2:ダンジョンマスター、はじめます
「えぇと……マスターって?」
ぎゅっとガルムを抱きしめながら、目の前の謎生物に声を掛ける。
黒い燕尾服を身に纏った──それ以上に黒い“なにか”。
とても人間ではない、まるで闇そのものが形を持ったみたい。
不定形の黒い塊が、まるで人間のように姿を象って、服を身につけている。
「勿論、貴女様のことにございます、スズカ・ミツモリ様」
しかも、この不定形……普通に喋っている上に、私の名前まで知っている。
見た目はどう見ても、魔に属する生き物としか思えない。
警戒を強めて睨み付けていれば、やれやれとばかりに肩? を竦めた。
「そのように怖いお顔をなさらずとも……私は貴女様の補佐をする為に生まれた存在です」
「補佐も何も……ここは一体どこなのよ?」
先ほどまで居た洞穴とは、あまりに違い過ぎる空間。
大理石のような磨かれた石床に、毛足の長い絨毯。
天然の洞穴から、人の手が入った場所へと一瞬で連れてこられてしまった。
この不可思議な現象、一体どうなっているのか説明してもらいたい。
……と言っても、まぁ私自身二十一世紀の日本から、突然知らない世界に連れてこられた存在な訳だけれど。
あれと同じようなことがもう一度起きたとでも言うのだろうか。
「ここは先ほどと同じ“ダンジョン”にございます。ダンジョンは、マスターの魔力によって成長するもの。ダンジョンマスターの権限がそこな魔狼から貴女様に引き継がれた為、急成長を遂げたのです」
「ここが……あの洞穴だったと言うの?」
「はい」
頷く不定形を他所に、キョロキョロと周囲を見渡す。
調度品などは無くて幾分殺風景だけれど、どう見ても、立派なお城の一角と言われた方が納得が行く。
あの洞穴が突然変化したと言われても、いまいちピンとは来ない。
「で……貴方は?」
「私はこのダンジョンの管理ゴーレムにございます。貴女様を補佐する為に、姿を現しました」
恭しく頭? を下げる不定形。
黒いスライムだかアメーバみたいな物が、端々を揺らしながら人間のように動くものだから、なんとも気味が悪い。
「ゴーレムって、もっとゴツゴツしたものじゃないの?」
私のイメージするゴーレムは、石で出来た巨人兵みたいな存在だ。
燕尾服を着た黒スライムとは遠くかけ離れている。
「そのような姿形がお好みですか?」
「そういう訳じゃないんだけれど……」
不定形の癖に、器用に首? を傾げている。
良く見れば愛嬌があるような、そうでもないような……。
ダメだ、この異様な雰囲気に段々慣れてきてしまっている自分が居る。
「貴女が望まれるのでしたら、美男美女如何様にも姿を変えることが出来ます」
「はぁ、そうですか」
自身満々に言い放つ不定形に、思わず間の抜けた声で返してしまった。
そりゃ、如何様にも変えられるでしょうねぇ。
貴方、姿形なんて合ってないようなものですし。
「嬉しくはないのですか?」
「そんな趣味はありません」
そりゃ、乙女ゲームや美形の出てくる小説、漫画は大好きだけれど……不定形に自分好みの姿を取ってもらって喜ぶなんて、そんな倒錯した趣味は持ち合わせてはいない。
「せっかくマスターの好みに合わせようと思っておりましたのに……」
ええい、くねくねするんじゃない!
いや、くねくね以外しようがないのかもしれないけれど……どうにも調子が狂う。
「それなら、ある程度落ち着いた風貌の執事らしい格好でもしておくのが無難なのではないでしょうか」
「なるほど」
私の言葉に頷いた不定形が、ぐにゃりぐにゃりとその形を変えていく。
いや、良く見たら燕尾服まで伸びたり変わったりしていないか……?
