12:ダンジョンに迷い込んだ者達
ダンジョン内ではあるが、フロアによっては太陽が照りつけ、日の光を浴びることが出来る。
しかし、この地下99階は、そうではない。
フロア全体を一つの広い高級マンションに見立てているため、窓自体が設置されていないのだ。
とはいえ、不憫に感じたことはない。
朝寝坊をすればお腹をすかせたガルムが起こしてくれるし、毎朝ちゃんと起きているから、夜は自然と眠くなる。
もふもふ温かなガルムと一緒だから、ぐっすりと眠れる。
子犬だったガルムもすくすくと成長して、最近はずっしり重たくなってきたけれど、抱き枕には丁度良い。
ガルムをぎゅっとしながら眠る毎日。
そんな快適な睡眠時間が、レムスの声によって阻まれてしまった。
「マスター、侵入者です!!」
「ふぁ?」
突然起こされて、頭が上手く働かない。
キョロキョロと周囲を見渡したところで、日の光が差さない場所では、時間も分からない。
「なぁに、泥棒でも入ったぁ?」
泥棒という言葉を聞いて、もぞりとガルムが布団から顔を覗かせる。
自分が番犬をしているこのダンジョンに泥棒なんて、許せない! ですって。
正義感に燃えるガルムも、かわいいなぁ。
「寝惚けてないでしっかりしてください、マスター」
レムスの呆れたような声に、目を擦りながら、ようやく身を起こす。
って、侵入者?
「誰か、ダンジョンにやってきたってこと?」
「最初から、そう申し上げております」
「モンスターとか、ドラゴンじゃなくて?」
「はい、間違いなく亜人──人族に近い存在です」
レムスの言葉を聞いて、私は一気にベッドから飛び降りた。
向かうは操作パネルのあるダンジョンの中枢、管理室。
そこにある監視用モニターには、しっかりと侵入者達の様子が映し出されていた。
「あれ……」
冒険者でもやってきたのかと思ったが、どうも様子がおかしい。
重厚な鉄鎧を身に付けるでなく、手にした武器は、細身の剣と弓矢ばかり。
そして何より、モニターに映し出されているのは、華奢な体格の美形ばかりなのだ。
「これは、エルフ族だな」
何事かと様子を見に来たヴィルベルが、モニターを見て呟いた。
「エルフ?」
エルフ族って、小説やゲームに出てくる、あのエルフ……だよね。
うわぁ、実物は初めて見た。
目を凝らせば、確かに耳が少し尖っている気がする。
「エルフ族も、ダンジョン攻略するのかなぁ」
「さぁ……あちこち荒らし回るのは、人間の専売特許だと思っていたが」
私の声に、ヴィルベルが答える。
なかなか酷いことを言っているが、私も人間の冒険者が真っ先にやってくるだろうとばかり思っていた。
「どうも、ダンジョンを攻略に来たという感じではなさそうです」
彼等の様子を観察していたレムスが、モニターから目を離さずに告げる。
「むしろその逆で、モンスターを避けて移動しているようです。ダンジョン内を物色している様子も、見受けられません」
モニターには、地下2階から地下3階への階段を降りるエルフ達が映し出されていた。
プラチナブロンドの髪に、整った容姿。
美形ばかりがズラリと並んでいるが……どうも、違和感がある。
「……女性と、子供が多い?」
我知らず、違和感を口にしていた。
「確かに……エルフ族は長命で、老いをあまり感じさせない種族ではありますが、それにしても女性と子供の比率が高すぎる」
「おそらく、成人しているのは先頭で指揮するこの若い男くらいだろうな」
先頭に立つ若いエルフは、モンスターを避けて安全な道を探して歩いているようだった。
そうして、辿り着いた地下3階。
自然の岩肌で出来たダンジョンエリアだが、行き止まりになった箇所を見付け、エルフ達は皆その場に腰を下ろした。
ダンジョンを調査するどころではない。
彼等の表情は、疲弊しきっていた。
リーダー格らしい若いエルフが、座り込んだエルフ達に必死に声を掛けているのが見える。
……彼等は何の目的で、このダンジョンに来たのだろう。
ざわりと、胸が騒ぐ。
そんな中、画面の中でもぞりと何かが蠢いた。
「どうやら、モンスターが侵入者を発見したようです」
画面奥の闇が、エルフ族の一人に襲いかかる。
闇に覆い被さられたエルフはその場で悶え、のたうち回る。
いや、あれは闇ではない。
いくつもの足を持つ、黒い節足動物だ。
「あれは、ギガントセンチピートルですね」
ギガントセンチピートル……巨大なムカデか。
画面の中の光景に、自然と背筋が震える。
あんな大きなムカデに襲われたら……私なんて、ひとたまりもないだろう。
「勿論、マスターに襲いかかるようなことは、決してありません」
私の怯えた様子を悟ってか、レムスが補足してくれた。
画面の中では、リーダー格の若いエルフが剣を手にギガントセンチピートルに斬りかかろうとしている……が、手元が狂えば、刃は仲間の柔肌を容易く貫いてしまうだろう。
彼も、攻撃に集中出来てはいないようだ。
やがて諦めたように剣を投げ捨て、襲われたエルフから巨大ムカデを引き剥がそうと掴みかかる。
だが──そうしている間にも第二、第三の巨大ムカデが、彼等の居る場所に押し寄せていた。
侵入者を撃退するのが、ダンジョンの摂理。
そうすることでダンジョンを守り、時には報酬を与え、冒険者を呼び寄せる。
命を落とした冒険者の亡骸はダンジョンに吸収され、ダンジョンの糧となる。
そうしてダンジョンとしての力を蓄え、私の──私達の生活が成り立っているのだ。
ダンジョン無くしては、今の私は居ない。
それは、分かっている。
分かっているけれど……目の前の残酷な光景が、受け入れられずにいた。
「弱い者がダンジョンに足を踏み入れれば、無残に屍を晒すことになる。そんなのは、当たり前の話だ」
ヴィルベルが事も無げに言う。
ヴィルベルにとっても、レムスにとっても、見ず知らずのエルフがどうなろうと、知ったことではないのだろう。
可愛いガルムだって、それは同じ。
監視モニターを見つめる皆の目は、冷め切っている。
私みたいに怯えたり、動揺した様子は、微塵も見られない。
ダンジョンを運営するということが、どういうことか……私は、分かっていなかったんだ。
いや、頭では理解していた。
だが実際にこの光景を目にして、心が揺らいでしまった。
だって──彼等は、どう見ても冒険者ではない。
戦いに慣れた様子はなく、満足に武装すらしていない──どう見ても、非戦闘民なんだもの。
彼等の疲弊しきった表情は、このダンジョンを最初に訪れた時の私と同じだ。
どこにも行く場所がなくて、雨宿りの為に、ここを訪れた。
……そうだ、彼等だって私と一緒なのかもしれない。
追い出され、行き場を失って、たまたまこの場所に辿り着いた私と。
外の天気は、分からない。
でも、少なくとも彼等が望んでダンジョンに足を踏み入れたようには思えないのだ。
「私……彼等のところに行ってくる」
「マスター?」
気付いたら、単身転移ポータルめがけて駆け出していた。









