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英雄の一時帰還


 夜も明け切らぬ朝方、西果ての島に続々と降り立った戦闘機と輸送機に、島民達は何事かと眠い目を擦りながら起き出し、恐る恐る駐屯兵団の基地へと集った。

 不安の色に染まる数多の瞳が見つめる中、一際大きな輸送機から現れた姿に人々は目を見開き、口々にその名を叫んだ。


「お疲れ様です。シャンティス特務大佐、ハインブリッツ少将閣下」


 不敵な微笑みを浮かべた駐屯兵団団長代理ローバー中佐は敬礼の上、堂々たる二人を出迎えた。

 昇格により切り替わった呼ばれ慣れない階級にはにかみつつ、カルディナはこれまでの彼の労に敬意を評して敬礼を返した。


「お忙しい中にも拘わらず出迎えてくださり、ありがとうございます。早速ですがデュアリオンの稼働試験に入ります。閣下はまだ傷が完全に癒えておりませんからエルファ城まで車両での案内を願います」


「了解しました、手配して参ります」


 端的に答えて再度敬礼した中佐は、駆け足で車両の手配に向かった。


「悪かったね、カルディナ。僕の回復を待つために一週間も足止めしちゃって…」


 尚も痛む左脇腹を擦りつつ、ヴォクシスは杖を片手にゆっくりと歩みを進める。

 傷口の抜糸や経過観察の為、王都から離れるのが遅くなってしまった。

 新調した機械義肢もまだ微調整が済んでおらず、歩き方がぎこちない。


「お気になさらず。第一、閣下が居ないのでは何かと事が滞ります。それに幸い、外交官の皆さんが水面下で再戦を踏み留めてくれているお陰で時間は稼げていますから」


 そう返しつつ、カルディナは足元に擦り寄る小竜のセルシオンを抱き上げた。


「やっぱり閣下と呼ばれるのは慣れないなぁ…」


 溜息混じりにボヤきつつ、彼は胸ポケットからシガーケースを手に取った。


「閣下、傷の回復が遅れるので煙草は控えてください」


 ビシリと忠告を受け、ケースを開こうとした手を止めた。

 娘に言われては吸う勇気はなかった。


「代わりと言ってはですが…」


 そう前置きの上、彼女は徐ろに胸ポケットから軍支給のブリキ缶を取り出した。

 初めて会った日に、彼がくれたビスケットだった。


「あ、懐かしいね…」


「初めてお会いした日に下さったの覚えてます?」


「あの時は、まさかこんな風に君と話すようになるとは思わなかったね」


「私もです」


 他愛のない話をしつつ、カルディナは頬を撫でる生温い風に目を細めた。

 島を離れたのはたった一年半なのに、潮の匂いが懐かしい。


「シャンティス特務大佐!」


 不意に背後から呼び止められた。

 誰かと思えばモーヴ中尉―――否、彼も階級が上がり、今はモーヴ少佐である。


「折角の外套をお忘れですよ?」


 駆け寄り、不敵な笑みと共に差し出された真新しい外套に、カルディナは思わず照れ笑い。


「ありがとうございます。どうにも慣れなくて…」


 お礼を言いつつ豪快に漆黒の外套を翻し、その肩に羽織る。

 その重責を背負うように背に刻まれた赤銅色のクロスオルベ侯爵家の家紋は、島民皆の羨望を集めた。




 二度と足を踏み入れまいと誓っていた地下の秘密研究室に入ったカルディナは、鎮座する邪竜と恐れられし姿にゴクリと生唾を飲んだ。

 士官等が固唾を呑んで見守る中、機械竜デュアリオンを取り囲むように配置された複雑怪奇な機器の電源を手順を踏んで次々に入れる。

 次第にガラガラと音を立て、何層にも重なって閉じられていた天井が放射状に開く。

 そうして機械竜を縛っていた鎖が次々に外れた。

 研究室の上は湖だったらしく、大量の水が空間の各所に設けられた大きな排水管を通って床下に流れ込む。

 その水を動力に竜を乗せた箇所の床が迫り上がり、その巨躯を朝日の照る地上へと押し上げた。


「とんでもない仕掛けっすね」


 辺りを見回しつつ、立ち合ったエクスレイ中尉――改め少佐は、肩を竦めた。

 二百年も昔に造られた施設ではあるが、その作りは現代の技術から考えても凄まじいものだった。


「ここは世紀の天才のアトリエだからねぇ」


 そう言って笑ったヴォクシスはカルディナから貰ったビスケットを齧った。

 小気味良い咀嚼音が響く中、見上げるその視線の先では黙々と花弁と化したセルシオンを機械竜に纏わせる娘の姿があった。


「器との融合は問題なし…。思念の揺籠の準備はどうです?」


 無事に融合が完了して動き出した竜を確認した彼女は、機器を操作して足場を地下に戻しつつ、背後で準備に取り掛かっていた士官に訊ねた。

 懸念として上がっていた魂授結晶の拒絶は見られないので、試験の第一難関は突破である。


「い、いつでも開始出来ます…」


 かなり緊張した様子で返答が返って来た。

 これより第二の山場である。

 一旦、魂授結晶(セルシオン)を取り外して小竜に戻しつつ、王都から運んできた思念の揺籠を三人掛かりで竜の心臓部に入れ込む。

 内部に垂れ下がっていた血管のような各種プラグを接続し、確認に確認を重ねた。


