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新たな火種


 話し声に目を覚まして、カルディナは自分の身が置かれていた場所に驚いた。

 まさかの師団長執務室である。

 上質な皮のソファに手を突き、掛けられていた外套を剥ぎ取る。

 剥ぎ取ったその外套が誰のものかを確認して、慌てて立ち上がろうとした瞬間、ガクリと膝が崩れた。

 床の絨毯に倒れ込み、各所の痛みに顔を歪めた。


「そんな無理をしてはいけないわ」


 その声と共に手を差し伸べられた。

 顔を上げ、その姿に息を呑んだ。


「スペンシア少将閣下…!私どのくらい寝て…!」


「丸一日って所かしら。診療所が定員オーバーでね」


 そう言われながら少将が指差した先を見てみれば点滴が置かれていた。

 そこから垂れる管を追ってみれば自身の手首に繋がっている。


「トイレと給湯所はそっちにあるから適当に使って頂戴。点滴を引っこ抜いたり、部屋から出るのは止めておきなさい。彼のことだから後が怖いわよ」


 そんな忠告を残し、少将は秘書の方と共に部屋を後にした。

 途端に静まり返った室内に、カルディナは途方に暮れた。

 戦後処理の状況を知ろうにも、外に出られないのでは分かりようがない。

 一先ず出撃からまともに用を足していないので、トイレをお借りすることとした。


(…取り敢えず、これで終わったんだよね…)


 スッキリし終えて手を流しつつ、窓から見える空の青さに目を細める。

 来た時と同じ空の色の筈なのに、その色がやけに目に眩しかった。




 誰もが戦後処理に追われる中、故郷であるモティ村に足を踏み入れたヴォクシスは微かに残る記憶を頼りに、かつての家である孤児院に向かった。


「ここが大佐の古巣ですか…」


 護衛として同行したモーヴ中尉は、殆ど骨組みだけとなった孤児院を見上げて呟いた。

 二十年もの歳月により、草木が建物の中にまで入り込み、最早見る影もない。


「悪いね、私用に付き合ってもらって…」


 そう言いながらヴォクシスは迷うことなく、中へと進んでいく。

 村を奪還した暁に、どうしても確かめたいことがあった。

 長い廊下だった場所を進み、当時は職員の事務室だった区画へ。

 その奥にあった筈の地下へと通ずる秘密の扉を探した。


「…あった」


 思わず声に出した。

 地面に半分埋まっていたが、鉄の扉だったお陰で見つけ出せた。

 腰に差していたサバイバルナイフで土を削り、扉の全体を掘り出さんとした。


「手伝います」


 端的に告げたモーヴ中尉はこんな事もあろうかと担いできたスコップで豪快に土を退かしていく。

 ものの数分で開けられるまでになったが、ノブの下に錠が掛けられていた。

 鍵を探そうかとも思ったが、腐食が進んでいるのに気付いたモーヴ中尉がスコップで錠を叩き壊してくれた。


「明かり要ります?」


 今度は懐中電灯を差し出し、中尉は首を傾げる。

 どこまでも良く出来た部下である。


「捜し物はどのような品ですか?」


 その場に並ぶいくつもの棚と床に散乱する小物を掻き分けながらモーヴ中尉は訊ねた。


「小さなメモと女性物の上着…。多分、纏めて置いてあるとは思うんだけど…」


 棚や箱に書かれた名前を確認しつつ、ヴォクシスは答えた。

 自身の出生に関して、今や知っている人間は少なくはない。

 その返答に中尉は何か察したように頷いた。


「…大佐!」


 暫くして、足元にあった大きめの箱を見つけた中尉が呼び止めた。

 箱の蓋には厳重保管という注意書きと共に、ヴォクシス・モティと名前が書かれていた。

 当時の彼の名前である。

 二人は急ぎ、その箱を手に地上へと出た。

 事務室の残骸であるテーブルを利用し、箱の蓋を慎重に開ける。

 中から出て来たのは捜していたメモと女性物の上着、そして一冊の記録書だった。

 比較的、状態は良さそうである。

 中身を取り出すヴォクシスの傍ら、モーヴ中尉はお役御免とばかりに懐中電灯を消して仕舞い始める。

 そんな時だった。


「…参ったね……」


 不意に漏れた嗤うような声に、どうしたのかと視線を向ける。

 記録書を手にヴォクシスは微かに手を震わせていた。


「モーヴ中尉…、悪いけどここで見たことは黙っておいて欲しい」


 その指示と共に、僅かに見えてしまった記録書の中身にモーヴ中尉は絶句した。

 そこに挟み込まれていた資料と写真は、この戦争の行く末すら変えてしまい兼ねない事実を示していた。


「こりゃ新たな火種になっちゃうなぁ…」


 自嘲気味に呟き、ヴォクシスは溜息混じりに鳥肌を立てた項を擦った。

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