英傑の願い
停戦協定の話が持ち上がったのは、ベインベイ奪還から三日後のことだった。
瞬く間に占領地域を奪還された挙げ句、主力艦隊を軒並み失ったのは帝国にしてもかなりの痛手だったらしい。
こちらも払った犠牲は大きかったが、得たものも大きかった。
「…本当に機械竜様々ですね!」
「本当に有り難いよ」
「良くやってくれた!」
格納庫にてセルシオンの戦闘用ボディを分解する士官や兵士達は皆、一様にセルシオンを称賛する言葉を口にした。
その声を聞きながら、カルディナは役に立てたことが嬉しい反面、敵味方の沢山の命を散らしたと言う現実に大きな呵責を抱えていた。
殺し合いが正当化される戦争と言う異常な状況で、それを終わらせるためとは言え、大きな罪に責任を感じずにはいられなかった。
「シャンティス少佐!」
小型竜のセルシオンを抱え、戦闘記録を作戦本部に提出しに向かっていると、背後から見知った士官に呼び止められた。
スペンシア少将の直属補佐官である。
「少佐、スペンシア少将が折り入ってお話があるそうです。師団長執務室まで宜しいでしょうか?」
その言葉に何事かと首を傾げた。
呼び出されるような事柄は思い当たらなくもないが―――。
一先ず急いで提出物を出しに行き、その足で少将の待つ師団長執務室に向かった。
微かな緊張の中、呼び出された師団長執務室に入ると、そこではスペンシア少将の他、大佐も待っていた。
正直、何故に大佐まで居るのかと顔を曇られたくなったが平常心を保った。
取り敢えず、両者の表情からお叱りではなさそうである。
「少し長くなるから、お二人共掛けて頂戴」
少将のそんな指示に、カルディナは生唾を呑んだ。
一体何を話そうというのだろう―――。
「…昨日、国王陛下の名代として王太子殿下より連絡がありました。帝国との停戦協定の調印式の場に、貴方方も参加せよとのご指示です。場所と日時は改めて連絡するそうですが、一週間以内に王都に帰還せよとのご命令です」
その司令にカルディナは無論、大佐も驚いた様子だった。
「閣下、それはシルビア殿下やヴェルフィアス首相の護衛としてでしょうか?」
大佐が即座に訊ねた。
「表向きはそうでしょうけれど、実際は今回の奪還作戦の立役者である貴方方の存在を帝国側に識らしめるのが目的でしょう…」
詰まる所、政治的な牽制という意味である。
二十年も続いた苛烈な戦争である故、そう簡単には終わってはくれないらしい。
「しかし、私は兎も角シャンティス少佐はまだ十五にも満たない未成年です。そのような場に連れ立つのは…」
大佐の懸念は尤もで、これ程大きな戦争の停戦協定の調印式となれば各国のメディアも放っては置かない。
当然そんな場に子供が居れば、注目を集めるに決まっていて、巡り巡っては機械竜という究極兵器の存在を知らせるようなものだ。
尚且つ、子供を前線に立たせたと世間が知れば、王国とて非難を浴びる筈である。
「個人的には私も反対意見です。推測ではありますが、少佐の出席は帝国側からの要望かと…。此度の作戦における英雄の顔を拝んでおきたいのでしょう…」
そんな憂いを帯びた言葉に、カルディナは不穏なものを感じた。
これは先祖がひた隠した最高傑作を、戦いの道具にしてしまった因果なのかもしれない。
「………、本当は私が矢面に立てれば良かったのですが…」
不意にそう零した少将は、徐ろに背後で控えていた補佐官に手の動きで何かを指示した。
補佐官は慌てた様子で、書斎机に向かうとその下に隠していた注射器を抱えて駆け寄った。
「ごめんなさい…、もう私にはここを離れる力も残って居ないようです…」
そう告げながら、急激に顔色を悪くした少将にカルディナは騒然とした。
咄嗟に席を立って手を貸そうとしたが、刹那、大佐に手を掴まれ止められた上、視線で座れと無言の指示を食らった。
薬を打たれながらも少将は毅然とその場に座り続けている。
その揺るがぬ意志に、大佐の指示の意味を悟った。
「どうかこの戦の行く末を見届けて頂戴…。私の想いは貴方方に託します」
淡々と告げられた英傑の願いに、カルディナはしかと頷くしかなかった。
通達された帰還期限は、戦後処理に追われている間にすぐ来てしまった。
出立当日の朝、大急ぎで荷造りを済ませたカルディナはセルシオンを小脇に抱えて、滑り込むように王都へ向かう軍用車両に乗り込んだ。
(ま、間に合った…)
息を切らせつつ、結う暇もなかった髪に手櫛を入れる。
首巻きタオルで汗を拭い、胸ポケットに入れていた髪結紐を口に咥えた。
「使う?」
そんな声と共に櫛を差し出された。
誰かと思い、顔を上げて吃驚。
先に帰路に就いた筈の大佐が居た。
「今朝方、少将閣下に改めて挨拶しに行ったら前の便に乗り損ねてね…」
そんな言葉に思わず顔を曇らせた。
カルディナも昨晩、別れの挨拶をしに行ったがスペンシア少将は最早、立ち上がることも出来ない様子で、体調は日増しに悪化しているようだった。
恐らくはこれが今生の別れになるだろうと覚悟しながらの挨拶になった。
「…閣下から感謝の言葉を頂いたよ。やっと肩の荷が下りたとね」
櫛を借りつつ髪を整えていると、大佐は独り言のように呟いた。
基地に長らく居る古参の将校にこっそり訊ねたが、少将は二、三年前から病を患いながらも師団長として責務を負い続けていたらしい。
病状は最早末期で、日に数度の鎮痛剤を打たなければ耐えられないほどの激痛を抱えながら職務を全うしていたそうだ。
(スペンシア少将閣下、貴女の意志と勇姿は忘れません…)
借りた櫛を礼を言って大佐に返しつつ、カルディナはそんな思いを馳せながら離れ行く基地を振り返った。




