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隣国の王子


 懸命な消火活動が繰り広げられる滑走路を、一台のストレッチャーが駆け抜ける。

 襲われていたプロペラ機に乗っていたのは、操縦者の少年と酷い怪我を負った壮年の男性だった。

 機体の損傷から爆発の恐れがある為、直ちに二人は基地の片隅へと運び出された。


「父上っ!父上っ!!」


 軍医達が懸命に止血を試みる中、ぐったりとする男性に少年は涙ながらに叫び続ける。

 取り乱す彼を士官等が抱き抱えて宥める中、負傷した男性はストレッチャーに乗せられて大急ぎで基地内の処置室へと担ぎ込まれた。


「…陸軍総本部に急ぎ連絡を!」


 部下達に指示連絡を入れながら、ヴォクシスは泣き崩れる少年へと駆け寄る。

 同時にデュアリオンを安全な場所に移動させ終わったカルディナも彼等の元へと駆け付けた。


「カルディナ、良くやった。けど、今度からは急に飛び出さないで…、肝が冷えた…」


 合流と同時に端的に注意と褒め言葉を告げつつ、ヴォクシスは労うように娘の頭を撫でた。

 彼女の迅速な判断のお陰で自国からの被害は出なかったが、予期せぬ出来事に現場は混乱状態である。

 海に消えた敵襲の捜索も相俟って、この日のデュアリオンの稼働試験は中止を余儀無くされた。


「ごめんなさい。気付いたら体が勝手に…」


 苦笑いで謝りつつ、カルディナは士官に囲われるようにして蹲る少年へと目を向ける。

 戦闘機に襲われただけあって少年は酷く怯えていた。


「君、大丈夫かい?失礼だが、名前を伺っても?」


 その場に膝を折り、ヴォクシスは少年の身元を確認した。

 顔を上げた彼は、涙を拭いながら背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。


「アヴァルト王国国王が嫡男コルベルの子ルークと申します。この度はお助けいただき、ありがとうございました…」


 見目のあどけなさには不釣り合いな言葉遣いで彼は名乗った。

 王族と言うだけあり、身の振り方は心得ているらしい。


「ルーク殿、ゆっくりで構わないので何があったのかお聞かせ願えるかな?着替えも用意してあります」


 聴取係の士官を手招きしつつ、腰を上げたヴォクシスは真剣な眼差しを向けた。

 王子ルークは顔を強張らせながらもしっかりと頷いて見せた。




 不幸中の幸い、逃げ込んで来たプロペラ機に乗っていた重傷男性は一命を取り留めた。

 操縦してきた王子ルークの証言により、男性は彼の父でありアヴァルト王国の王太子コルベルであることが判明。

 聞けばアヴァルト王国内で政変があったとの旨であった。


「まさか、ティスラ王女がねぇ…」


 駐屯基地の執務室で、聴取を行なった士官から報告を受けたヴォクシスは頭を抱えた。

 カローラスより返還された元第三皇妃ティスラ王女は、国に戻るや涙ながらに父王を絆し、王太子である弟コルベルから王位簒奪を目論んだらしい。

 元より王女は次なる君主として熱望されて来た御仁で、帝国にその未来を奪われ、籠の鳥となっていた背景がある。

 これまでの皇宮での冷遇に積年の恨みが噴出し、王太子コルベルの穏健姿勢に業を煮やした模様であった。


「それにしても、王位簒奪とは穏やかじゃないねぇ」


「どうやら国王も慎重派のコルベル氏を疎んでいたようでして…、本命の後継者である王女が帰還したことで目障りになったものと推測します」


 聴取に立ち会った駐屯兵長代理のローバー中佐はそう言葉を添えた。


「全く帝国にせよ北の連中は血の気が多いね…。ちなみに今、ルーク王子は?」


「怪我はなかったので着替えの後、エルファ城の客室に宛てがいました。駐屯基地(ここ)では、気が休まらないでしょうから…。あちらの方が静かで雰囲気が温かいですし」


「ちなみにだけど、カルディナの部屋とは離してあるよね?」


 キラリと光ったその目に、中佐は思わず顔を引き攣らせた。

 まだ少年とは言え、王子は男である。

 その警戒心から覗える父親心に、何とも言えない笑みを浮かべた。


「そう仰ると思って塔と階を分けました。王子の部屋の前には監視もつけています」


 詰まる所、対策は万全だと伝えた。



 そんな養父の心配を他所に、デュアリオンの稼働試験が中止になって暇を持て余していたカルディナは、小型竜のセルシオンと侍女役の小母ちゃんを引き連れて王子の部屋へと向かっていた。

