クラスメイト
例の女子生徒の事件から2週間。
長かったようで短い休校が明けて、また俺にとっては無駄…いや、非常に実りが少ない学生生活が再始動する。
無駄だとは思わないように、意識を改めるようにしたい。
授業と何も関係ない話で、少ない学びもあるかもしれない。
こういうのは強く自覚することが大切だ。
人間においてもそうだ。
ぶっちゃけクラスメイト…というより同年代の学生なんて能力も低く、群れることでしか自分を強く見せることもできないただのガキとしか思えないが、先日の俺のようにある日突然運命的な事象に出会って劇的な変化を起こしたり、今が普通でも将来何かが起きてとんでもなく有用な人物に成り得ることもあるかもしれない。
運命なんて言葉、ユキと会う前なら鼻で笑っていたような単語だが、今となってはとても重要な要素であると理解している。
要は、物事は最後まで分からないということだ。
だから少なくてもこちらから無駄に距離を作るのは止めよう。
距離を作った上で寄ってくるような馬鹿も2名ほどいたが…それはあくまで例外として、もう少し態度を軟化させてみるとしよう。
それでも敵意を向けてくるような愚か者には付き合う価値がないと改めて判断すればいい。
向こうが友好的に接してくるなら、俺も斜にかまえずにきちんとクラスメイトとして向き合おう。
…そういえば無駄に敵を作るなって、鈴木先生も言ってたな確か。
あの人の言っていたことは、後になって正しいと自覚することが多い。
彼女やオッサン以外の教師はそもそも俺に深く関わろうとすらしないしな。
それも俺の態度に寄るものが大きいが。
これからはあの人の発言は素直に聞き入れるとしよう。
これも尊敬、ってやつだろうか。
色々なことを考えて、一人教室へと入る。
まだ少し早いからか、40弱の人間が学ぶ教室にはまだ7人程度しかいない。
彼、彼女らは集まって談笑していた。
休校期間のことを話題に会話を楽しんでいるのだろう。
開いたドア…つまりは俺の方に視線を寄せるとすぐに興味を失い会話に戻る。
当然だ。
俺からしても絡んだことはおろか、名前すらまともに呼んだことはないはずだ。
「おはよう。」
声をかける。
「えっ⁉」
一人の女子が驚愕と言った表情で声を上げ、こちらを見る。
確か…佐藤という名前だ。
他6名も声を出すことは無くても表情は似たり寄ったりだ。
というよりは声も出なかったと言うべきか。
全員死体でも見たのかというような顔をして非常に失礼なやつらだが、まぁこういう態度になるのも不思議というほどではない。
「おはよう。」
再び声をかける。
「えっ、あ、おっ、おはよう…?」
「お、おはよう。天地君…。」
今度は最初に声を上げた佐藤女子、そしてその隣にいた倉橋女子も追随して挨拶を返してくれた。
他女子1名と男子3名は相変わらず驚いた表情をして固まっていたが、悪意を持って無視しているわけではなく、単純にどうすればいいのか分からずにフリーズしてしまっているようだ。
ここで無理にやりとりを続ける必要はないな。
2名の返事にとりあえず満足した俺はカバンを置いて便所に向かうためすぐに教室を出た。
背中から俺のことを話しているだろう雰囲気を感じ取ったが、そこに悪意は感じられなかった。
「おはよう」
「うわっ!?」
「おはよう」
「っ!?」
「おはよう」
「え⁉…な、なに…?ご、ごめんなさい‼」
便所に行く途中、教室戻る時、再び教室に入った時。
それぞれその時近くにいたクラスメイトに挨拶をしてみたが、基本返事は帰ってこない。
全員、驚愕しているだけで思考が追いついていないのだろうが、最後に話しかけたオタクっぽい田中に関しては驚愕どころか恐怖していた。
俺がにカツアゲされるとでも思ったのだろうか?
