にやってきたっていうの?
そうして森の奥からモンスターを呼び寄せる為にお香を焚いて、現れたモンスターが予想以上に手強いものだったから、逃げてきたと。
……馬鹿なんじゃない?
「あれは、オークだな。先頭は、おそらくオークジェネラルか」
ヴィルベルが、事も無げに言う。
オークジェネラルって、確かオークを統べる存在だっけ。
単体でも厄介なオークが、ジェネラルが統率することによって、戦術的に動くようになるんだとか。
そりゃ、並大抵の冒険者は逃げ出すんだろうなぁ。
「ひ、ひぃ……っ」
哀れ一人取り残された女性は、ミミズのように地面を這いずっていた。
どうやら転んだ時に、足を挫いたらしい。
立ち上がることも出来ずに藻掻く彼女の腰回りは、失禁でぐっしょりと濡れていた。
「どうする、スズカ。片付けるか?」
「うーん、ヴィルベルがやるまでもないよ」
ヴィルベルが本気を出すと、ちょっと面倒だ。
この森に、他の冒険者が来ていないとも限らない。
死黒竜の本体を見られた日にゃ、国中が大騒ぎになるだろう。
「アオン!」
自分がやるとばかりに、ガルムが元気に吠える。
「ガルム、オークジェネラル……相手に出来る?」
勿論とばかりに尻尾を振って、ガルムが駆け出す。
うちの子は可愛いだけじゃなく、こんなにも頼もしい。
でも、先頭のオークジェネラル以外にも、ゾロゾロと現れるオークの数が多すぎる。
「えぇと……」
端末を開いて、モンスタークリエイトをタップする。
クリエイトしたのは、オークでも敵わないであろう大型モンスターの飛竜。
「お願い、周囲のオーク共を蹴散らして」
指示を飛ばせば、三匹の飛竜が空を舞った。
これくらい居れば、オークの群れも蹴散らせるかな?
お香に吸い寄せられるように現れたオーク達は、突然現れた飛竜に奇声を上げている。
……いや、奇声を上げているのは、オークだけではない。
「な、なに、これ……」
一人取り残された女性冒険者は、顔中を涙でぐしゃぐしゃにしていた。
地面に倒れたまま、腰が抜けて起き上がることも出来ないみたいだ。
「大丈夫よ、あの飛竜は私の従魔だから」
「……は?」
女性冒険者の目が、まん丸く見開かれた。
それまでオークジェネラルと飛竜に向いていた恐怖が、今は私に向けられているみたい。
……そんな目で見られると、ちょっと傷付くんだけど。
「知っているか、スズカ。ジェネラルオークの肉は、美味いんだ」
「普通のオークとは違うの?」
「肉質が違う」
ヴィルベルには、オークの群れがお肉にしか見えていないみたい。
特にガルムと戦うジェネラルオークに、舌舐めずりをしている。
うーん、顔は確かに豚っぽく見えなくもないけれど、この姿を見てしまうとあまり食欲はそそられない……。
「まぁ、ヴィルベ──ヴィーが食べたいって言うのなら、料理してあげてもいいけど」
危ない、危ない。
私まで偽名を忘れるところだった。
オークの群れの真っ只中で、暢気な会話を繰り広げる私達を、女性冒険者が信じられないといった目で見つめていた。
飛竜のおかげで、森にオークの屍の山が築かれた。
ガルムも無事にジェネラルオークを討伐し、今ではその前にちょこんと座って『食べていい? ねぇねぇ、これ、食べていい?』と、目を輝かせている。
「豚肉は火を通した方がいいよ」
私が止めると、しゅんと耳が垂れてしまった。
かわいいなぁ。
仕方ない、ガルムもそう言うのなら、今夜はジェネラルオークのお肉を使って久しぶりにお料理しちゃおうか。
──不意に、ガルムが何かを感じとったかのように、鼻を鳴らす。
ヴィルベルも顔を上げ、一点──森の出口に視線を向けた。
街道を、猛スピードで近付いてくる一団。
馬車と、騎馬と──何人もの武装した集団が、こちらにひた走ってくる。
「──飛竜だと!?」
「オークだけではなかったのか!」
騎馬から、悲痛な声が上がる。
あ、いけない。
飛竜のせいで、騒ぎになったら大変だよね。
「すみませーん、この子達は従魔なんです! 討伐しないでくださーい!!」
飛竜の前で、ぴょんぴょんと飛び上がって、大きく手を振る。
