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甘い毒


 気不味さの中、窓際の壁に身を潜めて給仕から貰った甘口のカクテルジュースを口に運ぶ。

 少し離れた玉座では、賓客等と楽しげに語らうヴォクシスと皇妃の姿があった。

 流石は王族と言えようか、養父の堂々たる立ち振る舞いと話術は相手からどんどん話題を引き出し、貴人を楽しませている。

 クロスオルベ家の復権に伴い、いずれ独りで社交場に立つ機会もあるかも知れないとカルディナは今後の参考にせんと聞き耳を立てた。


「そんなに()()()()の側が良かったのか?」


 グラス片手に茶化す声に、彼女は傍らの美丈夫をキッと睨んだ。

 この国のデビュタントは基本、保護者と行動を共にするが、保護者から離れている時は見学の体で沈黙するのが暗黙のルールだ。

 周りも友人や親しい間柄でない限り、デビュタントには挨拶する以外は声を掛けずに見守るのがマナーである。

 故に今、彼女に気安く話し掛けるのはナンパも同義と捉えられ、茶化すなどご法度である。


「大佐は唯の身元引受人…!」


「そうは見えねーけどな。偉く可愛がられてるみたいだし?」


「一応、養父だしバディだから信頼して貰ってるだけだっての…!」


 不貞腐れながら素っ気なく答える彼女に、フォルクスは誂うようにくしゃりと笑った。


「そちらこそ、妃殿下の側に居なくて良い訳?」


 ジロリと視線を送りつつ、カルディナはグラスに残るジュースを呷った。

 苛立っている所為か、何だか後味が苦い。


「さっきも話しただろ?殿下にとっては滅多に出て来れない社交場だぜ?水を差したくないだけだ。それに俺は帝国の人間だし、暗黙ルールは知らなかったで終わるしな…!」


 そう言い放ち、彼もクイッとグラスの中を飲み干した。


「確信犯め…!帝国だってその辺はあんまり変わらない筈で…!」


 思わず声を荒らげそうになった瞬間、彼は僅かに腰を屈めて口元に長い人差し指を立てた。

 至近距離に迫った甘い微笑みと微かに鼻を擽った男物の香水に、何故かドキリと心臓が跳ね、思わず仰け反った。

 ―――この女誑し!

 心の内で罵るもその隙に、手に握っていた空のグラスを奪われた。


「そういうお前だって、さっきからタメ口じゃねーか?俺だって来賓だぜ?」


 挑発気味に訊ねながら、フォルクスは寄ってきた給仕に空のグラスを返し、入れ替えるようにドリンクを二つ取った。


「あとお前、顔が赤いぞ?」


 そんな指摘と共に新しいグラスを差し出され、カルディナは拳を握って静かに怒りを抑えた。


「本当に嫌な奴…!戦場で撃ち落としておけば良かった…!」


 悪態を吐きながら、差し出された一杯を受け取る。

 皇妃の連れでなければ、ドリンクをぶっ掛けてやりたかった。


「今更かよ…!」


 無邪気で悪戯な笑みを浮かべ、彼は大層楽しそうに呟いた。


「次、戦場で会ったら覚悟しなさい?セルの炎で丸焼きにしてやるから…!」


 悔しさを当て付けるように捨て台詞を吐き、冷たいドリンクを一気に飲み干した。

 彼が執拗に誂う所為か、何だか喉が酷く乾いて体も熱い。


「おいおい、そんな勢いで飲んだらトイレ行きたくなるぞ?」


「あんたが挑発する所為だっての…!てか、何だか暑くない?」


 そう言いながら、パタパタと手で火照る身体を仰ぐ。

 薄っすらと汗が滲み、何だか気持ちも悪い。


(それにさっきのジュース…、何か変な味だった気が…)


 そう思ってグラスに目を向けた瞬間、ぐにゃりと視界が歪み、吐き気を伴う頭痛が襲った。

 立っていられず崩れるように膝を付き、手に持っていたグラスから残った氷が床に転がった。


「お、おいっ!?どうした!?」


 その場に倒れ込んだカルディナに、フォルクスは慌てふためいた。

 ぐったりとする彼女を抱き起こした瞬間、その口元から臭った酒の匂いに絶句した。


「給仕係!!バケツと水持って来い!!急性アルコール中毒だ!!」


 その怒号にホールは騒然とした。

 直ちに給仕達が対応に動き出す中、ヴォクシスもキャスティナ妃を玉座脇の来賓席に待機させ、娘の元へと駆け寄った。


「そこの氷を掻き集めろ!絶対グラスは拭くなよ!?医療機関に連絡して対応準備させろ!」


 的確に指示を出して証拠となりうるものを確保しつつ、フォルクスは対応を急いだ。


「ビジェット!カルディナは?!」


 上着を脱ぎながら駆け付けたヴォクシスは叫んだ。

 その姿にフォルクスは彼女を受け渡し、集めさせたグラスと氷の臭いを確認。

 強烈なアルコール臭に顔を歪めた。


(氷の中に仕込まれていたのか…!症状の進行具合からして薬も入ってる筈…!畜生、一杯目から盛られていたってことか…!)


 犯行の手口を悟り、側にいながら気付けなかった己を痛恨だと罵った。

 氷の中に高濃度のアルコールを閉じ込め、少しずつ混ざり込むようにした上で、甘いジュースに入れることで更に気付けなくさせていた。

 思い返してみれば、顔の赤みや異常な火照りなど初期症状も出ていた。


「ハインブリッツ大佐!救急搬送の準備出来ました!」


 騒ぎに駆け付けた護衛官の連絡に、ヴォクシスは頷きながら急ぎカルディナを抱き上げた。


「ビジェ…失礼。バルシェンテ特務大佐殿、申し訳無いが今夜は王城に待機願いたい。部屋はこちらで…」


「無論です。寧ろキャスティナ殿下の安全の為にも滞在させて頂きたい」


 言い切る前に出された要望に、ヴォクシスの勘が働いた。

 予定ではキャスティナ妃とフォルクスは夜会が終わり次第、城下町の一級ホテルに宿泊予定だったが―――。


「…念の為、君の()()も行っておくよ?」


 その提案にフォルクスは拳を握った。


「…感謝します」


 深く頭を下げ、ただ一言答えた。

 その一言に尽きた。

 ざわめきの中、不敵に微笑んだかつての宿敵の姿が見えなくなるまで、彼は頭を下げ続けた。

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