この服も、不定形の一部だったんだろうか。
「こちらで如何でしょう!」
「おーーーー」
待つこと数十秒。
黒い不定形は、執事服を身に纏った長身のダンディおじさまに変化していた。
黒髪に、少し白い物が混じっている。
穏やかな藍色の瞳は、笑うと目元に皺が刻まれる。
「うん、なかなか良いんじゃない?」
「有難うございます」
恭しく一礼する様は、先ほどの不定形とは大違いだ。
「今後、スズカ・ミツモリ様のダンジョン運営に際し、私がサポートを行わせていただきます」
「えーと、そのダンジョン運営というのは……?」
いかんいかん、うっかり状況に馴染んでしまいそうになっていた。
「勿論、こちらのダンジョンです。貴女はダンジョンマスターですから」
ダンジョンマスター……雨宿りした洞穴で、可愛い子犬を懐かせたら、どうやらダンジョンの主になってしまったらしい。
どうしてそうなった。
「お前、ダンジョンマスターだったの?」
「わぅん」
腕の中の子犬に声を掛けたら、ゆらゆらと尻尾が揺れた。
そうかー、あの小さな洞穴は、この子をマスターとした生まれたてのダンジョンだった訳か。
……分かるか、そんなこと!!
どこからどう見ても、ただの洞穴にしか思えなかったっての。
「うーん、どうせ行く宛も住む場所も無かったから、丁度良いといえば丁度良いのかもしれないけれど……」
「このダンジョン、マスターの思うがままに設備を整えることが出来ますゆえ」
不定形もといダンディゴーレムが、誇らしげに胸を張る。
「ダンジョンはマスターの魔力で成長する……んだっけ?」
「ええ、マスターが持つ魔力を元に、様々な施設を増やしたり、配下となる魔物を配置することが出来ます」
わーお。
これって一種のダンジョン生成&育成SLGみたいなもの?
幸いにして、私の魔力はSSS。
リソースに困ることはなさそうだ。
「あ、それなら食料なんかもどうにかなる?」
「勿論でございます。ちょっと失礼をば」
ゴーレムが手を翳すと、その場に奇妙な台座が現れた。
台の上には、ステータス画面に良く似た液晶パネルのような物が置かれている。
「こちらを入力することで、ダンジョン内部を生成したり、如何様にもアイテムを作り出すことが出来ます」
「どれどれ」
パネルには、三つの項目が表示されていた。
『ダンジョンクリエイト』
『モンスタークリエイト』
『アイテムクリエイト』
なるほど、この三つでダンジョン運営を行うってわけか。
「一日に生成出来る上限は、魔力量に依ります……が、おそらくマスターの魔力であれば、気にせず何でも生み出すことが出来そうですなぁ」
どうやら私のステータスはゴーレムに把握されているらしい。
そういえば、名前も知られていたもんね。
試しに、ポチッとアイテムクリエイトと書かれた部分に触れてみる。
現れたのは、テキストエリアとキーボードだ。
「まさかの、文字入力?」
「実際に生み出されるアイテムは、マスターのイメージに基づいております」
なるほど、魔力を元にするだけあって、イメージ重視なのか。
試しに何か一つ入力してみたいところだけれど……今食べたい物と言ったら、何だろう。
考え込む私の腕から、暇そうにしていた子犬がひょいと飛び降りて、大きく欠伸をした。
そうだ。
せっかくだから、ガルムにご飯をあげよう。
「この子、魔狼って言ったっけ。何を食べるんだろう」
「魔狼は基本肉食ですが、この子はテイムされておりますゆえ、主と同じ物でしたら何でも食べることが出来ます。雑食と思っていただければ」
「私と同じ物かぁ」
今食べたい物……うーん、あれだけ飢え死にすることが怖かったにも関わらず、咄嗟に食べたい物と言われても、なかなか浮かばない。
最初のご飯だし、美味しい物を食べさせてあげたいんだけどな。
「作り出すアイテムって、食べ物以外にも、何でも良いの?」
「ええ、勿論でございます」
なるほど。
それなら色々出来そう。
「まずは……」
操作パネルのテキストエリア部分にタッチして、文字入力を開始。
最初に入力したのは、カセットコンロだ。
文字を入力した瞬間、台座の奥にパッと見慣れた箱が現れた。
これ、日本のスーパーで良く売ってるメジャーなカセットコンロじゃない。
まさかと思って試してみたけれど、こちらの世界の物じゃなくても生み出せるなんて、ダンジョンって凄い。
「これはなかなか、見たこともないような……」
ゴーレムが不思議そうな顔で、箱を持ち上げる。
「私の世界の商品よ」
さーて、カセットコンロが出てきたから、次は当然カセットボンベよね。
さらには鍋と皿、割り箸と食器類も準備して……それから、いよいよ食材の調達だ。
イメージするのは、多岐川専務に連れて行ってもらった日本橋の老舗すき焼き屋さん。
蕩けるようなお肉が、美味しかったんだよなぁ……ガミガミうるさい専務と一緒に行ったのでなければ、もっと美味しかったはずなのに。
新鮮な長ネギと春菊、焼き豆腐に椎茸、そして何よりサシの入った和牛!!
