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第一話:妹の異変と家訓の板挟み

 ルシアン・グランヴィルにとって、妹のエヴァンジェリンは常に「完璧な妹」であるはずだった。


 グランヴィル公爵家の血を引く者として、家訓である『力は王家のために、感情は家に捧げよ』を遵守し、家の名誉を守る存在。


 それが、彼の理想であり、現実だった。少なくとも、あの舞踏会までは。




 王城の広間で、レオンハルト王子がエヴァンジェリンを称賛した時、ルシアンの胸には不審な感情が渦巻いた。


「エヴァンジェリン・グランヴィル令嬢…君に、この王国の社交界を仕切ってほしい。君の統率力と、周囲への配慮は…素晴らしい」


 社交界でヒロインを虐げ、高慢な態度で悪名を轟かせていたはずの妹が、まさか王子から称賛されるとは。


 彼女のこの一年間の振る舞いは、彼の知る妹とはかけ離れていた。


 あまりにも完璧すぎる「善良な令嬢」の演技。


 ルシアンは、エヴァンジェリンの笑顔の裏に、何か深い意図が隠されていることを感じ取っていた。




 舞踏会の翌朝、執務室で大量の書類に目を通しながらも、ルシアンの思考はエヴァンジェリンのことで占められていた。


 彼は、妹が自分に何かを隠していると直感していた。公爵家当主として、そして兄として、彼女の真意を探る必要があった。




 その夜、事件は起きた。


 真夜中、自室で執務を続けていたルシアンは、隣室から微かな、しかし尋常ではない魔力の波動を感じ取った。


 それは、妹の部屋からだ。壁が震え、微かに物が浮き上がるような、制御を失った魔力の奔流。


 エヴァンジェリンが、このような強大な魔力を持っていることを、彼は知らなかった。


「……エヴァンジェリン。そこにいるのか」


 ノックをするルシアンの声は、普段の冷静さを装っていたが、心臓は激しく鼓動していた。


 彼は、妹が家訓に背くような「悪しき力」に手を出したのではないかと、激しい疑念に苛まれる。


「は、はい……兄様。どうかなさいましたか?」


 震える妹の声に、ルシアンは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


 しかし、公爵家当主としての彼の理性は、妹の言葉の裏にある「何か」を見過ごすことを許さなかった。




 翌朝、彼はエヴァンジェリンを執務室に呼び出した。


「昨夜の部屋の異変について、もう一度説明しろ。魔法の練習、などという嘘は通じない。あの魔力は、お前の隠していた力だろう」


 冷徹な声で問い詰めるルシアンに、エヴァンジェリンは何も答えず、ただ俯くだけだった。


 彼女の沈黙は、彼の疑念をさらに深めた。


「答えろ、エヴァンジェリン。なぜ、その力を隠していた? その魔力は、どこで手に入れた? お前は、家訓に従う者ではないのか? その力は、もしや悪に染まっているのか?」


 ルシアンの言葉は、怒りよりも、むしろ困惑と、妹への深い失望を含んでいた。


 彼は、家訓を何よりも重んじるグランヴィル家の当主として、この異変を看過するわけにはいかなかった。


「……兄様には、私の心が理解できないのですか」


 エヴァンジェリンの口から漏れた、その悲痛な言葉に、ルシアンは一瞬、息を呑んだ。


 彼女の瞳の奥に宿る、深い孤独と悲しみに満ちた光。


 それは、彼が今まで知っていた「完璧な妹」とはあまりにもかけ離れたものだった。


 しかし、公爵家当主としての義務が、彼の感情を理性で押し潰した。


「……もうよい。下がれ。今後、その力を公の場で使うことは許さない。もし家訓に背くようなことがあれば、公爵家がその責任を負う」


 彼は、妹を遠ざけることを選んだ。


 彼女を理解したいという兄としての感情と、家の名誉を守るという当主としての責務が、彼の中で激しく衝突していた。


 エヴァンジェリンが部屋を出ていくのを見届けると、ルシアンは深いため息をついた。


(私は、本当に彼女を理解できていないのか……?)


 彼は、妹の行動の真意を探るため、そして、彼女が本当に「悪」に染まってしまったのかどうかを確かめるため、彼女の動向を密かに監視し始めることを決意した。



 この時、彼はまだ知らなかった。


 この「監視」が、やがて彼自身を「影のヒーロー」へと導く、最初の始まりとなることを。

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