少し悲しくなっていると背後から近づいてくる気配がある。
「おはよう、ユウト君。」
「おはようハルカ。」
「…ええっ!?」
今日一番のクラスメイトの驚く顔を見た。
「何をそんなに驚く?」
「いや、だって…いつもユウト君に挨拶しても『ああ』とか『おう』とか『おっす』としか言わないのに、おはようって…どうしたのっ⁉ 病気っ⁉ 頭が悪くなっちゃったの⁉ ひょっとして神楽さんに何かあった⁉」
「あってたまるか。」
「いたっ!…拳骨はひどいよぉ。」
ひどいのも頭が悪いのもお前だ。
「おーっす。何の話だ?」
ハヤテだ。
「おはよう、ハヤテ。」
ドサッ
奴は持っていたカバンを床に落とし、マジマジとこちらを見つめてくる。
「…神楽さんに、何かあったのか…?」
「だからあってたまるか。」
ゴンッ
ハルカとは違い、ほどほど力を込めておいた。
「痛ってえぇぇ⁉」
ハヤテの叫びが教室中に響き渡る。
普段であればクラスメイトからの冷たい視線が来るところだが…読む力で感じる視線はほとんど俺一人に向けられている。
「おい!うるさいぞ!一体何の騒ぎだ!また何かやらかしたのか⁉」
もうチャイムも鳴るまで秒読みと言ったところで、担任のオッサンが入って来ると同時にこちらに問い詰めてくる。
「斎藤先生、おはようございます。」
パタッ
脇に抱えた名簿を床に落とす。
「お、おまえ一体…?はっ⁉まさか姉…」
「姉には何もありません。」
「……………」
キーンコーンカーンコーン…
「チャイム鳴りましたよ。」
「あ、ああ…。」
ホームルームが始まり、事件の犯人は未だ捕まっていないこと、ここのところの警察の警戒態勢もあって付近に犯人はもういない可能性が極めて高いということ、1時限目は休校明けということでまた集会を行い、その後2時限目からは通常通りの授業に戻るとの説明がされた。
どうでもいいが、オッサンは終始動揺していた様子だった。
「おい。保健室行くぞ、ユウト!」
オッサンが出て行ったあと、すぐに振り返りそんなことを言い出すハヤテ。
「そうだよ!絶対熱か何か…保健室より救急車の方が…!」
右からもそんなアホなことを言う声が聞こえてくる。
「だから姉さんはもちろん、俺も何ともない。おはようと挨拶をしただけで病気と疑われる筋合いはないな。」
「いやだってお前、
『ハンッ。クラスの連中なんぞとつるんでたって時間の無駄だゼェ…』
っていつも言ってたじゃねぇか!」
「そのバカみたいな言い回しはひょっとしなくても俺の真似のつもりか?ぶん殴るぞ。」
「そ、それっぽいことは言ってただろ!?ホームルーム中も皆お前のこと話してたぞ!お前クラスの連中に挨拶してまわってたんだろ?いつものお前なら明日死ぬとしてもやらないだろ!」
なんという言い草。
…まぁ実際合ってると思うが、それは過去の話だ。
「俺は考え方を改めたんだ。自分より学力が低い、あるいは身体能力が低いという理由だけで他人を見下すことはやめようとな。」
「…ユウトじゃないみたいだ…。」
「ユウト君、ホントにどうしちゃったの?あっ、これってアレ…?高校デビューみたいな…、大人しかった子が夏休み明けに金髪にして行くみたいなノリのやつ…?でも真面目になってるからそれの逆バージョン?高校引退?」
「ハルカ、俺は女でも普通に殴るぞ?」
高校引退とか可能なら考えるが、その場合は姉さんを悲しめることになるだろう。
「だ、だっておかしいじゃん…。」
脅しても引く気がないらしい。
まぁ俺もそっちの立場なら絶対にめちゃくちゃ言うだろうけど。
「俺も休校期間で色々あったんだよ。物事は最後までどうなるか分からない。もちろん人もな。だからとりあえず、会ったばかりの人間や、大して話したこともない連中を一方的に遠ざけるようなことを止めようと思っただけだ。別に俺が優しくなったとか、人が変わったってわけじゃない。外からの見え方がほんの少し変わるだけだ。」
「私にとっては結構な問題なんだけど…」
「…ん?どういう意味だ?」
「多分、そのうち分かるよ。」
俺の表向きの態度の軟化がハルカにとってどう問題となるというのだろうか?
基本的にいつも…と言っても最近は滅多に話しかけられることも無くなったが、他人には突き放す対応を取ってきていた。
それを改め、普通に接するということは少なくても悪くは見えないはずだ。
好意的に見られる…とまではいかなくても、精々が不審がられたりするぐらいで、今より悪くなるってことはないはずだが、ハルカが何を心配しているのかさっぱり分からない。
ハヤテもハルカの言葉にポカンとした表情を浮かべているので俺と同様、全然理解していないのだろう。
まぁ多分問題ないだろうから気しなくていいか。
さて、1時限目は集会か。
ぶっちゃけどうでもいいし、かなり眠くなりそうだが真面目に話を聞いとくとしよう。
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「…ではこの問題、誰か分かる者はいるか?自信がある者は挙手を。前で解いてみろ。」
現在は2時限目、数学の授業中である。
鈴木先生は連休明けでも通常運転だ。
相変わらず凛々しい姿と言動で、堂々とした態度で授業を行う。
「ふむ。では…天地、この問題を…………え?天地?」
二度見された。
自分で指名しておいて何を驚いているのだろうか、この教師は。
