過去の不祥事
一悶着が決着して間もなく、国王の侍従が現れ、お披露目会場の準備が整ったとの連絡が入った。
幸い杖で殴られた大佐の足は無傷で、曰く城内ではこのような一波乱は日常茶飯事なので常に備えているらしい。
寧ろ殴った相手の方が筋を痛めだろうとのことで、皆、自業自得だと嘲笑った。
そうして城内奥の野外劇場に向かう最中、カルディナは先程の紳士について護衛に就いた士官、モーヴ中尉から説明を受けた。
紳士は名をギリウスと言い、現国王ヴェーゼル一世の嫡子として生まれ以来、国中で羨望の的となっていた人物だった。
当時のギリウスは容姿端麗、文武両道とあり、非の打ち所のない王太子として国内のみならず世界中から注目の的となっていた為である。
その頃のこの王国はと言うと、農業の機械化と工業技術の進歩により経済発展を進めたい一方、鉄鉱石や化石燃料を主とする資源が不足。更には化石燃料の輸入を頼る隣国サニアス帝国と東側領土を巡る小競り合いが続き、その打開策を求めていた。
当然といえばであるが、そんな情勢の中で持ち上がったのが、ギリウスとサニアス帝国の第一皇女セリカとの縁談だった。
話し合いは思いの外、良好に進み、婚約は無事に成立。
国境を跨いでの結婚式は、それは華やかで盛大だったという。
結婚後の二人の夫婦仲は良好で少々時間は掛かったものの一男一女の子宝にも恵まれた。
両国の関係は安泰だと誰もが信じて疑わなかった。
―――しかし、それから月日が経って、今から二十年前のことである。
子供を連れてセリカ皇女が里帰り旅行をしている最中、ギリウスの不義密通が発覚。
相手は国内最大とも言える大手企業の社長令嬢で、ギリウスとは一回りも年下で、夫も子供もいる人間だった。
このスキャンダルの摘発者は、驚くことに妻である皇女本人であった。
また、これを好機とばかりに新皇帝となっていた皇女の実兄ランギーニは、ギリウスの不貞行為に対して王国に莫大な損害賠償を請求。
ギリウス本人はあろうことか愛人と共に第三国へと逃亡した。
これを世間では《王家の恋騒ぎ事件》と誹り呼んでいる。
事件発覚後、国王は直ちにギリウスを廃嫡し、資産も全て差し止めるなど処罰を下した上、帝国へと直接謝罪に出向いた。
―――だが、尚も逃亡を続けるギリウスに新皇帝の怒りは凄まじく、当人からの謝罪があるまで国交断絶を宣言。
皇女と子供達の帰国も拒絶した挙げ句、この混乱に乗じて国境の街を襲撃し、瞬く間に制圧した。
ギリウスの不義を盾に過激な進軍を始めた帝国に、王国側も流石に黙っている訳にも行かなくなり、苦渋ながらも開戦を宣言。
それが今も続く戦争の幕開けである。
現在、戦況としては劣勢状態であり最初に占領された国境の町は、残念ながら今も帝国の手中にある。
ギリウスが国に戻ったのも開戦から三年も経った後となり、帝国への謝罪は今もなされていない。
一連の不祥事に関して国内では、本当の悪はギリウスではなく奴を誑かした愛人であると情報操作がなされているが、当の愛人は今も行方不明のまま―――。
その家族も次々に失踪または不審な死を遂げている為、真相は明らかになっていない。
一部の情報機関では摘発者がセリカ皇女自身であった点や皇帝の迅速過ぎる動きに、サニアス帝国による罠だったのではないかという推測も実しやかに囁かれている次第である。
「あの…、ギリウス様はどうして大佐にあのようなことを?」
率直なカルディナの質問に、モーヴ中尉は困った顔をした。
当然の疑問ではあったが、その背景は複雑なものだった。
「単に気に食わないのさ。王太子の座を剥奪された上に帝国への謝罪をするまで自身はこの城で飼い殺し。眼中にすらなかった私が王位継承権を得て、支持する連中まで居るもんだからね」
不意に歩み寄った大佐は、煙草を咥えつつ飄々と告げた。
「戦争そのものも帝国に仕組まれたみたいなものだし…、陛下も毅然と伯母に譲位していればねぇ…」
そんなボヤキを零しつつ、ライターで煙草に火を点す。
煙とともに香った独特な甘い香りは、何処か妖艶だった。
「しかし、君がいるとセルシオンが大人しいね。流石ご主人様だ」
不意に話題を振られ、カルディナは戸惑った。
前方を徐行しながら進む車両の上、セルシオンはこちらをずっと見つめながらも大人しくしている。
様子からするに、ノートン隊長等に捏ねくり回されて草臥れたらしい。
色々と返す言葉を考えたが、最終的にセルシオンも不慣れな場所と人に緊張しているのだと濁した。