一度食べたら、忘れられない味よね……。
割り下が絡んだお肉とお野菜を、卵に絡めて食べるのが美味しかったんだ~。
タッチパネルにお野菜を次々と入力していく。
そうだ、卵は気をつけなきゃ。
「これって、私がイメージする物が出てくるという認識で良いの?」
「ええ、全てはマスターのイメージに基づいております」
ゴーレムに確認をして、それならばと日本のスーパーに並んでいる卵をイメージしてみる。
下手にこの世界の卵が出てきたりしたら、生で食べられるか分からないものね。
最後に薄切りの和牛と牛脂を取り寄せて、準備は完了!
さーて、カセットコンロを使ってすき焼きタイムといきますか。
「……っと、その前に」
テーブルも何もないだだっ広い空間で、ただ食べるってのも味気ないよね。
ここは、私の家にあるのと同じダイニングテーブルのセットを出してしまおう。
……次々と異世界のアイテムを生み出しているというのに、全然疲れた感じはしない。
「今で、どれくらいの魔力を消費しているんだろう?」
「マスターの魔力量からすると、微々たるものですね」
どうやら、この程度では数値にも表せないようだ。
なんて便利なんだ、魔力SSS。
とにもかくにも、テーブルと椅子が揃って、カセットコンロでいざ調理開始!
鍋に牛脂を塗りつけて、ネギを入れてほんのり焼き色を付ける。
そこに牛肉を投入、甘辛い割り下を入れて、お肉にたっぷりと絡める。
「うん、なかなかじゃない」
私の庶民感覚が影響してか、出てくる食材は全てスーパーで売っているような状態だった。
でも、それで全然問題はない。
十分に美味しいもんね。
小皿に卵を割り入れて軽く溶き、お肉を泳がせる。
「さ、どうぞ、食べてみて。熱いから、気をつけてね」
最初のお肉は、当然ガルムに差し出した。
一瞬だけ、不安そうにこちらを見上げたけれど、私が割り箸でお肉を掬ってみせたら、すぐにパクリと食いついてくれた。
次の瞬間、ガルムの尻尾が風車のように勢いよく動き出した。
ガツガツと、白い毛並みに卵が付きそうな勢いで食らいつく。
「どうやら、気に入ってくれたみたいね」
ホッと一安心。
さーて、美味しそうに食べる姿を見ていたら、私もお腹が減ってきた。
割り下の中にお野菜と焼き豆腐を入れて、暫し煮立たせる。
湯気と甘い匂いが広がって、食欲をそそる。
ガルムも、次のお肉が欲しいのか、目を爛々と輝かせてカセットコンロの上の鍋を見つめている。
お野菜に程よく火が通ったところで、さぁ、和牛を投入……しようとして、ふと、地面が揺れた。
地震のように、ガタガタとテーブルが鳴る。
「え……」
揺れは少ししたら収まったけれど、ゴーレムの表情は険しいままだ。
「マスター、侵入者です」
「侵入……?」
ゴーレムの視線が、ホールの天井に向けられる。
つられるようにして、顔を上げ──た瞬間、轟音と共に天井が崩れ落ちてきた。
「ええええぇぇぇ!?」
そうして、巨大な影がホールに降り立った。









