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青空の下で


 蒼天を気持ち良さそうに飛ぶ姿を見て、島の人々は一様に歓声を上げた。

 轟音を立てる四機の戦闘機に守られて、優雅に羽撃く白竜の姿は伝説に語られる守り神の如く神々しさを纏っていた。

 浜辺で遊んでいた子供達はその姿を見るや手を振りながら追い駆け、畑仕事に勤しんでいた農夫達も笑みを浮かべて、その姿を焼き付けるように目で追った。


(良かった…、皆怖がってないみたい)


 皆の羨望の視線を確かめながら、竜の中に潜むカルディナは安堵の笑みを浮かべた。

 セルシオンが纏い付いたお陰で起動中は白竜と成っているが、皆その中身が邪竜と恐れる存在だと知らされている。

 島の人々は伝統的に機体であるデュアリオンを恐れており、黙っていては騙すような気がしたので、きちんと予め説明しておいたのが良かったらしい。

 これまで一部の大人達にのみ密かに語られてきた暴走事故の悲劇も、島長を担ってくれているギャリーの口より年齢問わず明かされたお陰で、デュアリオンの認識が幾分か改善された模様である。


(あとは、戦いに使わずに済めば一番なんだけどね…)


 そんな呟きを内心で零しつつ、自嘲気味に肩を竦めた。


『こちらハインブリッツ。護衛部隊及び機械竜へ。特に異常は無いかな?』


 無線より届いた声に、皆で問題ないと答えた。

 先導するように前方を行くエクスレイ少佐は珍しく無口で、それに吊られるように他士官も真剣な様子である。

 恐らくは昨日未明に発生したという帝国によるアヴァルト王国への報復攻撃を受けてのことだろう―――。

 昨日聞かされた旧アウディシア領土を巡る侵攻は案の定、帝国皇帝の逆鱗に触れたらしく、報復として決行された大規模空襲でアヴァルト王国の国境は火の海と化した。

 このままだと開戦は時間の問題で、遅かれ早かれ、その火の粉がカローラスにも飛んで来ることは言うまでも無かった。




 地上に戻ったカルディナは、天気が良いのでお昼休憩を駐屯基地の屋上で取ることにした。

 真下の滑走路の片隅に停めたデュアリオンを眺めつつ、ベンチに腰を下ろして厚切りベーコンに新鮮レタスを挟んだバケットを頬張る。

 そんな横で小型竜になったセルシオンは樹の実を添えたバイオマス燃料ペレットを嬉しそうに頬張っていた。


「良い所でご飯食べてるねぇ」


 そんな声に振り返れば、煙草を咥えたヴォクシスが歩み寄って来ていた。


「また煙草ですか…」


 何処となく冷ややかな目でカルディナは呟いた。


「一本くらい許して?」


「傷の治りが遅くなっても知りませんから」


「手厳しいなぁ…」


 他愛も無く会話をしつつ、ヴォクシスは一人分のスペースを空けて隣に腰掛けた。

 紫煙が流れないよう然りげ無く風下を選ぶ所は、いつも通りの気遣いである。


「…まだ痛みます?」


「少しね」


 聞いておいてではあるが、そんな返答に心が痛んだ。

 気ままな風に吹かれ、細く上っていた煙が頭の上で揺蕩う。


「ねえ、カルディナ…」


 不意に改まったように名を呼ばれ、口にしかけた缶ジュースの手を止めた。


「王都に戻ったら僕と暮らさない?」


 そんな提案に、一瞬にして色々と頭を駆け巡った。

 これまでも単身世帯で居ることを度々心配されていたし、彼以外の上官にも同居を勧められていたが異性ということもあって、その誘いはあれこれと理由をつけて断っていた。


「どうしたんです?急に…」


 一先ず、そう返した。

 最近は聞かなくなったので、蒸し返した事が気になった。


「最近、色々と不安があってね。ここは人の出入りが制限出来るから良いけど、王都は人が多いから…。君達のことを護ると約束したのに、あっちでは中々難しいと思い知った…」


 彼は煙草を口に寄せながら自嘲気味に微笑む。

 何処か哀愁を孕む言葉に、何を言わんとしているかは理解出来た。

 王城襲撃のどさくさで皇宮に連れ去られたことを気に病んでいたらしい。


「少なくても僕の側にいれば抑止力にはなると思ってね。嫌なら別に良いんだけど…」


「………、検討してみます」


 返ってきた声にヴォクシスは、ピタリと煙草の手を止めた。

 てっきりまた断られると思っていた。


「…改めて考えてみると、閣下と生活した方が今はメリットの方が多いんですよね。皇帝に狙われている限り、本土では外出時に護衛を付けなきゃいけないですから。その点、閣下と行動を共にしていれば、警護の経費も抑えられますし、人員を割かなくて済みます。それにギリウスの暴露で、閣下も立場が揺らいで来ると思います。お互いを守り合う面でも悪くはないかと…」