鈴木先生は固まってしまってるが、確かに指名された。
俺は前の黒板まで歩き、およそ最適なはずの計算過程を書き記していき、口頭でその説明をしながら最後に答えを書き記した。
「…鈴木先生、どうでしょうか?」
普段見せることのない珍しい表情なので見ていて新鮮ではあるが、鈴木先生の授業の時間を無意味に浪費させてはならない。
「あ、ああ…正解だ、流石だな。しかしお前が授業中に挙手したのは初めてだな。」
「分かる者は挙手を、と仰っていたので手を挙げたまでです。」
「しかし、テストで毎回満点を取る割にはこれまでの授業では手を挙げてこなかったではないか?…そういえば先ほど齋藤先生もお前の様子がおかしいと言っていたような…まさか、」
「姉はなんともないですよ。」
「姉?何を言ってるんだお前は。悩み事でもあるのかと心配しただけだ。お前に問題がないのなら良いのだが…。」
「それは失敬。自分も何も問題ありません。少し授業態度や生活態度を改めようとしただけです。」
「そ、そうか。それはなによりだ。」
動揺はしていたが、その心内は喜んでいるように感じた。
その後も俺は残りの授業を真面目に受け続けた。
教師や周りの反応は朝の挨拶時同様に好奇、あるいはやや好意的か訝しむかと言ったところで、いつものように嫉妬や悪意に塗れたものではなかった。
低能相手に関わることすら面倒だと思っていた俺は、他人を遠ざけるように素っ気ない対応をしたり、時には悪態をついて距離を取る(というか取らせる)ようにしていたが、その時の感じる視線と今感じている視線。
悪意が無いというだけでここまで気分が落ち着くものなのか。
今ほど他人を突き放していない時でも、悪意の視線はあった。
今だって珍しがられているのが手伝っているだけで、しばらくして落ち着けばまた悪意は必ず生まれるだろう。
悪意が始まりではない場合もある。
中学時代や高校入学して間もない頃は女子たちの行き過ぎた好意や、勝手に女子同士で誰が俺に告白する等といったクソくだらない争いを始めたり、それを見た男たちから嫉妬の感情を向けられたり逆恨みされたりして本当に面倒であったのをよく覚えている。
しかし、今の俺ならそれをどう感じるのか。
鬱陶しいのは間違いない。
しかし…ユキと会う前の俺と今の俺の違い。
人を、姉以外の他人を大事にしたいと思えた今なら。
ユキのことを考える。
ユキがたくさんの男に言い寄られる姿を想像する。
ぶち殺したい…とまでは流石にいかないと思うが、確実に男どもを追い払う何か策を練るだろう。
俺以外の男を近づかせたくない。
他人を想う心。
他人を妬む心。
それが一方的で鬱陶しいだけのものから、理解が近いものとなった今なら。
違う受け取り方ができるのではないだろうか。
『私にとっては結構な問題なんだけど…』
今になってハルカの言葉が思い出される。
あいつは去年も同じクラスであった。
入学当初の女子に言い寄られる俺を思い出し、俺が学校の女子に現を抜かすようになるとでも心配したのかもしれないな。
まぁそんなことはありえないけどな。
全ての授業が終わり、ホームルームも終わって帰宅の時間となる。
1日で多少慣れたのか、好奇の目も少し減ってきたが確かな変化もあった。
「あ…天地君。また明日ね。」
「ばいばーい。」
朝に挨拶を返してくれた佐藤と倉橋だ。
「ああ。また明日。」
二人は小さく手を振って教室から出ていった。
ドア越しで彼女たちの声が少し聞こえてくる。
「ほら!やっぱり挨拶返してくれたよ!」
「ねー!今度遊びに誘ってみる?」
どうやら彼女たちは俺の態度を好意的に捉えてくれているようだ。
ドアから視線を戻そうとすると隣のハルカと目があった。
ジトッとした目でこちらを見ている。
「なんだハルカ?ワニのステーキとぽんじりの差が分からないみたいな顔をして。」
「…絶対にそんな顔してないと思うけど。ユウト君、クラスの女子に挨拶されて嬉しそうだね。」
しまった。めんどくさいムーヴが始まってしまった。
「嬉しそうになんかしてないだろう。挨拶されたから挨拶を返す。人として普通だ。」
「それは2週間前までのユウトに聞かせてやりたい台詞だな。」
ハヤテも乗っかってくる。
「挨拶を返すのが普通っていうのは分かるけど、また去年みたいなことになりそうな気がしちゃうよ。ユウト君も嫌って言ってたよね?また女の子達がたくさん寄ってくるようになっちゃうかもよ?」
「そうかもしれんが、去年よりはうまくやるさ。だいたい俺の何が良いんだ?自分で言うのはアレだが、俺を恋人にしたいなんて言うやつはどこかしら頭がおかしいやつだろう。」
俺がそう言うと、すかさずハヤテが袖を引いて小声で話してくる。
「…おまえ、それをハルカに言うか?」
「…ミスった。」
ハルカは下を向いてしまっていて表情は見えないが、色々な感情が渦巻いているようでハッキリとはその内心を読み取れない。
「で、でも!勉強がすごくできて、運動もすごくできて、顔だって悪くない…っていうかカッコいいのに、性格が治っちゃったらモテるに決まってるじゃん!!」
「治るって…俺の性格は病気か何かか?」
「そうだな。性格さえ治せば最強だからなユウトは。」
二人して人の性格を欠陥扱いしてくる。
なんて友達がいの無いやつらなんだ。
その後、また3,4人ほど挨拶をしてきたのでそれを返しつつ、3人で帰路に着いた。




