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第八〇六特務機動小隊


 王城を囲う城壁の一角、地獄の門を彷彿とさせる巨大な扉を前に、カルディナは焦りの色を滲ませた。

 正門を潜る前だというのに、既に壁の向こうから地鳴りと共に悲鳴が上がっていた為である。

 早々に手続きを済ませて城内へと進むと、そこでは鎖に繋がれて呻りながら体を捩って抵抗するセルシオンと、そんな竜を檻を乗せた車両に移したい人間による綱引きが行われていた。

 一見すると寄って集ってセルシオンを乱暴しているように見えるが、騒ぐ声をよくよく聞いてみれば、彼等は必死に説得を試みている。

 寧ろセルシオンの方が駄々を捏ね、翼や尻尾で地面を叩きながら、その場に這い蹲っていた。 

 さながら散歩の終わりに勘付いて帰りたくないと拗ねる犬と散歩に不慣れな子供である。

 これが本当の犬なら抱えて連れ帰ってしまえるが、実際の相手は総重量三十トンを優に超える。

 にっちもさっちも行かず、皆、頭を抱えていた。


「皆、おまたせ〜」


 車のドアを開けつつ大佐はそんな彼等に飄々と手を振る。

 その姿に全員が泣きそうな顔になった。


「待ってましたぁ!」

「遅いっすよ〜!!」

「姫は何処っ!?姫は!?」

「どうにかしてください〜!」


 泣き付く彼等を宥めつつ、大佐は車から出てきたカルディナに手を差し伸べた。

 車酔いで少々足元が揺れていた。


「ご心配なく…」


 迫り上がって来そうな胃液を根性で抑えつつ、毅然とご機嫌斜めな相棒に歩み寄る。

 顔色の悪い彼女に、セルシオンは心配そうに擦り寄った。


「大丈夫だよ。お利口にしようね」


 宥めるように相棒の額に頬を寄せ、首を撫でつつ言い聞かせる。

 彼女の言葉に応えるようにセルシオンは素直に腰を上げ、主に導かれるまま檻に収まった。


「おー、流石だね」


 いつの間にか煙草を咥えていた大佐が感心したように呟く。

 それに合わせて、歓声と拍手が沸き上がった。


「お騒がせしました。ハインブリッツ大佐、この後の動きをご指示頂けますか?セルシオンは私が担当します」


 迷惑を掛けた全員に軽く頭を下げる傍ら、尚も治まらない胃のムカつきに胸を擦る。

 何処か不貞腐れる相棒に寄り添って、取り繕うように指示を仰いだ。

 聞いた予定では、城の奥にあるという野外劇場で国家の要人に向けて機械竜のお披露目をするとの事。

 予定通りなら大佐の部下が先にセルシオンを奥まで運び、その間にカルディナは城内での諸注意―――、貴人に対して失礼の無いよう言葉遣いや身の振り方を一通り確認する手筈だった。


「取り敢えず、まだ時間あるから皆と一緒にご飯にするかい?何か入れば、その吐き気も治まるだろう」


 その場の全員を見渡しながら大佐は告げ、彼の提案にカルディナ以外の全員から賛成の声が上がった。

 時刻は丁度、十時。

 午前の休憩時間である。




 城内の一角にある芝生の広場に賑やかな声が響く。

 食堂から運ばれた軽食を手際良く配り合うのは大佐の直属部下、総勢四十四人。

 内訳としては三十九人が職業軍人で内三人は大佐の腹心とも呼べる補佐役の将校。その下にそれぞれ十二人編成の士官による分隊という具合である。

 残る五人はセルシオンの世話役として呼ばれたエンジニアで、戦時中につき徴集された腕利きの機械整備士である。

 彼等は第八〇六特務機動小隊と言い、大佐が受け持っていた連隊よりセルシオンの発見に伴って編成された特別部隊だった。

 ここにいる誰もが少なからず戦場を経験し、それを生き残ってきた猛者だと聞いていたが、彼等の雰囲気は和気藹々として和やかなものだった。

 そんな同僚もしくは上官となる彼等を眺めつつ、カルディナはセルシオンの傍らで、この日初めての食事にありついた。

 島から出るに当たって必要な手当は貰っていたものの、軍人に混ざって慣れない列車の乗り継ぎをせねばならず、街での買い物の仕方も分からなかった為、食べ損ねた次第である。

 挙げ句、彼女が島を出発する前日になって、長期的に島民全員の出生届から始まる諸々の身分証明書が発行されていなかったことが発覚。

 カルディナも例外ではなく、島にいる間に全てを終わらせることが出来ず、道中でも手続き書類の確認に追われる羽目となった。


「美味しい…」


 尚も残る手続き書類を片手に、黙々と食べるつもりだったが一口齧って思わず声に出た。

 新鮮な野菜にベーコンまで挟んだパンは今まで食べた中で一番美味しかった。

 空腹もあって書類そっちのけでどんどん食らいついた。

 付け合せの芋も塩加減が最高で、気が付けばペロリと食べ終わっていた。


「あんまり、がっつくと体に良くないぞ?」


 満腹の腹に飲み物を流し込んでいると、そんな声がした。

 ぞろぞろと整備士の五人が歩み寄ってくる。

 小隊への挨拶は、後で時間を別途設けると聞いていたが――――。


「初めまして、カルディナ。整備隊長のノートンだ。ヴォクシスとは昔からの戦友でね。家業を継ぐに当たって退役したんだが、呼び戻された次第だ。この四人は俺の部下で、弊社(うち)のエース達。右から順にスタンリー、ジンゴ、パッソン、ユルリだ」