 客観的な考えを淡々と述べ、手に残る食べ掛けのバケットを口へと押し込む。

 沈黙の中、もそもそと咀嚼してジュースで流し込んだ。


「嫌なんじゃなかったの?」


 短くなった煙草を消しつつ何処か心配そうに訊ねる彼に、今更何を言うのかと思わず眉を顰めた。


「嫌なんじゃなくて申し訳なかったんです。養女と言っても私は他人ですし、一緒に暮らしたら四六時中、閣下が気を使うと思って…。それにご自宅には奥さんの色々もあるでしょう?だから、流石に入り込んじゃいけない気がして…」


 そんな考えに、ヴォクシスは胸が詰まった。

 嫌がられていたのでは無かったと安堵した反面、己の過去や立場を想って気を遣われていたことに切なくなった。

 健気な心情を知り、気付けばその肩を抱き寄せていた。


「ありがとう。期待しておくね…」


 哀しい笑みを浮かべ、彼は囁くように告げた。


「あの…、閣下、煙草臭いです…」


「あ、ごめん」


 漏れた指摘にぱっと離れた。

 臭いが消える訳では無いが、慌てて拳の中に隠していた吸い殻をシガーケースに押し込んだ。


『ヴォクシス、煙草止めないの?』


 カルディナの隣から食事を終えたセルシオンが舌舐めずりしながら訊ねる。

 円な瞳な分、何とも圧を感じる視線である。


「………、検討するね」


 然りげ無くシガーケースを仕舞い込みつつ、当たり障りなく答えた。

 そんな折だった。

 遠くから迫ってくる重低音に、ふと視線を曇天の北の空へと向ける。

 遠いが小型のプロペラ飛行機が見えた。

 休憩時間の為、今は自国軍の飛行機は飛行していない筈である。

 航行路を間違えた民間機だろうか―――。


「何処の機体?」


 目を細め、ベンチから立ち上がったカルディナが呟いた時だった。

 断続的に浮かんでいる雲の中より他国の戦闘機が現れ、猛烈な速さでこちらに迫るプロペラ機に接近。

 逃げ惑う機体の背後に付くや容赦無く銃撃を開始し、その光景に二人は度肝を抜かれた。


「あれって、何処の機体!?」

「許可申請なんて来てないぞ!?」

「こっち向かってる!確認急げ!」


 領空侵犯の上で繰り広げられる空中戦に、カルディナ達のみならず、事態に気付いた駐屯基地の誰もが慌てふためく。

 その間にも、プロペラ機は強引に基地の滑走路に滑り込もうと降下。

 管制塔に向けて瞬く信号は救援を求めていた。

 追い駆ける戦闘機は島への影響など皆無で銃撃を続け、次の瞬間、遂にその一発がプロペラ機の右翼を撃ち抜いた。

 そこから猛烈な火が吹き上がり、ぐんぐん高度が落ちる。

 ―――このままでは島に墜落する。

 そう思った時には、カルディナの体は動いていた。


「セルシオン!」


 名を叫ぶと同時に屋上の欄干を飛び越え、ヴォクシスの静止も聞かずに、小さなセルシオンの翼を頼りに果敢にデュアリオンの頭へと跳躍。

 機械竜の額に飛び乗り、(うなじ)を伝って滑り下りて翼の付け根にあるコックピットの入り口へ―――。

 身体を崩して瞬く間に巨躯に纏わったセルシオンは、旋毛のような入り口を開いて主を内へと招き入れた。


「セル、プロペラ機を助けるよ!」


 明瞭になる視界の中でカルディナは指示を告げ、セルシオンは咆哮を添えて迫るプロペラ機へと飛び立つ。

 戦闘機は竜の接近に驚いたのか銃口をこちらへと向け、威嚇射撃を行った。


「うっざい!」


 放たれる凶弾にカルディナは怒り声を上げ、そんな彼女に応えるようにセルシオンは邪魔だとばかりに戦闘機に突進の上、その翼を一蹴り。

 途端にバランスを崩した戦闘機はくるくると回転しながら海へと墜落し、同時にパラシュートの花が開いた。


「セル!急ごう!」


 落ちていくパラシュートを一瞥し、カルディナは気持ちを切り替えるように叫ぶ。

 巨躯を翻して、滑走路に蹌踉めきながら向かうプロペラ機に忍び寄り、炎上する機体を壊さぬよう上から支えるように鉄の翼に前足を引っ掛ける。

 その刹那だった。

 コックピットに見えた姿にカルディナは目を剥いた。

 操縦桿を握っていたのは、まだあどけなさの残る少年で、その身には夥しい血を浴びていた。

 そして、炎上する機体に描かれたシンボルマークは、北の隣国アヴァルトの王室専用機であることを意味するものだった。

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