お披露目
そこは劇場というよりも古代の闘技場のようだった。
中央の円形舞台を囲むように設けられた階段状の観覧席には、既に沢山の軍服が席を埋め尽くし、中でも見晴らしの良い貴賓席には国家の重鎮と思しき姿が並んでいる。
そしてその中央―――、王族のみが立ち入ることを許された一角には、緋色の玉座に堂々と腰掛ける国王の姿があった。
鼓笛隊の調べに合わせて開かれた門を潜り、第八〇六特務機動小隊はまず銃剣を掲げた一個分隊が前方を進み、その後にノートン隊長の運転でセルシオンを乗せた車両、それを囲うように整備隊が配置され、その後ろをもう二個分隊が続くと言った隊列を組んだ。
元の予定ではカルディナは大佐と共に車両の前を歩く予定であったが、先程の駄々を懸念して檻の中でセルシオンに寄り添うことになった。
(…なんか、捕まっちゃったみたい)
囲う鉄格子とその上に掛けられた厚手の布地に、何か悪さをしたような気分になりつつ、ご機嫌斜めなセルシオンを宥める。
長い事、狭い檻に入れられ続けて、飽きてしまったらしい。
「総員、整列!」
警笛の甲高い音色の後、張り上げられた前方の将校の声に全員が機械的に姿勢を正す。
厳かな空気の中、前方の分隊が規則的な警笛に合わせて二手に分かれ、大佐がその間を闊歩する。
その間に車両は向きを変え、整備隊の全員が駆け足で荷台にタラップを掛けた。
「カルディナ、開けるよ?」
布の端を掴んだユルリが、そっと声を掛ける。
直後、一際大きな警笛が鳴り響き、どよめきを伴って視界が明るくなった。
「機械竜セルシオン、解放!!」
手を振り上げた大佐の号令を合図に、鉄格子の扉が開かれる。
怯えたように伏せる相棒の額を優しく撫で、静かに立ち上がらせたカルディナは導くようにその前を進んだ。
神秘的な白さを纏う機械仕掛けの竜と、それを従えるあどけない少女の姿は見下ろす全ての目を驚愕させた。
集まる視線に恐怖にも似た感覚を覚えながら、カルディナは大佐の横に並ぶ。
そんな主を心配して、セルシオンは斜め後ろから甘えるように頬擦りした。
お互いを落ち着け合うように、寄り添うこと数分―――。
大佐の挨拶から間もなくして、観覧席から猛烈な質疑が飛んできた。
彼等の関心はセルシオンよりもカルディナへと向けられており、国家の切り札とも言うべき機械兵器の使い手に、果たして相応しいのかを問い質した。
カルディナの容姿や年齢からすれば彼等の疑問は当然ではあったが、次第に答弁の主旨は小隊自体の存在意義にまで言及し始めた。
察するに、どうやら大佐を支持する派閥とそうではない派閥とでいがみ合っているらしい。
終いには観覧席同士で言い争い始めた群衆に、長丁場になりそうだと大佐は溜息を零した。
「あの大佐…」
ふと、カルディナが声を掛ける。
長引く質疑に、彼女も飽きてしまったのかと思った矢先だった。
「ここの耐震強度ってどのくらいですか?」
思わぬ質問に面を食らった。
「何する気…?」
色々と頭を巡ったが、真っ先に出た問いがそれである。
不敵に笑ったカルディナは、ショルダーバッグから紙とペンを取り出し、手早く作戦を書き記した。
「悪くないけど…、気を付けてね」
記された提案に不安要素はあったものの、大佐は許可を出した。
カルディナは早速とばかりに、慣れた手付きでセルシオンの角を支えにその頭上に飛び乗る。
瞬間、ひらりと風に舞ったスカートの裾に、背後の士官は咄嗟に視線を下げた。
「セル、舞台を旋回して…!」
その呼び掛けにセルシオンは主人を気に掛けつつ立ち上がると、上手に周囲の士官を避けながら駆け足で舞台を一周。
巨躯故に中々の地鳴りを伴いながら、セルシオンは馬術競技のように軽快なステップを踏み、最後に貴賓席の前にて前足を揃えて行儀良く着座した。
「御観覧の皆様にご挨拶申し上げます!今程ご紹介に預かりました、カルディナ・シャンティスと申します!」
ざわめきを蹴散らすように、堂々と声を張り上げる。
群衆を前にしたカルディナは臆することなく、魂授結晶の性能からセルシオンに付与された各種能力、そして編成された小隊の必要性を説いた。
理路整然とした語り口と毅然とした振る舞いに、観衆は彼女の言葉に真剣な眼差しで耳を傾け、気付けば拍手喝采が起きていた。
その場の誰一人として、機械竜と小隊の発足に異議を唱える者は居なくなっていた。
「…あの子、本当に十四歳っ?」
喝采の中、大佐はカルディナを見上げて呆気に取られた。
大人顔負けの演説で、突き付けられた質疑を次々に論破していく様は爽快の一言。
険しい目付きをしていた反対派も、負けを認めたように手を鳴らしながら笑っていた。
「ご清聴ありがとうございました。セル、下ろしてくれる?」
最後にお辞儀をして、颯爽とセルシオンの頭から下りようとした時だった。
一番の原因は、慣れていない靴であるのを忘れていた事である。
相棒の鱗に蹴躓き、ぐらりと前のめりに体が傾いた。
踏み止まろうとしたが、タイミング悪くセルシオンが下を向いたことで勢い付き、そのまま宙に放り出された。
迫る地面と全身の浮遊感に絶句。
次の瞬間、抱き締められる感覚と同時に体に加わった強めの振動に、瞑り掛けた目を見開いた。
見上げた視界に映ったのは酷く息を乱し、青褪めた大佐の顔だった。
「気を付けなさいと言っただろうっ!!」
「ご、ごご、ごめんなさいぃ!」
降ってきた怒号に半泣きで謝罪。
血相を変えて士官の皆も続々と駆け寄り、心配を顔に滲ませた。
それらの上ではセルシオンが申し訳無さそうにこちらを窺い、観覧席からは安堵の声が漏れていた。
「取り敢えず、皆、手筈通りに撤退を」
そう指示を出した大佐は、カルディナを抱えたまま貴賓席へと一礼。
場を纏める為この騒ぎに対する謝罪と締めの挨拶を行い、その間、部下達はセルシオンを檻に戻しつつ隊列を組み直した。
「総員!撤退!」
最後に号令を行い、鼓笛隊が再び旋律を奏で始める。
揃った足音がテンポ良く出口へと進む中、カルディナは押し寄せた恐怖と罪悪感に打ち震えた。