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ファルファランの正体


 城に戻ってみると、改装した食堂がお祭りかと言うほどに賑わっていた。

 琥珀色の明かりの下、島民と士官等が酒やご馳走を片手に笑い合い、つい一年半前までの敵意が嘘のようである。


「あ!カルディナ姉ちゃん!」


 士官と一緒に使い終わった食器の片付けを手伝っていた少年が、こちらを見つけて満面の笑みを浮かべる。

 その声に島民達は一斉に駆け寄った。


「カルディナ、お帰り!」

「ディナちゃん、元気だったかい?」

「お帰り、カルディナ」

「よく頑張った!帰って来て良かったよぉ」


 島民は変わらずの気さくさで声を掛け、その働きを労うように彼女を取り囲んだ。

 生活の質が格段に良くなったことを表すように皆、健康的な肉が付き、肌艶も良くて綺麗な服を着ていた。

 ちゃんと毎日お風呂にも入れているのか、体臭も和らぎ、髪にも艶がある。


「カルディナちゃんがここを出た後、軍人さん達が丸々入れ替わってねぇ。そちらのハインブリッツ様が以前の監視兵を懲らしめてくれたお陰で、皆生活が豊かになったのよ?」

「配給が凄く良くなったんだ!毎日お肉やお魚も食べられるし、お菓子だって…!」

「服も毎日、綺麗なのを着られるようになったの!」


 彼女の内心を察したように島民達は嬉々と教えてくれた。

 傍らのヴォクシスは何処か照れくさそう。

 カルディナは徐ろに彼と向き合うや、厳かに頭を下げた。


「閣下、エルファ島民皆のため尽力頂きましたこと、クロスオルベ家当主として心より感謝申し上げます」


 改まった感謝の言葉と美しいまでのカーテシーに誰もがその姿に目を奪われた。

 白の装束も相俟って、彼女こそがクロスオルベ侯爵家の―――、この城の主人であることをこの場の誰もに思い知らせた。

 瞬間、賑わう声が止まった。

 雑踏と共に居合わせた島民全員がカルディナの前へと集い、次々に跪いた。


「み、皆?どうし…」


「「「我らが主、カルディナ・ド・シャンティス・クロスオルベ侯爵閣下に、ご挨拶申し上げます」」」


 轟く声に面を食らった。

 その挨拶は今さっき思い至ったようなものではなかった。

 老いも若いも、男も女も、まるで、そうすることを長い間待ち望んでいたかのように、彼等の羨望の眼差しは彼女を捉えていた。


「え…、へえっ?」


 戸惑いのあまり、思わず後退る。

 そんな背を支えるようにヴォクシスはそっと手を添えた。


「…やはり、貴方方はカルディナがクロスオルベ家の正統後継者だと知っていたのですね?」


 彼の問いにカルディナの前にいた一人の初老の男性が頷き、静かに腰を上げた。

 現状として島民を取り纏めている男性だった。


「ギャリーさん…?」


「カルディナ様…、これまで多くの事柄を秘匿し続けてきたことをお許しください。前任将校達の目を欺く為、貴女様にその出自を明かす事が出来なかったのです。ラント様からもカルディナ様が成人するまでは皆で口を噤み、特別な扱いは避けるようにと申し遣っておりました…」


 深々と頭を下げ、カルディナからギャリーと呼ばれた男性は謝罪を口にした。

 彼は続けて、この場にいる者は皆エルファ人の血を引いているのだと明かし、カルディナはこの世に残るエルファ人にとって唯一無二の主でもあることを告げた。

 曰く、かつての帝国皇帝からの襲撃の折、彼等の先祖は森深くに逃げ遂せ、初代侯爵夫人となったシャンティス・クロスオルベが島に戻ったと同時に密かにクロスオルベ家の家臣となったとの事である。


「二百年前のデュアリオンによる悲劇の後、生き残った先祖は皆でレヴォルグ様御一家を支え、それ以来、我々はクロスオルベ家の血を絶やすまいと努めてまいりました」


 続く告白にカルディナは勿論、周囲の士官等も驚きを隠せなかった。

 苛烈な迫害の中、主を守らんと秘密を保持し、密やかに主を守り抜いて来たとは―――、臣下の鑑である。


「カルディナ様、この機会に是非お見せしたいものがございます」


 この場の締めくくりとするように、そうギャリーは告げた。




 改修工事により栄華を誇った時代の姿を取り戻した城の中をランタンを片手に持ったギャリーの案内の下、進んでいく。

 今更ながら気付いたが、この城は王都にあるクロスオルベ家の本邸とよく似ていて、メインハウスに至っては、そっくりそのままの間取りであった。


「ここより先は、クロスオルベ家の家令を勤めてきた我がミュラー家のみが管理を任されて来た聖域でございます」


 とある部屋の前、そんな言葉を添えて古びた鍵をドアノブの下の鍵穴に差し込む。

 カチリと音を立てて開かずの部屋だった場所が開かれ、その空間にカルディナは勿論同行したヴォクシスも息を呑んだ。

 本邸で言えば、デュアリオンの心臓である思念の揺籠が保管されていた礼拝部屋の位置で、崩れていた壁画の場所には煌めく宝石が埋め込まれていた。

 並ぶ長椅子や祭壇の綺麗さから、この場所だけは密かに管理が続けられていたことが窺えた。


(この部屋のこの造り…、もしかして、(とと)の遺書の隠しメッセージの意味って…)