 そんな挨拶で手を差し伸べるのは無精髭が特徴的な親父さんだった。

 紹介されたエンジニア達も気さくに手を降ったり会釈で挨拶してくれた。


「初めまして。カルディナ・シャンティスです」


 緊張の面持ちでノートン隊長と握手を交わし、全員へと深くお辞儀を返した。

 誰であろうと最初の印象は重要である。


「基本的には俺達と仕事をすることになるだろうから先に挨拶をと思ってな。あと、これ。様子からするに飯食う暇もなかったんだろう?俺等が泣きついたばかりに悪いことをした。ユルリ、女子更衣室まで案内してやってくれ」


 そう告げながら、隊長は小脇に挟んでいた紙袋を差し出した。

 張り付いていたメモには、大佐の名前と共に、お披露目までに着替えてくるようにとの指示が書かれていた。


「さ、行こ行こ!」


「あ、えっ…!」


 返事を返す間もなく、女性エンジニアに手を引かれ、カルディナはあっと言う間に城内へ。

 瞬く間に姿を消した主に、セルシオンは慌てて後を追いかけようとしたが、残ったエンジニア達に行く手を阻まれた。


「お前さんはお留守番!それに、さっきのオイタのお返しをせんとな…!」


 腕を組み、薄く怒りを込めながらノートン隊長がヘルメットを被ってニコリと微笑む。

 それに続いて残った部下三名も怒りの微笑みを浮かべつつ、隠し持っていた機械用の掃除用具を構えた。




 微かに聞こえる相棒の悲鳴の雄叫びに急かされつつ、カルディナはシャワーブースで泡に包まれた髪を流す。

 背後の磨りガラスの向こうでは、鼻歌交じりに同僚となったユルリが紙袋の中身を確認している。

 双方、待たせてはいけないと慌てる反面、ずらりと並ぶボトルとバスグッズの数に戸惑った。

 体を洗うだけなのに、町ではこれだけの洗剤と道具を使わなければならなかったとは――――。

 島での生活が如何に粗末であったかを思い知ると同時に、文化的生活に掛かる手間と費用に気が遠くなりそうだった。


「慣れちゃえば、どうってことないよ〜!言うて私も安いシャンプーとリンスだけだし。仕事柄ネイルもできないし、化粧したって汗とかで取れちゃうしさぁ…!男共も見やしないし!」


 身支度を手伝ってもらう中でそのことを話すと、ユルリは彼女の境遇を憐れむことなく、寧ろ友達のように共感で笑ってくれた。

 彼女が言うには本職でも女性が少なく、年の近い同性の仲間が欲しかったらしい。

 友好の証に、敬語なしで名前で呼び合うことにした。


「そういや、カルディナって今何歳?」


「十四…」


「え!じゃあ私の方が五つもお姉さんだ!妹ができたみたい!あ、でも立場的にはカルディナの方が上司か」


「えっ?」


 髪を結って貰っている最中だったが、ユルリの発言に思わず振り返った。

 官職が既に決まっていたとは全くの初耳である。


「あれ?聞いてない?大佐の直属になる関係で、配属と同時に少佐に昇格だって。まあ、セルシオンがそれだけの戦力になるから当然なんだけどね。しっかし吃驚したよ〜。ガラクタから作ったのにあの機動性で主力戦車張りの破壊力っしょ?ボディ作り直したらどれだけ凄いか…!」


 嬉々として話す彼女に対し、カルディナは現実を見直して、言い様のない不安に駆られた。

 お披露目が無事に終わったら、セルシオンは軍事転用に向け、ボディの大規模改修及び魂授結晶の分析研究が行われる。

 今ある姿は実質、今日が見納めと言っても過言ではない。

 そもそもとして意図的に抹消されたのか、結晶の取り外しに関する記録は先祖の個人的手記に軽く記載があるだけだった。

 実際のところ上手く脱着ができる保証はなく、出鼻から作戦が躓く危険も否めない。

 ここまで来て戦線への活用が見込めないとなれば、技術の流出防止を理由にセルシオンは勿論カルディナ自身も最悪、国に存在を消される危険があった。


「大丈夫大丈夫!心配しないで!大佐が上にいる限り、誰も悪いようにはしないよ…!」


 不安の色を強く滲ませたカルディナに、そんな内心を悟ってか、ユルリは明るく乱暴なくらいな力で背を擦った。

 その手の力強さに、島に残された仲間の無骨な掌が浮かんだ。

 ―――出来るだけのことをやって来い。

 そう皆に背中を押されて、ここまで来た。

 今は弱気になっている場合ではない。

 この場所に来る為に、望まずではあるが多くの期待を背負ってきた。

 項垂れている暇はない。

 自然と背筋を伸ばした。


「さ、出来たよ!」


 その声に鏡の中の己と視線を合わせる。

 真紅のリボンを編み込んだ髪が、終戦への切望を示すが如く艶めく。

 抜け切れぬあどけなさの中、碧い瞳が強い光を宿した。

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