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思念の揺籠


 故郷の島に伝わる唄を口遊み、暮れゆく夕空を眺める。

 伏せた瞼の向こうに浮かんだのは、亡き両親の笑顔だった。


「…(とと)(かか)…っ…ごめんなさい…、…ごめんなさい…っ…」


 詫びの言葉を漏らし、溢れる涙に膝を抱えて蹲った。

 代々の先祖が隠し通してきた邪悪な存在を、世に明かしてしまった罪悪感に胸が押し潰されそうだった。


「…っ!…そんな強引なっ!」

「既に議会からの許可は出ております」

「ですが!」

「しつこいですよ?ハインブリッツ大佐」

「しかし中将!」


 俄に近付いてきた騒々しい声に、涙を拭いながらもそっと顔を上げる。

 間もなく開かれた扉の向こうには、見覚えのある参謀本部の将軍と複数の士官に押さえられる大佐の姿があった。


「ボルボス中将!待ってください!カルディナの身に何か遭ってからでは…!」


 士官を振り払い、大佐は歩み寄る中将の行く手を阻む。


「事は急を要するのです。帝国に勘付かれる前に調べを終えねばなりません。シャンティス少佐、同行を願おう」


 半ば大佐を無視し、中将は取り付く島もなくカルディナに迫った。

 話の流れから何処に連れて行かれるかは察しがついた。


「拒否権は無いようですね…」


 そっと立ち上がり、諦めたように呟きながら、中将の背後で拘束具を手に待つ士官に向けて両手を差し出す。

 大佐は必死に従うなと叫んだが、抵抗の余地はなかった。

 もう何がその身に起きようと、覚悟する時間は与えられた。

 腹を括るしかなかった。




 締まりの無い医療用の衣服に着替えさせられたことで、自分は軍にとって最早、実験体であることを思い知らされた。

 軍管轄の研究施設にて身体中に測定器を付けられ、断頭台への階段を思わせるステップを登らされる。

 目の前に迫ったクロスオルベ侯爵家本邸より持ち出されたデュアリオンの心臓――島にあった資料から《思念の揺籠(ゆりかご)》と言う名であることが判明した容れ物にゆっくりと素足で踏み入り、カルディナは肉のような感触のその中に横たわった。