 聞く所によれば王子は一個下の十四歳で、同じ中学生の自分なら多少、話が合うだろうと考えた。

 軍服では警戒されると思って私服に着替え、気晴らしになるようにと手頃なおやつも持って来た。


「失礼します」


 ノックを添えてドアを開くと、王子は弾かれるように椅子から立ち上がり後退りした。


「こんにちは。お腹空いてませんか?」


 手にしたバスケットの中を見せつつ、穏やかに声を掛けた。

 正直、こういう場面は逆の立場の方が多くて緊張した。

 自分ならどう接した方が気持ちが落ち着くか、一生懸命に考えながら言葉を選んだ。


「お前は…?」


 上から下までカルディナを一瞥し、ピリピリと警戒心を滲ませながらルーク王子は訊ねる。

 無理もない。

 身の安全のためとは言え、部屋に監禁状態で、ついさっきまで命を狙われていたとあっては、誰もが敵に見えて仕方ないだろう。


「申し遅れました。カルディナ・シャンティスと申します。どうぞ気軽にシャンティスとお呼びください」


 簡単にカーテシーを行い、敵意は無いと示した。

 しかし―――。


「シャンティス…!?お前がクロスオルベ侯爵か…!?」


 名を聞いた途端に敵意を剥き出した彼に、侍女役は咄嗟にカルディナの前に出て、庇う姿勢を取った。

 けれど、カルディナは動じなかった。

 聴取の内容を伝え聞いて、その反応を薄々予想していた。

 戦闘機のパイロットが逃走した為、確定はしていないが九分九厘、彼等を襲った戦闘機はルーク王子の伯母であるティスラ王女が差し向けたものだ。

 彼女を皇宮の檻から逃し、祖国に返してしまったカルディナ達を恨む気持ちは分からなくは無い。


「ティスラ王女の暴挙の件は聴きました。安心してください。私達は敵ではありません。ここにいる間は安全だから…」


「安全?何処が安全なんだよっ?あっさり領空侵犯許して、王女(ババア)の反逆を立証出来る戦闘機パイロットも取り逃がした癖に!聞いちゃいたけど本当にガキじゃないか!お前らみたいなのに守られたって安心出来る訳無いだろ!?」


 恐怖のあまりではあるだろうが、乱暴な言葉遣いで怒る彼の指摘は、グサリとカルディナの胸に刺さった。

 正直言えば、ご尤もな意見である。

 島民への安全を第一に考えた結果、彼の乗っていたプロペラ機の墜落防止を優先し、戦闘機パイロットの追跡は後回しにしてしまった。

 今思えば、デュアリオンの大きさを活用して蹴り飛ばすのではなく、機体の一部を齧り取り、パイロットを竜の口の中に閉じ込めて連行することも出来た筈である。


『カルディナ、こいつ丸焼きにして良い?』


 主に対する暴言に、尻尾で苛立ちを示したセルシオンは物騒な言葉を放った。


「止めて。あれは私にも落ち度がある」


 額を押さえつつ、飛び掛りそうな相棒を抑えた。

 あれが戦時作戦なら敵兵を取り逃がしたのは失敗に相当する。

 全くの痛恨である。


「と、兎に角、腹が減っては何とやらでしょっ?あのっ、レモンパイ持ってきたから良かったら一緒に食べるっ?この島ね、柑橘類に適した土壌と気候でねっ!レモンとかオレンジがよく実るの!ま、まあ、これは去年の奴のジャム使ってるんだけど!そのっ、何年かして収穫量が安定すれば産業にもなると思うんだよね!」


 しどろもどろで話を逸しつつ、バスケットの中のレモンパイを慌てて取り出す。

 料理上手な島民女性達が、レシピ本を参考にカルディナや士官の皆の為にと焼いてくれたものだ。

 午前のおやつでも皆で食べているので、味は保証済みである。


「………、甘いの嫌い。勝手に食べれば?」


 その一言に場が凍りついた。

 更なる痛恨である。

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