ワルツでお喋り
記念すべき綺羅びやかな夜会の様子を克明に捉えていた報道陣は、ホール中央のダンスステージに歩み出た二組に注目を向けた。
他の来賓も次第にその存在感に目を奪われ、気付けば誰もが足元を止めて視線を向けていた。
「殿下はどのようなダンスがお好きですか?」
エスコートの傍ら、ヴォクシスは他の来賓等の動きがこちらへの注目により停まった事を確認。
旋律を奏でていた五重奏者に静止を求め、途端に喧騒が場を支配した。
「私はジルバが好きですが、お嬢さんが大変ですからゆったりとしたワルツに致しましょ?」
背後で嫌々ながら手を取り合う若い二人に、皇妃は目配せしながら微笑む。
貴人からの心遣いに、彼は恐縮の限りだと堪らず苦笑した。
そんな一方、静かながらにバチバチと闘志を燃やすカルディナとフォルクスは、これから取っ組み合いの喧嘩でも始めそうな目付きで会釈を交わした。
戦場で一戦交えただけあって双方、敵意識は拭えなかった。
「恥掻かせたら倍返しですから」
「それはこっちの台詞だ」
喧嘩を売り合いつつ、新たに始まった旋律に合わせてステップを踏み出す。
優雅にドレスの花を広げる皇妃とヴォクシスに対し、カルディナは己の動きのぎこちなさに歯噛みした。
悔しいがフォルクスも踊り慣れているらしく、リードの取り方が非常に上手かった。
「おい、顔。顔抑えろ」
悔しさ余ってガンを飛ばす彼女に、フォルクスは半ば呆れていた。
十五歳とあっては仕方ない気もするが、それにしたって毛嫌いし過ぎである。
「…そのデコ、交戦した時のか?」
不意の質問に、カルディナは更に目付きを鋭くした。
化粧と髪でいくらか誤魔化してはいるが、大きな傷痕は肌色の所為もあって酷く目立った。
「悪かった…。あの時、お前が輸送機を落としてくれたお陰で、将官救助の功を上げて大きく昇進する事が出来た。感謝してる。それとシェール神聖国での件も悪かった。部下が勇み足を踏んだ」
その言葉に面を食らった。
謝られて感謝までされるなど微塵も思っていなかった。
「………、…いくつか聞いても?」
ターンを決めながら訊ねると、フォルクスはコクリと頷いた。
カルディナはちらりとキャスティナ妃とヴォクシスの方を見て、少し離れている事を確認。
踊りやすいようにとの、あちらの配慮だが、それを利用した。
「…妃殿下の目はアルビノの所為?」
視線を戻して、真剣な顔で訊ねた。
ひと目見て、そうだとは気付いた。
その所為で人前に出ることを避け、皇帝も囲ったのだと―――。
「お前、本当に博識なんだな。ご明察。殿下は極度の弱視だ。あの独特の瞳の色と美貌から皇帝に気に入られて寵妃にされちまった。今じゃすっかり愛玩人形さ…」
自嘲気味に肩を竦めながら、フォルクスは嘲笑った。
物心付く頃から仕えているキャスティナ妃の今の状況は、彼にとってはこの上ない屈辱だった。
「…ずっと宮殿に幽閉されていたのは、旧アルデンシア国民を牽制する為?」
「どちらかといえば皇帝が殿下を独り占めする為だな。アルデンシアの人間は殆ど翼肢病でやられちまったし、今は世話役の侍女一人と俺くらいしか殿下には腹心がいないから…。まあ、牽制と言うなら俺自身に向けたもんだろう」
その返答に成程と納得した。
軍に属している為、カルディナも彼の武勇はよく聞いていた。
機械の翼を背負い、恐れることなく砲撃の中を駆け抜ける様は隼のように俊敏で、王国内外で恐れられていた。
付いた渾名も漆黒の堕天使―――、彼が率いるバンデット隊のロゴの由縁である。
戦場では彼に遭ったら、死を覚悟しろとさえ言われていた。
「漆黒の堕天使と言われるだけあって、皇帝も貴方が怖いのね…」
少し挑発のつもりでカルディナは言ってみたが、彼は皮肉を返すことなく酷く悲しげに嗤った。
「まさか…、調教して飼い慣らしたいだけだろう…。奴がその気になれば俺なんか簡単に叩き潰される…」
「………、何か弱みを握られてるの?」
その気はなかったが、口がそのまま心の疑問を口にしていた。
しまったと焦る彼女をフォルクスは鼻で笑った。
「…残念だが、質問タイムはお終いだぞ?」
何処か気障に言い放たれ、はっとした。
慌てて終いのステップを踏み、どうにか会釈でタイミングを繕った。
「残念。上手く対応したか」
顔を上げた瞬間そう言われてカチンと来た。
俄に鬼の形相を見せたカルディナに、フォルクスは誂うように笑った。
「あら、楽しいお話が出来たみたいね」
席へと戻る間際のキャスティナ妃は、クスクスと微笑みながら声を掛けてきた。
―――しまった。
相手は賓客である。
貴人を前にカルディナは慌ててカーテシーを行い、その場を取り繕った。
「恐れながら、どうやら私では侯爵閣下にはご満足頂けなかったようです…、申し訳ありません。私の力不足に他なりません…」
美麗な横顔を武器に打って変わっての哀しみを告げるフォルクスに、カルディナはしてやられたと思った。
周囲からは、まだまだ未熟なお嬢さんとばかりの視線が刺さる。
(こいつ、嵌めやがったな…!)
ワナワナと怒りを腹で煮詰めながらグッと反撃の言葉を我慢した。
これで言い返しては分が悪い。
「あらあら…。フォルクス、それならもう少しお喋りして来なさいな。私もハインブリッツ大佐とお話したいことが出来たので…!」
「「へっ?」」
お茶目に微笑みながら告げられた指示に、またもそんな声が揃って漏れた。