「測定器、正常です」

「こちらも設置完了です」

「カメラも起動しました」


 次々に準備完了の報告が上がり、仕上げとばかりに連れて来られたセルシオンが、吸収されるように思念の揺籠の全体に纏わる。

 そして、仰々しく持ち寄られた星の欠片(ファルファラン)の結晶がカルディナの首へと掛けられた。


「…ヴォクシス大佐」


 納棺するように戸が閉められる直前、彼女は立会を許可された大佐を呼んだ。

 直ちに駆け寄った彼に手を差し伸べたカルディナは、抱き寄せるようにその肩を掴み、他の士官に聞こえぬよう顔を近付けた耳元で言葉を発した。


「…大佐、私の身に何が起きても絶対に動じないでください。そして万一、危険な存在に成り果てるなら躊躇わずに殺してください。良いですね?」


 冷静に言い聞かせ、彼にもしもの時の処理を頼んだ。

 彼ならやってくれると信じるしかなかった。


「分かった…」


 悲痛に目を伏せ、大佐は答えた。

 離れたくないとばかりに項垂れる彼の肩をゆっくりと突き放すように押す。

 士官に促され、大佐が離れると共に無常にも戸が閉じられ、視界が真っ暗になった。

 瞼を閉じ、深く深呼吸を繰り返す。

 ―――大丈夫。


「…思念の揺籠、起動」


 意を決したように瞼を上げ、囁くように命じる。

 その声に思念の揺籠に刻まれた幾何学模様が脈打つように光だし、繋げた計器が一斉に記録を取り始めた。

 同時に内部のカルディナの目に見えてきたのは、古い古い記憶―――。


 それは遥か大昔、魂授結晶が生まれた時の様子だった。

 辺りを見回すこちらに対し、取り囲む白衣の人々は雄叫びを上げて喜び合っている。

 次に見えたのは当時の城跡の様子―――。

 今や見る影もないが当時はちゃんとしたお城で、犬になって駆け回るこちらを子供達が追いかけ、大人達がそれを見て笑っている。

 島の誰もが城を拠点に田畑を耕したり、必要な道具や建物を作ったり、各々が仕事に勤しみながら汗を流し、互いに協力し合いながら生きていた。

 質素な生活だけれど皆でそれを楽しみ、誰もが幸せそうだった。

 けれど―――。

 その次に見えたのは、帝国の徽章を纏う使者と激しく言い合うクロスオルベ侯爵の息子に、泣き崩れて狼狽える侯爵夫人。

 更に見えてきたのは、痩せこけた侯爵と共に船に乗せられて島に押し寄せた人々とそれと抱き合う島の者達―――。

 そして―――、夜空の下、宇宙へと旅立つこちらに手を振り、涙ながらに見送るクロスオルベ家の皆の姿―――…。

 それを最後に、途方もない漆黒の宇宙の旅が始まった。

 いくつもの光の中を飛び回る感覚は、確かに素晴らしく、美しく壮大な銀河を渡り、自分も星になったような開放感を楽しんだ。

 けれど―――、次第に胸に迫ったのはどうしょうもない孤独と段々と崩れる器に対する焦燥感だった。

 ―――帰りたい。

 そう感じた時、視界が来た道を引き返し、故郷の星へと向かっていた。

 そうして大気の壁を突き抜け、地上が迫った刹那、目に見えたのは朽ち果てた城の中、機械仕掛けの器と少女の姿が見えた。

 ―――見つけた!

 そうセルシオンの心が叫び、一瞬にして世界が真っ白になった。


(ここまでが私の知らないセルの記憶…)


 段々と暗くなる視界の中、キュッと胸が詰まった。

 機械仕掛けのセルシオンにも寂しさや喜びの感情があり、それを感じ取ることが出来た。

 あとは自分も知っている記憶の筈―――。

 そう思って、終了の合図を唱えようとした時だった。

 雑音と共に見知った記憶が崩れ、塗り潰されるように目の前の光景が変わっていく。

 見えてきたのは、己に手を差し伸べる若き天才の微笑み。

 そして―――。




 それはカルディナが思念の揺籠に入って一時間が経過しようとしていた時だった。

 鼓膜を張り裂かんばかりの悲鳴が研究所に轟き、思念の揺籠の内部から激しく戸が叩かれた。

 泣き喚く声と同時に小刻みに揺れていた計器の針は大きく振り切り、彼女のバイタルを測っていた医療機関が警告を鳴らした。

 直ちに実験を中止しせんと戸を開けた研究員は、そこから突如として溢れ出した大量の水に悲鳴を上げて腰を抜かし、その水に押し流されて床に転がったカルディナはその場でのたうち回った。

 そんな彼女に真っ先に駆け寄ったのは他でもない大佐だった。

 彼女を押さえ付けるように腕の中に抱き締め、湿りも汚れも厭わず己の外套を剥ぎ取ってその身を包んだ。


「カルディナ!しっかりしろカルディナ!」


 腕の中で逃げ惑い、混乱する彼女を正気に戻さんと何度もその名を叫ぶ。

 間もなくして、いくらか落ち着いてきた所で、苦しさに喘ぐ両頬を両手で押さえ、視線を強引に自らへと向けさせた。


「カルディナ、私が分かるかっ?」


 真っ直ぐな眼差しの問いに、カルディナは酷く震えながらもコクリコクリと頷いて答える。

 しかし、震える唇で何とか声を発しようと試みるが、全身が痺れたように感覚が麻痺して上手く喋れない。

 次第に目の前が白み、恐怖の中で大佐の胸にしがみついたのを最後にカルディナは意識を失った。

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