和平への道
戦禍により長らく閉ざされていた街道には、この時を待ち望んでいたように多くの人々が集っていた。
突貫工事で整えられた車道には、王国旗を靡かせた十台あまりの車輌が隊列を成す。
その内の一つの車内でカルディナは、戦火の傷跡深い車窓の風景に胸を痛めた。
「奪還地域の復興は急がねばならないわね…」
そう隣で言葉を零したのは、王太子シルビアである。
同性ということで護衛として同乗を命ぜられたが、正直なところ長旅に対して未成年故に気遣われた気がしてならない。
王太子の乗車する車両とあり、乗り心地は快適そのものである。
「殿下、お疲れではありませんか?」
「このくらい平気よ。カルディナこそ寝てても良いわよ?」
スケジュール表を確認しつつシルビアはあっさり返答。
王都を出発して数時間―――、途中軽いトイレ休憩を挟んでいるとはいえ、殆ど座りっぱなしである。
本当はそうしたいが、対面上寝たら後が怖いので無理である。
(…無事に終わりますように)
微かに溜息を零し、見え始めた霊峰に思わず祈った。
真新しい濃紺の礼装軍服を身に纏い、一つに結い上げた髪型と薄化粧がいくらか幼さを薄めるが、窓ガラスに映る己の顔はどう見ても年相応である。
これより向かうシェール神聖国の主神殿は帝国にとっては神の膝下たる聖地である。
長年いがみ合ってきた帝国との和平を築くための重要な局面に臨むに、粗相の無きよう気を引き締めた。
穏やかな陽の光に包まれる白亜の神殿にて、白の装束を身に纏う神官の案内の元、調印式の式場である大聖堂に導かれた一行は、土地の作法に則り、停戦協定の立会人たるシェール信教の大主教からの祝福を受けた。
言ってしまうとカローラス王国には、シェール信教から派生した王国独自の教えがあるのだが、今回は帝国側の遣り方に譲歩した次第である。
大主教の祝福を受けることで神の名の下に、王国と帝国は同じ立場であると世間に示す狙いでもある。
(明日十時から両国の宰相同士の公開懇談会…、十四時に調印式…その後、十八時から停戦記念の祝賀会で…)
神殿近くのホテルの一室にて、束の間の休息時間を過ごすカルディナは連れ立った小型竜のセルシオンを撫でながら、明日からのスケジュールを再確認。
初めての土地の所為か、セルシオンは神聖国に着いてからずっとオドオドと怯えるような素振りを見せている。
神聖国に対する礼儀と帝国に敵意はないと示す為、武器になりうる器を持ってくることが出来なかったのが原因かもしれない。
神聖国内での滞在は今日と明日のみだが、明後日には前線基地のあったスペンヒル領を訪問し、そこから宰相と王太子による奪還地域の視察に随行。更に戦時中に物資の融通を頂いた諸外国へのお礼参りと怒涛のスケジュールである。
(折角のシェール神聖国だけど、観光って訳にも行かないしなぁ…)
窓から見える異国情緒溢れる街に思いを馳せつつも、好奇心をぐっと抑えた。
形式上ではあるものの明日は一日、護衛任務である。
体力温存の為にも、勿体無いが早めの就寝となった。
翌日、両国政府より許可を得た報道陣がカメラを回し、時折シャッターを切る中、王国宰相ヴェルフィアス侯爵の挨拶で始まった帝国代表との懇談会は、穏やかな雰囲気に包まれていた。
双方、長引く戦争に嫌気が差していた所があり、漸く見えた終着点に安堵していた事は暗黙である。
(帝国としても戦争を止めるタイミングを失ってたってところかな…)
両国の代表による話を聞きつつ、カルディナはヴェルフィアス侯爵の背後で大佐と共にその様子を見守る。
案の定、報道陣はあどけなさの拭えない彼女の存在に興味を示していた。
「では、また調印式でお会いしましょう」
そんな帝国の首相デュークス総統の締めの挨拶と共に席を立ち、握手を交わした双方が退出する。
昼休憩を挟んだらいよいよ調印式だ。
「少佐、我々も腹拵えとしよう」
流れに沿って懇談会場を退出するや、大佐からそんな言葉を受けた。
呼び方は固いが口調は柔らかく、気遣われていることが窺えた。
「頼りない部下で恐縮の限りです」
苦笑交じりにカルディナがそう言葉を返すと、大佐は自嘲気味に肩を竦めた。
「謝るべきは私達だ。学生である君をこんな場所にまで連れ回す我々を赦して欲しい」
妙に落ち込んだ声色で彼は告げる。
ふと見上げたその横顔は、酷く哀愁が漂っていた。
「…何かありました?」
何だかいつもと様子が違う気がして、思わず訊ねた。
大佐は僅かな沈黙の後、只の杞憂だと返したが、その返答に対してカルディナは不穏な物を感じ取った。
厳かな雰囲気の中、定刻通りに停戦協定調印式は執り行われた。
王国代表には宰相ヴェルフィアス侯爵と王太子シルビア。帝国代表にはデュークス総統と御年四十となる皇帝唯一の嫡子ソリオン皇子がそれぞれ選ばれた。
シェール信教大主教の立ち会いの下、停戦協定の書面に両者両名の署名と国璽がなされる。
締結の証として、ヴェルフィアス侯爵とデュークス総統、シルビアとソリオン皇子がそれぞれ握手を交わした瞬間、聖堂には大きな拍手喝采が沸き起こった。
二十年の月日を経て、公的に戦争が止んだ記念すべき瞬間であった。
「やったな。カルディナ…」
眩いフラッシュと止まぬ喝采の中、感慨深げに傍らの大佐は囁やく。
何気無しに見上げた視線の先には、不敵に微笑む偉丈夫がいた。
「…恐れながら、安心するのはまだ時期尚早かと。これは終戦ではなく、飽くまで停戦ですから…」
水を差す発言だとは分かっていたが、言わずにはいられなかった。
島で過酷な迫害を受け、戦火に投じた身からすれば、停戦協定など薄氷のようなものである。
この和平はいつ何時その氷が割れたとしても、決して動じぬ備えを講じる為の準備期間―――。
それを肝に銘じねばならなかった。
「君らしいね」
視線を戻しながら大佐は嗤った。
彼もそれは重々承知の上だった。




