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弱者の怒り


 身体を縛られ、ゴウンゴウンと音を立てる機械に通されていくカルディナをガラス越しに見つめる。

 クロスオルベ侯爵夫人シャンティスとの記憶の混同が確認されて早三日―――、眠りから目覚める度に現れるシャンティス夫人がカルディナの身体を支配する時間は徐々に伸び、代わりにカルディナでいる時間は短くなっていた。

 軍は夫人からデュアリオンの情報を聞き出そうと躍起になっており、再度の思念の揺籠の機動を検討しているが、カルディナを傷付けることに勘付いた魂授結晶(セルシオン)が融合を拒絶。

 シャンティス夫人もデュアリオンの事を聞き出そうとする度、何かを隠すようにカルディナと入れ替わってしまう為、調査は暗礁に乗り上げ始めていた。


(カルディナが約束させたのはこういうことだったのか…)


 思念の揺籠に入る直前、彼女が言い残したことを思い出し、止められなかったことを激しく後悔した。 

 このままではカルディナが、カルディナではなくなってしまうかも知れない―――。

 その不安を抱きながらも何もできない己が歯痒かった。


「終わりましたよ。今のところ脳波の異常は見られません…」


 検査技師と共に検査室から出て来たカルディナはこちらに軽く頭を下げたが、言葉を発してはくれなかった。

 参謀本部勤めの王族という立場でありながら、強行的な軍を止められない己に怒っているのか―――。

 身に起きている異常な現象に、今も怖い筈なのに気丈に振る舞っているのが見ていて辛かった。


「カルディナ…」


「病室に戻ります」


 端的に答えて、それ以上は目も合わせてくれなかった。


「すっかり嫌われちゃったわね」


 その声に振り返れば、アウラ医師の姿があった。

 微かに煙草の匂いがする。


「難しい年頃なのもあるかも知れないわね…。根気強く見守るしかない。側にいてやんなさい」


 そんなアドバイスを残し、アウラ医師は同僚と話すべく検査室に入っていった。




 変わらない賑わいを見せる城下町に、財布片手に気の向くまま街をぶらつくヴォクシスの姿があった。

 病院から出られないカルディナに、せめて何か買ってあげようと思い立ったものの彼女の好みそうな物が分からずに歩数だけが増えていた。


「あら?ヴォクシス様じゃないの」


 その声に目を向ければ、お洒落な鍔広帽に素敵なトレンチコートの美女が上品に手を振っていた。


「ビビさん…!お久しぶりです!」


 思わぬ場所での再会に、笑みを零した。

 彼女の名はビビ・ラパン。

 とあるバーのステージでしか歌わない魔性の歌姫として巷では密かな有名人である。

 けれど、昼の姿を知る人は少なく、その素性を知る者は更に限られる。


「最近お店に来ないから、どうしたのかと心配してたんですよ?」


「ははっ、申し訳無い…」


 困ったように自身の頭を撫でつつ恐縮する彼に、ビビは何かを察した。

 頭を触る彼の癖が示すものは、長い付き合いだからこそ知っている。


「良ければ、お茶しません?悩み事は人に話すのが一番よ?」


 そう妖艶にウインクした彼女は半ば強引に彼の手を取り、近くの喫茶店へと飛び込んだ。


「…噂で聞いたわ。お嬢さん、軍に利用されてヤバいことになってるんですって?今、クロスヴィッツ病院に隔離されてるとか」


 席に就いて注文を済ませた途端、彼女は密かに訊ねた。

 一体何処からその情報を仕入れたのか―――。

 思わず顔を強張らせた彼に、ビビはテーブルに肘を乗せて頬杖しながら小首を傾げた。


「私は魔女(ローレライ)のビビよ?バー・アディは軍人さんだけでなく、こわーいお偉いさん達の憩いの場…、ヤバい話の一つや二つくらい慣れっこよ。貴方だって私の情報網を利用してる癖に…」


