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父の遺言


 どうにか学校の課題を終わらせたのは停戦協定調印式の前々日だった。

 調印式は王国と帝国に隣接する北の中立国家シェール神聖国にて行われる。

 そこはサニアス帝国の国教シェール信教の聖地でもあり、王国と帝国を隔てるネッツァ川の始まりである霊峰ネッツァータを拠点とした不可侵の土地である。

 明日には現地入りしなければならない上、帰国翌日には学校復帰なので本当にギリギリであった。


(何か食べに行くかな…)


 宿舎にて帰国後に備えた準備を整え、腹の減り具合に時計を確認。

 時刻は夕方五時半。

 明日早朝には起き抜けで宿舎を出発し、王城にて首相ヴェルフィアス侯爵及び王太子シルビアの護衛任務に就かなければならない。

 諸々の式典に引っ張り出される影響で、少なくても一週間は帰れないので、計画的に冷蔵庫の中身は食べ切ったし、滞在中に必要なものはキャリーケースに収納済みである。

 後は今晩の腹拵えをして風呂に入って寝るのみ―――。

 身支度を整え、狼型の器に大人しく待っていたセルシオンを纏わせて、いざ夕飯に出掛けようとした矢先だった。

 静かな部屋にキンコンとチャイムが鳴り響く。

 ―――このタイミングで一体誰だ?

 怪訝な顔でドアの覗き穴から見えた御仁に目を剝いた。


「大佐、どうしたんです?」


 ドアを開き、開口一番で訊ねた。

 大佐もこちらの出掛ける格好に驚いた様子である。


「いや、ちょっと渡したい物があってね。もしかして何処か出掛けてた?」


「逆です。これから夕飯食べて行こうかと…」


 そんな返答に、大佐は何故か安堵の溜息を吐いた。


「じゃあ、ご馳走するよ。何食べたい?」


 そんな一言と共に、彼は穏やかに微笑んだ。




 連れて来られた落ち着いた雰囲気の喫茶店で、カルディナは夕飯をご馳走になった。

 雑談がてらに明日からのスケジュールを確認しつつ、お互い腹拵えを済ませた。

 そうして、食後のミルクティーを飲んでいると大佐は改まった様子で、持っていた鞄を手に取った。


「実は今朝、スペンヒルの前線基地からこれが送られて来てね…」


 そう告げながら大佐が取り出したのは、亡き父の名が刻まれた認識証と遺書であった。

 聞けば父は生前、前線基地での決まりに則り遺書を認めていたが、あえて宛先を書かなかったらしい。


「君の名前を知った基地内郵便局員が気付いて、連絡を寄越してくれた次第だ。島での不当な扱いを懸念して、廃棄されることを恐れたんだろう…。父君は君か母君のどちらかが直に取りに来るまで、郵便局内で保管してもらうように頼んでたそうだ」


 そう言葉が付け足される中、父の遺品を手に取る。

 遺書の宛名には母と自身の名前が書かれていた。


「それから、墓地管理をしていた士官が父君の遺体を埋めた場所を特定したそうだ。来月までには遺骨を返還出来るだろう…」


 その報告にカルディナは驚きのあまり目を剝いた。


「父の遺体は引き上げられていたのですかっ?」


 その問いに大佐は小さく頷いた。


「民間人の救助作戦からの帰還直前、若い士官を庇って被弾したそうだ。基地には戻ったが手当が間に合わなかったらしい…」


 湯気の上がるコーヒーを飲みつつ彼は悲しげに告げ、カルディナは思わず父の遺品を胸に寄せ、込み上げた涙を呑んだ。

 何と父らしい最期だろう。


「…(とと)らしいな…っ…」


 困ったように笑いながらも、溢れ出す涙が一つ二つと零れた。

 本当は他人など構わず、何が何でも生き抜いて欲しかった。

 生きて帰ってきて欲しかった―――。


「カルディナ、確認だが島に戻りたい気持ちは変わらないね?」


 大佐は穏やかな声で訊ね、彼女は涙を拭いながらしかと頷いた。


「父の遺骨が見つかったなら尚更戻りたいです。島の伝統に則り、祈り岬から天に還してあげたいです…」


 顔を上げ、涙を拭いながら変わらぬ意思を伝えた。


 島での伝統で、死者の遺骨は死後一ヶ月が経ったら、灰にして祈り岬と呼ばれている場所から海に向けて撒くことになっている。

 そうすることで死者の魂は風に乗って天に還り、いずれ雨となって地上に戻り、新たな命として生まれ変わると信じられている。


「分かった。上には出来る限り早く戻れるように掛け合ってみよう」


「ありがとうございます…」


 礼を言いながら、カルディナはそっと胸に寄せた遺書を開いた。


 十枚あまりに渡って書かれていたのは懐かしい父の字。綴られていたのは、娘であるカルディナと妻への思いの全てだった。


「…あれ?」


 最後のページを手に取った時、カルディナは首を傾げた。

 父の確認ミスだろうか―――、何も書かれていない。

 手紙としては前のページで完結しているようにも思うが何か違和感があった。

 試しに明かりに透かして見るも文字は見えない。

 しかも、何だかやけに紙が汚れている。


「カルディナ、裏にも何か書かれてないか?」


 その指摘に手紙を裏返し、手紙の隅に悪戯書きのように数字と小さな柑橘類の絵が描いてあるのに気付いた。

 ―――まさか。

 閃いてからの行動は素早かった。

 数字の順に遺書を並び替え、火の気を探す。

 目に付いたのはインテリアとして置いてあった灰皿だった。


「大佐、ライター借りてもっ?」


 突然のお願いに彼は戸惑いながらも胸ポケットに入れていたライターを渡した。

 カルディナは店員の目を盗みつつ遺書を火で炙り、隠されたメッセージを浮き出させた。


「炙り出しか…!」


「子供の頃、父と遊んだことがあるんです。大人達も監視兵の目を盗む為に使っていて…」


 そう話しつつ、カルディナは出てきた内容を大佐に見せた。

 遺書の裏面に書き記されていたのは、カルディナ自身の血統と魂授結晶に纏わる内容だった。

 殆どは、既に把握されている内容ではあったが―――。


「…これは何の図だ?」


 全てのページを繫ぎ合わせることで現れた間取り図に大佐は眉間に皺を寄せた。

 何処かの屋敷のようであるが―――。


「恐らくクロスオルベ本邸かと…。父から聞いたことがあるんです。侯爵のお屋敷はからくりだらけで、それを全て解いて辿り着く部屋に大いなる秘密が隠されていると…」


「大いなる秘密?」


「………、それが何かは聞いていません。父も言い伝えとして聞いただけみたいなので…」


 困り果てながらもカルディナは答え、徐ろに間取り図の一角に書かれた説明書きを指差した。

 そこには【西果ての祈り歌を唱え、扉を開け】と記されていた。


「きっとこの場所にあるのだと思います」


「祈り歌というと、カルディナが前に歌っていたあの歌か?」


 訊ねた大佐は、その直後何かに気付いたようにハッとして不敵に微笑んだ。


「カルディナ、調印式から戻ったらクロスオルベの本邸に行こう。その秘密とやらを確かめてみようじゃないか」


 何処か楽しげなその提案に、カルディナは戸惑いながらも頷いた。

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