 俄に気が付き、心臓がドキドキした。

 まるで、大きなプレゼントの包みを目の前にした気分だ。


「カルディナ、もしかして父君の遺書は…」


 ヴォクシスも気付き、カルディナに確認するように目を向ける。

 その視線に彼女は静かに頷いて見せた。


「本来であればカルディナ様が成人した後にお見せするようにとラント様から言付かっておりました」


 自嘲気味に肩を竦めながらもギャリーは壁画の宝石に手を翳し、何かを唱える。

 瞬間、本邸と同じからくりで壁画が崩れ、地下へと下る階段が現れた。

 本邸では小さな小部屋があっただけだったが、どうやらここも地下の秘密研究室と同様に外の丘に繋がっているらしい。

 何の躊躇いもなく進んでいくギャリーの後ろに続いて石階段を下り、ぽっかりと口を開けている大空間に足を踏み入れた。

 その瞬間だった。

 カルディナが一歩足を踏み入れたと同時に壁一面に埋め込まれた宝石が目覚めるように光を放った。

 俄に明るくなったそこに広がっていたのは古代に描かれた壁画で、それは星乙女伝説を語り、北から順に時計回りに場面が描かれていた。

 そして中央に置かれた一際の光を放つ青い石柱には幾何学模様――否、それはエルファ人の文字であり、それが表面を埋め尽くすように並んでいる。

 その文字を読み解けるように床には今日使われる言語に訳した言葉が連なっていた。


「ここにあるのはエルファ人の歴史の全てです。星乙女伝説とはエルファ人の祖を天女として語ったものであり、我等の祖は今では考えられない程の超文明を築いていたとされる宇宙(そら)駆ける流浪の民であったそうです」


 何処か自慢気に語りながら、ギャリーはランタンの明かりを消した。

 それがなくとも見渡せる程に、空間は穏やかながらはっきりとした光に包まれていた。


「…カルディナ様、お持ちのファルファランの結晶をご覧下さい」


 その指示に急いで認識証を手繰り上げ、カルディナは目を向いた。

 石柱の光に呼応するように、ファルファランの結晶が強く光を放っていた。


「ここの壁に埋め込まれているのは全て星の欠片です。貴女様がお持ちのその結晶は代々エルファの長に受け継がれてきた物で、この方船(はこぶね)の主であることを示す宝玉なのです」


「方船?」


 ギャリーの言葉に、カルディナは訊ねた。

 その時だった。


「カルディナ、天井にも絵が…!」


 上を見上げたヴォクシスが声を上げた。

 天井一面に描かれているのは、この島全体のようであるが、島の下には大きな船のようなものが描かれている。


「それは天駆ける方船ファルファランを描いたものです。星乙女伝説の彗星ファルファランとは、この島そのものの事なのです」


 衝撃的な告白だった。

 彼は尚も語った。

 今より遥か千年も昔、地上の国の諍いに巻き込まれた方船ファルファランはこの地に不時着。

 事故の衝撃により方船の機関部は海底へと沈み、遠い先祖はこの地に永住を余儀なくされた。

 今日、皆に星の欠片(ファルファラン)と呼ばれている物は元来、方船の源動力に使われていた高エネルギー物質の欠片で、今尚、海底にはそれの巨大な塊が眠っているらしい。

 そして、カルディナの持つファルファランの結晶は《全てを語る者》を意味するシュエンテュリアと呼ばれ、代々エルファの長――延いてはシャンティスの名を受け継いで来た者に継承されて来た、全ての星の欠片(ファルファラン)を操る核なのだと彼は告白した。


「もしかして…、シュエンテュリアがシエンティアの語源?」


 思い付いたように訊ねたカルディナに彼はそうだと頷いた。


「その結晶は意思を持ち、主人以外の手に渡ることを嫌います。侯爵はその特性を活用した上で魂授結晶(セルシオン)を創り上げたそうです」


「成程…、カルディナ以外にその結晶に触れないのはその所為だったか…」


 納得したようにヴォクシスは呟き、伸び始めた髭を擦りながら、カルディナの傍らに寄り添うセルシオンに視線を向けた。


「ねえ、セル。もしかしてあの日、私の所に降ってきたのって…」


 膝を折り、カルディナはセルシオンと視線を合わせるように問い掛けた。


『その結晶は僕にとって体の一部なんだ。だから、それを頼りにカルディナの所に降りた。カルディナを見つけた時、凄く嬉しかった。僕のご主人様はまだ居たんだって、凄く安心したんだ…!』


 そう答えながらセルシオンは甘えるようにカルディナに擦り寄り、目を細めた。

 二百年もの時を経て、孤独な旅の寂しさに耐え兼ねて地上に戻ったセルシオンだが、そこにはもうかつての主は居ないと悟っていた。

 刹那に見えた変わり果てた故郷の様に覚悟を決めて舞い降りた分、元の主の面影を遺した彼女との出会いはこれ以上ない喜びだった。


『僕、決めたんだ。カルディナのことは僕が守るって。君を独りぼっちにはしないって…!』


 無邪気な声色で告げられたセルシオンの思いにカルディナは目頭が熱くなった。

 彼女もセルシオンに孤独な思いをさせたくないと願い、その為にはどうするべきか考え、努力を続けてきた。

 唯一無二の相棒と同じ思いであったことがこの上なく嬉しかった。


「セル、ありがとう…、ありがとうっ…」


 小さな相棒を抱き締め、カルディナは涙を零さずには居られなかった。

 遠い先祖の遺構の光に包まれ、頬を伝い流れた涙は何よりも美しい輝きを纏った。

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