 誂うように笑う彼女に、呆れたようにヴォクシスは溜息を零した。

 ここだけの話、彼女は腕利きの情報屋でもあり、巷の下らないゴシップから国内外の政界機密まで取り扱う。


「軍関係はあまり首を突っ込むと危ないですよ?アディオーナーとご結婚されたのだし、身の振り方は気を付けないと…」


「あら、情報早いわね」


 意外とばかりに呟く彼女だが、手には真新しい指輪が光っている。

 当たり障りなく、同僚から聞いた事を述べた。


「ケジメで籍を入れただけよ。オーナーとはもう腐れ縁でね…。情勢が落ち着いたら兄の墓前に挨拶行かないと…」


 届いたコーヒーにミルクと砂糖を入れながら、ビビは戯けるように肩を竦めた。


「………、ラパン少尉は喜んでいるでしょうね…」


 言葉を選んだが、結局そう言う他なかった。

 彼女の兄ラパン少尉は、ヴォクシスのかつてのバディだった。

 バディであり―――、誰よりも信頼出来た先輩だった。


「どちらかと言えば、何でそいつなんだと怒られそう。兄さんったら貴方が独り身だったなら私とくっつけたかったみたいだし」


 その言葉に衝撃のあまり、口に含んだエスプレッソを吹き出した。


「安心して。私年下には興味ないから。第一、王子様なんて(しがらみ)が面倒臭過ぎて荷が重いわ」


 紙布巾を差し出してビビは、ばっさり言い放った。

 内心ホッとしつつも、それはそれで中々に傷付くものである。

 今日はいつも以上に舌の毒が強い。


「…フォンデの出身として貴方とお嬢さんには感謝しているわ。だからこそ腹立たしいの」


 不意に告げられた言葉に、口元を拭きながら視線を彼女に戻した。

 ビビは徐ろにポーチを手に取ると、そこから一枚のメモを取り出した。

 書かれているのは国外某有名報道機関とそこに所属する複数名の記者の名前、そしてそれぞれの連絡先である。


「この二十年、あの襲撃から私達の時間は止まっていた…。だけど、貴方達が故郷(フォンデ)を奪還し、私達に歩み出す機会と勇気をくれたの」


 声色は淡々としながらも、その瞳は強い怒りの炎を燃やしていた。

 彼女は帝国に占領された街から逃げてきた一人であり、愛する家族を奪われた被害者だった。

 しかし、ヴォクシス達とは違い、その怒りと悲しみを抱えながらも唯、現実から逃げる事しか出来なかった力の無い者だった。


「このジャーナリスト達は私達の声を会心の一撃に変えてくれるわ。ヴォクシス様なら上手く使える筈よ」


 そう告げ、彼女はメモをずいと差し出した。

 戦争好きの馬鹿どもに、反撃を食らわしてやってくれ―――。

 そう怒れる目は訴えるように、強い意志を宿していた。




 カルディナの病室に戻った時、ヴォクシスは度肝を抜かれた。

 個室の病室を埋め尽くさんばかりに書類と本が運び込まれており、それに埋もれるようにしてカルディナは大きな紙に複雑な計算式や図を書き込んでいた。


「凄まじいな…」


 思わず呟いた声でこちらに気付いたのか、彼女は弾かれるように頭を上げた。


「ちょっと良いとこなんで待てます?」


 彼が持ち寄ったものを指差しつつカルディナは訊ねた。


「待ちます」


 端的に答えて、一旦外に出た。

 看護師達の視線が痛かったが、娘に嫌われるのを思えば軽いものである。

 暫くして、ドアを開いた病室には遣り切ったとばかりにすっきりした顔のカルディナが待っていた。

 聞けば、見舞いに来たエクストレイン中尉とその妹のセレーナが気晴らしにと飛行機愛好家達に向けた雑誌を持ってきたらしい。

 その中に有名メーカーの最新式旅客機の分解図があり、それを見る内にセルシオンの宇宙探索用ボディのアイデアを閃いたらしい。

 書類と本は学校から学友に頼んで借りて来て貰ったそうだ。


「で、完成したの?」


 書類の片付けを手伝いつつ、興味半分で聞いてみた。


「計算上だけですけどね!退院出来たら実験始めたいです!」


 キラキラした目で言う姿は以前のカルディナである。

 取り戻した明るさに、彼はそっと微笑んだ。


「じゃあ退院の日取りが決まったら、第二格納庫の使用許可を取るとしようか。多少なら軍の経費も出るだろうし」


「マジすか!?やった!」


 万歳で喜ぶ様に思わず苦笑い。

 入れ違いにはなってしまったが、エクストレイン兄妹と彼女の学友には心底、感謝である。


「ところで、これどうしたんです?」


 片付けが済んだところで、ヴォクシスが持ってきた白い箱にカルディナは首を傾げた。

 見た感じ、ケーキの箱である。


「古くからの知人と偶然街で会ってね。若い子に人気と聞いてさ。カルディナの口に合うと良いんだけど…」


 そう開けられた箱の中にはベイクドチーズケーキが入っており、それを見た瞬間カルディナは硬直した。

 ―――おっと、これは外したか?

 彼女の反応に緊張が走った。


「これって南通りの?」


「えっと…うん。そう」


 思い返しつつ返答。

 その瞬間、花が咲くようにカルディナは満面の笑みを浮かべた。


「むっちゃ食べたかったやつ!え、絶対並びましたよね!?うわ、嬉しい!友達と行こうって言ってたんですよ!うわっ、最っ高!」


 飛び跳ねて喜ぶ姿はまるで小動物である。

 あまりにそれが可愛らしくて、彼は堪らず吹き出した。


「あ…、すみません…」


 テンション爆上がりな自分を振り返り、カルディナは途端に恥ずかしくなった。

 俄に赤くなる彼女に、ヴォクシスは深呼吸して優しく笑い掛けた。


「そんなに喜んでくれるなら、いくらでも買ってくるよ」


 そんな一言と共に、跳ねて乱れた髪を撫でる。

 その手の温もりの優しさに、カルディナは気恥ずかしそうにはにかんだ。

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