ダンジョン機能で生み出した飛竜は、とても大人しく、従順だ。
私が居ないところでは皆普通のモンスターとして暮らしているようだが、私の言うことには絶対的に従ってくれている。
この子達は皆、私の魔力で生み出された子達だもんね。
「は……?」
「飛竜が従魔……だと?」
騎馬の男達が、唖然と呟く。
停車した馬車の扉が開いて──中から、聞き覚えのある笑い声が響いてきた。
「ははっ、さすがだなぁ! 私も長く冒険者をしてきたが、飛竜を飼い慣らすテイマーなんて、聞いたことがない!」
……ギルドの副長、キーリーさんだ。
今日は軽鎧を身につけ、腰には大ぶりの剣を提げている。
どうやら、先ほど逃げた男性がギルドに駆け込んだらしい。
ジェネラルオークが現れたと聞いて、手勢を引き連れて来たのだろう。
「えーと……そう、なのですか?」
しまったなぁ。
飛竜を従魔と言い張るのは、やり過ぎただろうか。
飛竜は他の竜達と比べると、知能が低い。
身体も小柄で、呼び出すには手頃かな~なんて思っていたのだけれど……ひょっとして、私が超巨大な竜達を見慣れてしまっただけかもしれない。
しかも、この飛竜達、私に従順なのは勿論として、竜達の王であるヴィルベルにも大人しく頭を垂れている。
テイマーの私だけではない、一緒に居る男にまで飛竜が頭を下げているとあって、キーリーさん以外の武装した人達は、皆何が起こっているのかと目を白黒させていた。
「……で、これがジェネラルオークか」
屍の山の一角に積まれた、ひときわ巨漢のオーク。
「ワン!!」
その前で、自分が仕留めたんだぞと、ガルムが胸を張っている。
「オークの素材は貴重だが、これだけの数があるとなると……ギルドまで運べるかどうか」
「荷車を複数手配した方が良さそうですね」
「ああ、頼んだ」
キーリーさんがテキパキと指示を出す。
馬に跨がった一人が、街に向かって駆けて行った。
「ま、詳しい話はギルドに戻ってからするとしよう。そちらのお嬢さんも一緒に──な」
「ヒッ!?」
ようやく立ち上がれるようになった女性冒険者が、悲鳴にも似た声を上げる。
ま、全部自業自得だよね。
私の知ったことではない。
それよりも──、
「あの~、この子達には帰ってもらっていいですか?」
「……飛竜は、勝手に巣に帰るのだろうか」
私が問うと、キーリーさんが首を傾げた。
「ええ、人様には危害を及ぼさないよう、ちゃんと言いつけておきます」
私が命じれば、この子達は大人しく巣という名のダンジョンに帰って行くはず。
途中で目撃者を驚かせるかもしれないけれど、どうせ目的地は魔の森奥地だ。
あそこならば飛竜の巣があってもおかしくないと、皆納得するだろう。
「予想以上だな」
キーリーさんが、小さく呟く。
「何がですか」
「分からないか?」
キーリーさんは愉快そうに笑っている。
まったく、変な人に目を付けられてしまったなぁ。
私はただ、街での暮らしと冒険者生活を楽しんでみたいだけなのに。
「……あ。そういえば、依頼達成がまだでした」
ふと思い出して、声を上げる。
そうだよ、森には討伐依頼の為に来たんだった。
「依頼? 何の依頼を引き受けたんだ」
「ゴブリン退治です」
「ぷっ……あっははははは!!」
私が答えると、もう我慢出来ないとばかりに、キーリーさんがお腹を抱えて笑い出してしまった。
他の人達は、なにやら顔を引き攣らせている。
いや、そんなに笑うことないじゃない。
「いや、いいよいいよ。ゴブリンより、ずっといい仕事をしてもらった。はー、飛竜を使役してオークジェネラルまで仕留める冒険者が、ゴブリン退治って……くくっ、くくく……あっははははは!!」
再び豪快に笑うキーリーさん。
さてはこの人、笑い上戸だな?
飛竜達をダンジョンに向かわせて、帰りはキーリーさんが乗ってきた馬車で街に戻ることになったのでした。
なんとも気まずい。
ギルドに戻ったら、一体何を聞かれることやら……。
馬車に揺られながら、頭の中にはひたすらドナドナが流れ続けておりましたとさ。









