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急転する事態


 お店を出た時、時刻は九時を回っていた。

 王城へとフォルクスを送りつつ、夜道は危ないからとカルディナも宿舎までヴォクシスに付き添われることになった。

 セルシオンがいることだし大丈夫と言ったが、養父は未成年を独り歩きさせられないと頑なだった。


「…えっ、一人で?」


 他愛も無い話をする中、フォルクスはカルディナが軍の宿舎に一人暮らししていると知って耳を疑った。

 彼女としては下手な借家より設備もセキュリティもしっかりしているし、家賃も軍に属している限りは掛からないので特段、困ってはなかったが―――。


「島に居た頃も一人で暮らしてたから誰かと暮らすより気が楽なの。セルシオンも居るし」


 足元のセルシオンに微笑みかけつつ、カルディナは溜息混じりに内心を明かした。

 自分で言うのは悲しいが、病床の母の看病をしていた時の方が精神的にも肉体的にもしんどかった。

 自分の世話だけすれば良いので、一人暮らしの方がこの上なく楽であると思い知ってしまった。


「ハインブリッツ大佐殿、良いんですか?彼女、貴方の養女でしょう?」


 戸惑うあまりフォルクスは、ヴォクシスを問い質した。

 養子縁組したのだから、てっきり一緒に住んでいるとばかり思っていた。


「僕も事ある事に、誘ってはみてるんだけどねぇ…」


「ヴォクシス大佐のご自宅って学校と反対方向で今の生活的に不便なんです。そもそも、上官と一つ屋根の下とか精神的に休めません。十八になったら島に戻るつもりなので、今更あえてお世話になるのもどうかと」


 バッサリと切り捨てた彼女にヴォクシスは、ほらね?と言わんばかりに肩を竦めた。


「達観してるな…」


 半ば呆れたようにフォルクスは呟きを零した。




 そうこうして辿り着いた王宮客室棟で、フォルクスと別れの挨拶をしていた最中のことだった。

 不意に開いた隣の一室からショールを羽織った部屋着姿のキャスティナが顔を出した。

 こちらの話し声に気付いたらしい。


「フォルクス、今戻ったの?そちらはヴォクシス様にカルディナさんかしら…?」


 霞む目を細めつつ、厳かに会釈する彼女は何やら不安げな顔である。

 何かあったのかと訊ねれば、部屋を振り返りながら思わぬことを口にした。


「…その…部屋の雰囲気が、晩餐会の前と違う気がするのです。誰かに見られているような…、一応、侍女にも衛兵を呼びに行ってもらっているのですが…」


 そう告げる彼女にカルディナ達は全員で顔を見合った。


「部屋に入らせて頂いても?」


 直ちに確認したヴォクシスにキャスティナは勿論だと答えて、一行は明かりを点けた彼女の部屋の確認に乗り出した。

 一旦は体を休めようとしたのか、ベッドのブランケットが乱れている以外は整然としている。

 人の気配もないし、一見、何の以上も無さそうだったが―――。


「セルシオン、お願い…」


 胸に抱き締めていた相棒を床に下ろし、カルディナは念の為、腰に携えていた拳銃を手にした。

 部屋に入った途端、セルシオンは警戒を促すように低く唸り声を上げていた。

 擬態してきた生物の野生の勘とも言うべきか、何かあると勘付いていた。

 静かに進みながら、一行はセルシオンが示した壁に掛かる絵画に注目。

 唯の風景画のようだが、恐る恐るその裏を確認しようとカルディナが手を伸ばした次の瞬間だった。

 ガサガサと掌大の物体が飛び出し、カルディナは飛び退きながら悲鳴を上げる。

 気色悪い動きと猛烈な速さで壁を這う物体は、飛び掛かるセルシオンの鉤爪も掻い潜り、怯えるキャスティナへと飛び掛かった。

 ひっ!と悲鳴を上げて目を背けた彼女をヴォクシスが咄嗟に庇った眼の前、果敢に立ちはだかったフォルクスは腰元の剣を振るい、物体を一刀両断!

