確執
支度を終えて庭園に戻ると、セルシオンの檻を囲んで皆が何やら騒いでいた。
何事かと駆け寄って見れば、草臥れた様子で檻の中に収まるセルシオンの姿があった。
その体は光り輝かんばかりに磨き上げられ、鱗は曇り一つ見当たらない。
そんな機械竜とは対象的に、その側にはやり切ったとばかりに清々しい笑顔を見せる、煤と油でドロドロになったエンジニア達がいた。
「「「やっぱ楽しいねぇ!」」」
そう声を揃えた彼等に、一部始終を眺めていた士官等は拍手喝采。
浴びる注目に男達は照れ笑いである。
「おー、こりゃ凄い。見違えたね」
背後から聞こえた声に振り返れば、礼装軍服姿の大佐がいた。
胸にはいくつもの徽章、腰には銃や剣を下げ、これぞ正しくな王族の雰囲気を纏っていた。
「カルディナも素敵になったね。良く似合ってる」
くしゃっとした笑みと共に、大佐は髪を乱さない程度に頭を撫でる。
その掌の優しさに、彼女は戸惑いのあまり下を向いた。
褒められて嬉しい反面、素直に喜ぶことが出来なかった。
両親を亡くして以来、身を守るために常に気を張って生きてきた所為で、どんなに気の知れた仲間であっても言葉を素直に受け取ることが出来ず、年相応の振る舞いの仕方が分からなくなってしまった。
加えて、目の前の偉丈夫は国家君主の座にも手が届く貴人である。
その優しさに甘んじることに、抵抗を抱かずにはいられなかった。
「お、カルディナも準備万端だな」
こちらに気付き、ノートン隊長は何処か感慨深そうに目を細める。
部下三人も微笑んで頷いた。
「おっと、忘れる所だった」
思い出したように大佐が呟き、胸ポケットに手を入れる。
取り出されたのは、手の中に隠せてしまうくらい小さな通信端末と取扱説明書だった。
「この隊だけで使われてる通信機。形からビートルって呼んでる。盗聴防止の為、連絡は全てこれを使って欲しい。詳しい使い方は説明書を読んでね」
簡単な説明に頷きで答えつつ、無くさないように貴重品を詰めたショルダーバッグに収納。
お披露目に際して、粗末な袋では見目が悪いからとユルリが御下がりをくれた。
物が少なくて中が寂しかったが、入れる物が増えて、ちょっと嬉しかった。
そんな折の出来事だった。
「随分と騒がしいと思えば、やはり破落戸の集まりだったか…」
不意に聞こえた吐き捨てるような声に、小隊の全員から笑顔が消えた。
凍えそうなほどに冷ややかな視線が一点に集中する。
異様な空気に、カルディナも視線を追うように目を向けた。
金の装飾を施した杖を突き、やや長い顎髭に白髪交じりの紳士が見下すようにこちらを眺めていた。
「こりゃ、面倒な人間が来ちゃったね…」
口調はそのままながら大佐の顔にも緊張が滲んだ。
張り詰めた空気が漂う中、彼は冷静に周囲の状況を一瞥。
さっと手を振り上げ、それを合図に士官全員が機械じみた動きで隊列を組んだ。
大佐は続け様に手信号で素早く側近の将校三名に指示を通達。
直後、一名は受け持つ分隊を引き連れ、大佐の護衛と補佐に。
もう一人は、残る全士官の統率と血気に走りそうになっている数名の静止に。
そして、残る一人をカルディナの護衛に回した。
「あの…」
声を掛けようとする彼女に対し、護衛に当てられた将校は優しく微笑みながら口元に人差し指を立てた。
「合図があるまで、そのまま。私が頷いた時以外は沈黙してください」
柔らかな口調ではあるが、その指示に只成らぬものを察した。
「お久しぶりです。伯父様」
「………。お前がクロスオルベの末裔か?」
歩み寄る大佐の挨拶も無視し、紳士は見定めるようにカルディナに訊ねる。
大佐が伯父と呼んだとなると王族の一人と思われるが、護衛の将校は目配せで沈黙を打診した。
あまりの静けさに居心地が悪い。
誰一人、微動だにしない。
「………、なんと生意気な…」
口を噤む彼女に痺れを切らしたのか、紳士は呆れたように言葉を溢した。
「彼女は身の振り方を弁えているのですよ。淑女教育もこれからですからね」
そう告げた大佐に、ただでさえ軽蔑の視線を向けていた紳士の目が鋭くなった。
無表情を維持するのが大変だった。
あまりの空気の重さに顔が引き攣る。
暫しの静寂の後、紳士は何処か嘲笑うように溜息を零した。
「ならば、しっかりと教育することだな。生意気な小娘のままではいずれ足手纏になるだろうよ…。まあ、貴様自身が身の程を弁えていればの話だが?」
その発言に、我慢の限界に達した士官数名が怒号を上げる。
直ちに同輩と上官が止めに入ったが、一度広がった波紋は周囲にまで拡散した。
ざわめく場に大佐が今一度、手を振り上げる。
流石は軍人と言えよう。
その一つの動作で、再び静寂が戻った。
「それを言うなら、貴方も立場を弁えたらどうです?元王太子殿。我々は命掛けで、貴方が仕出かした不祥事の尻拭いをさせられているのですからね」
微笑み混じりに大佐は紳士に躙り寄ると、お返しとばかりに貶し返した。
士官の数名が良い気味だと僅かに口角を上げる。
しかし、次の瞬間―――。
それを目撃した護衛は一斉に紳士との間に割って入った。
カルディナも衝撃のあまり叫びそうになる口を両手で押さえた。
「止しなさい」
顔色一つ変えることなく、大佐は直れと手信号を送る。
部下達は異議ありげに元の隊列に戻った。
鈍い音を立て大佐の脚に突き立てられた杖は、その衝撃で鍍金が剥がれ、紳士は手を震わせながら顔を歪めた。
「…っ…落胤風情が…!図に乗るなよっ!?」
澄ました顔を指差し、顔を赤くして紳士は尚も罵倒する。
大佐は困ったように微笑むと、脚に当てられ続ける杖を手に取った。
「伯父様こそ、オイタが過ぎますよ?この程度で私を跪かせることができるとでも?」
怒りに染まった顔に唇を寄せ、ニヒルに囁いた大佐は、ゆっくりと杖を押し返す。
そして、その手を静かに腰元の剣の柄に添えた。
「敢えて言っておきますが、私も今やそれ相応の立場です。あまり刺激しない方が身のためですよ?」
最早、脅しとも取れる言葉に、紳士は口元を激しく歪めた。
腹癒せとばかりに地面に投げ捨てた杖を蹴り飛ばし、踵を返した紳士は憤慨した様子で城の中へと消えて行った。
士官の列の中からは少なからずその背に向けて、野次が飛んでいた。