「カルディナ…、大丈夫かい?」


 徐ろにヴォクシスは歩み寄り、不安の色を隠せないカルディナの背を擦った。

 幼い頃から恐ろしいものだと聞かされて来た存在に乗り込むのだから、怯えるのも無理はない。

 恐怖を押し殺して、この国を――大切な人達を守る為に戦おうとしている彼女を少しでも励ましたかった。


「ヴォクシス閣下…、もしもの時は…」


「分かっている。その時は私の手で終わらせるから安心しなさい」


 いつか約束した願いを確認するカルディナに、彼ははっきりと答えてみせた。

 残酷でも、その一言が救いになると分かっていた。


「シャンティス特務大佐、準備完了です」


 運命の時を告げるように、士官が声を掛ける。

 その背に纏うクロスオルベの家紋を翻し、カルディナは魂授結晶を纏う機械竜デュアリオンへと乗り込んだ。

 皆が見守る中、ゆっくりと入り口が閉じられる。

 独特の柔らかさの内部素材が体に密着し、視界が暗闇に支配された。


「デュアリオン、起動…!」


 身動きを封じられながら、意を決して言葉を放った。

 瞬間、視界が赤く染まった。


『警告。操縦者登録データニ、該当データガアリマセン。分析。操縦資格ガアリマス。推奨、新規登録』


 鳴り響く警告アラームと機械的な音声に、心臓がドキドキと跳ねた。

 資料から想定はしていたが、そのけたたましさに肝が冷える。

 必死に己を落ち着け、用意していた答え方を唱えた。


「新規登録。操縦者にカルディナ・ド・シャンティス・クロスオルベを追加」


『操縦者、新規登録。カルディナ・ド・シャンティス・クロスオルベ……認証。初メマシテ、ゴ主人様』


 その返事が返って来た瞬間だった。

 霧が立ち消えるように視界が明瞭になり、まるで自分自身が機械竜になったような感覚に囚われた。


(凄い…、体感まで連動してる…。ってことは、攻撃受けた時の精神苦痛凄そうだな…)


 先祖の技術力に感動する反面、実践での自身へのダメージを考え、思わず背筋を凍らせた。


「カルディナ!大丈夫かいっ?」


 響いた声に足元に視線を向けた。

 心配そうにヴォクシスが手を振っている。


『今のところ問題ありません!…って、この声聞こえてるのかな…』


 咄嗟に答えた直後に疑問に思ったら、そのまま心の疑問が口に出ていた。

 どうやらちゃんと聞こえているらしく、皆、苦笑いで手を振ったり両腕で丸を示してくれた。

 拡声機能も付いているらしい。

 試しにその場でぐるりと機体を翻したり、翼を広げてみたりと使用感を確認した。

 そんな折だった。


『……ディナ…カルディナ…ねえ、聞こえる?』


 耳元に囁かれるように、突然男の子のような声が聞こえた。

 辺りを見回しつつ、その正体を探る。

 資料には無い現象に慌てふためいた。


『カルディナ、僕だよ…セルシオンだよ?』


 そう告げた声に度肝を抜かれた。

 声は寄り添うように言葉を続けた。


『…カルディナ、デュアリオンの身体使用感を僕に譲ってほしい。僕は痛みを感じないけど、人間の君は痛みで死んでしまうこともあるから…。痛いの危ないのは僕が全部、引き受ける。だから、カルディナは僕の目と頭脳になって欲しい』


 その頼みにカルディナは頷きながら分かったと端的に答え、デュアリオンに命令を下した。

 間もなく、カルディナ自身の体が視界に映って元の感覚が戻ってきたが、代わりに水風船の中にいるような不思議な感覚に包まれた。


(…さっきまでのデュアリオンとの一体感はないけど、身体が安全なものに包まれてる感じはある…。何だか胎児になった気分…)


 漠然と思いながら気を取り直して、見守る士官等に次の試験をすべく指示を出した。

 次々に身体に掛かる不可思議な感覚に慣れねばならない上、操縦方法を一刻も早く身に着け、まだ解明されていない機能も調べねばならない。

 セルシオンと会話が出来たことは想定外だったが、今後の作戦の為には大きな収穫だった。

 まだまだやることは山積みである。


「カルディナ!定刻だ!降りておいで!」


 轟いた声に、はっと我に返った。

 懐中時計を掲げ、ヴォクシスが試験の中断を呼び掛けていた。

 気付けば、稼働試験を開始してから一時間が経過している。

 機械竜デュアリオンは未知の機能が多い事から予め、連続試験時間は一時間までと決めていた。

 急ぎで機体を元に戻し、先んじてセルシオンが表層から剥がれた。

 それに伴い、カルディナの視界が暗転。

 途端に身体が思念の揺籠に閉じ込められていたことを思い出した。


「…では開放します」


 その宣言と共に光が差し込み、開放感に大きく息を吸い込む。

 士官が差し出した手を取り、機体から降りようと踏み出した瞬間だった。

 ガクリと膝が崩れ、酷い目眩が襲い掛かる。

 あまりの気持ち悪さに堪らず胃液を吐き、かち割れそうな頭痛に呻き声を上げずにはいられなかった。

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