 パチパチとショートする真っ二つになったそれは、蜘蛛を模した機械だった。


「…帝国の偵察ロボットだ」


 しぶとく動き続ける機械を手に取り、そこに仕掛けられた毒針と壊れた盗撮カメラにフォルクスは静かな怒りを湛えた。

 寝付いた所で主人であるキャスティナに襲い掛かるつもりだったのだろう。


「他にも盗聴器などがあるかも知れません。警察機関に連絡して捜査を…」


 そう提案しようと主人を振り返った瞬間だった。

 ドンッドンッと地響きを伴う爆発音が轟き、俄に窓の外が明るくなった。

 まさかと視線を向ければ、黒煙を伴い火の手が上がっている。

 間もなくカルディナとヴォクシスの携帯通信端末(ビートル)から緊急アラートが鳴り響いた。

 カルディナは肩を揺らしてポシェットに手を突っ込み、慌ただしく画面を確認。

 その隣で、冷静に懐に手を入れたヴォクシスも画面を確認し、そこに表示された緊急事態の種類を示す番号に目を剥いた。

 通信端末が知らせた緊急アラートが示す内容は帝国からの襲撃を示すものであった。




 安全確保のため一先ずとしてキャスティナを連れて外に飛び出したカルディナ達は、各所から立ち上る黒煙に息を呑んだ。

 上空には帝国の戦闘機がこちらを挑発するように旋回しており、それに守られるようにして大型輸送機が虎視眈々と着陸のタイミングを狙っていた。


「敵襲に加えてキャスティナ殿下が狙われるとは…、どっから情報が漏れたかねぇ?」


 そんなぼやきを漏らしている場合ではなかったが彼は言わずにいられなかった。

 耳に押し込んだインカムからは、皆の混乱が響き渡っていた。


「王城内にスパイがいたとしか考えられません。今は早く状況を確認しないと…!」


 焦る気持ちを抑えながらカルディナも緊急時マニュアルに乗っ取り、各所への連絡を急いだ。

 国の中枢とも呼ぶべき王城を襲う敵機に、逸早く駆け付けた第一師団迎撃隊は地上より応戦を開始。

 その様を横目に、上官からの指示を仰がんと参謀本部へと向かうヴォクシスの背中を、カルディナはキャスティナを担ぐフォルクスと共に追い駆ける。

 その刹那、強烈な爆発音を伴い、新たに火の手が上がった。

 セリカ皇女を監禁している幽閉塔からだった。


「…皇帝は見限ったか……」


 苦り切った表情でヴォクシスは呟き、拳を握る。

 その様子にカルディナは言葉を飲んだ。

 血縁上だけとは言え、セリカ皇女は彼の母親であり、内心は穏やかでは無いだろう。


「急ごう。陛下やシルビア殿下の安否も確認しなければ…」


 冷静に告げて再び走り出した背に、カルディナも続かんとした矢先だった。

 ポケットの通信端末が鳴り、誰からだと画面を確認した彼女は、示されたその名に度肝を抜かれた。


「大佐!マーチス元帥から連絡が!」


 その叫びに、ヴォクシスは耳を疑った。

 念の為、元帥にも彼女の番号は教えていたが、連絡が掛かってくることがあるとは驚いた。

 全員で物陰に隠れつつ電話に出てみれば、騒々しい雑音に混じり、大声が響いた。


『良かった!無事だな⁉少佐、直ちに第二格納庫へ急行し、機械竜で迎撃と陽動を頼みたい!!陛下や王族が避難経路を奴等に塞がれて王宮から身動きが取れん!敵方を引き付けて退路を確保し、ヴォクシスと共にキャスティナ殿下の護衛も頼みたい!』


 端的な指示と情報に呆気に取られながらも、カルディナは了解と応えた。

 どうやらこの奇襲で通信局が混乱しており、情報の錯綜を防ぐ目的で直に掛けてきたらしい。

 幸い、今いる場所は第二格納庫まで走れば五分以内の場所であった。

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