宿敵再来
操縦桿を握り締めたまま一度通った空を引き戻り、カルディナは瞼に残る涙を拭った。
撃墜された仲間を目の当たりにして、恐れよりも怒りと悔しさが心を支配した。
(付いて来い…!撃ち落としてやる…!)
地上の深い森の中より、しつこく尾行する小さな閃光をカルディナは睨み付けた。
機関銃や炎の息吹でいくら挑発しても攻撃して来ない点から、前線基地に迫っている軍勢の下へと誘導したいのだろう。
前線基地より援軍が来るまで早くても三十分程度。
その間に仲間の仇を取り、出来る限り敵戦力を削り落としたい。
(大佐、ごめんなさい。命令に背きます)
心の中で謝りながら、雑音しか入らない無線のスイッチを切った。
アンテナが吹き飛ぶほどの爆風を浴びたことで通信機器が壊れてしまったらしく、カメラも起動はしているが手元のモニターの隅に出ているエラー表示からして送信は出来ていない様子である。
連隊独自の通信端末のインカムも何故か何も聞こえなくなってしまった。
「セル、行こう!」
己を奮い立たせるように言い放ち、こちらの接近に伴って砲撃を開始した敵軍勢に突進。
全身を使ってセルシオンは軍勢を薙ぎ払い、カルディナはそのサポートに徹した。
「メーデーメーデー!ドラゴンの襲撃!ドラゴンの襲撃!頼む援軍を…ぎゃあぁ!」
敵方の指揮官が応援を要請する間もなくセルシオンの炎が彼等を包み込む。
いくら銃弾を撃ち込もうと強靭な機械竜のボディは再生し、薬莢ばかりが山を成す。
戦えば戦うほどに消耗する戦況に、帝国兵は見る見る追い詰められた。
「くそ!背に腹は変えられん!奴等を出せ!」
名も知らぬ敵方将校は苦り切った顔で言い放ち、間もなく士官の一人が閃光弾を放った。
その光は高く高く上がり、カルディナはそれに言い様のない不穏な物を感じ取った。
「セル、そろそろ撤退しよう…」
上空から掻き乱した敵軍を見下ろしつつ、カルディナは退却を指示した。
粗方の武器は破壊した。
時間も十分に稼いた。
途中で閃光を見失い、仲間の仇を討てなかったのは心残りだが、今は捕まらないように逃げるのみだ。
極度の疲労を感じながら、セルシオンの翼を翻す。
急ぎで戻ったら、本部に報告しなければならないことが山のように出来てしまった。
命令違反をしてしまったからには当然、罰せられることも覚悟した。
(大佐に怒られるのは堪えるなぁ…)
疲れた頭に大佐の鬼の形相が過り、堪らず深く溜息を零した。
帰ったら、きっと泣く。
絶対に泣く。
『…ッ……、…カルディナ!聞こえるか!?』
「ひゃあぁい!?」
不意に轟いた無線からの声に思わず悲鳴混じりに返答。
慌てふためきながら無線機を確認すれば、いつの間にか通信が回復していた。
『た、大佐?!』
『カルディナ、すまない。帝国からの妨害電波を食らって一時、通信を遮断されていた。エクスレイ中尉からの報告で状況は把握した。今、地上から援護部隊を送っている』
その指示の向こう側では、混乱する声が聞こえていた。
作戦本部も帝国の大規模な反撃に、攻撃隊以上に翻弄されていたらしい。
一先ず、向かっている筈の援護部隊と合流するべく了解と答えた。
その直後だった。
セルシオンが何かを知らせるように鳴き声を上げ、急激に高度を上げる。
身体にぐんと掛かる重力に操縦桿にしがみつき、カメラ越しに周囲を確認したカルディナは猛烈な速度で迫る複数の閃光に目を剝いた。
それは帝国将校が切り札として呼び寄せた、宿敵とも呼ぶべき空駆ける戦士だった。
『シャンティスより作戦本部へ!戦闘翼肢部隊に遭遇!!繰り返す!戦闘翼肢部隊に遭遇!!』
その一報に前線本部に緊張が走った。
戦闘翼肢―――、それは王城に来たばかりのカルディナとセルシオンを襲った帝国一のエースパイロット、フリード・ビジェットが得意とし、数ある戦略で悉く王国の作戦を打ち破り、帝国の猛攻を後押ししてきた飛行型兵器である。
元は亡国アウディシアで開発されたらしいが国を滅亡させた帝国がその技術を奪い取り、軍事転用したとの噂である。
『カルディナ、相手方の部隊名は確認出来るか?』
すぐに応答した大佐の問いに、彼女は全力で逃げながらもセルシオンに搭載された機器を操作し、カメラに映る敵の姿を拡大して確認。
迷彩戦闘服の腕に張り付いた、大鎌を持つ堕天使にカルディナは絶句した。
王都での軍事訓練の中、戦時講話の資料で目にした事があった。
『バンデット…!最悪っ!バンデット隊ですっ!!』
その報告に基地全体が戦慄した。
あのビジェットが所属している帝国随一の最凶部隊である。
『カルディナ、雲の上に…!』
一旦退避して援軍を待てと伝えるつもりだった。
しかし―――!
「駄目です!またも強烈な妨害電波が!!」
「帝国側へのハッキング急げ!」
耳障りな雑音に誰もが顔を歪め、通信隊が悲鳴を上げる。
まるでカルディナ達を孤立させるような猛攻に大佐は顔を歪めた。
「くっそ!また通信を遮断された!」
同刻、耳の痛いインカムを投げ、カルディナは迎撃に集中した。
セルシオンは近付いてくる敵兵を火炎の息吹と鉤爪で対処しているが、蝿のように相手の動きが機敏で当てることができない。
「セル、兎に角逃げて!!」
言い放ち、天空への退避を促す。
ビジェットを捕縛した際、装備調査の中で戦闘翼肢の欠点として高度限界があることが分かった。
高度限界より上がってしまえば逃げ切れると踏んだが―――、カルディナはその目に見えた光景に恐怖した。
逃げ込もうとした雲の上、いくつもの爆弾を備えた戦闘機と大型輸送機が待ち構えていた。
「くそったれ!」
堪らず、急旋回。
流石の機械竜でもその量の爆撃を食らっては無事では済まず、ボディが大破する可能性がある。
――彼等の狙いは魂授結晶とカルディナ自身の拘束。
機械竜ごと空で捕獲し、輸送機で連れ去ろうという魂胆であることは容易に理解した。
島であれ程の迫害を加えるだけあり、帝国にとっても魂授結晶は喉から手が出る程に手に入れたい究極兵器に違いない。
(やっぱり追い駆けてきた!)
逃げる彼女等に雲上の戦闘機と輸送機も追跡を開始。
戦闘機と比較して、機械竜は機動性と防御力では遥か上を行くが搭載設備と自重の兼ね合いからスピードが劣る。
加えての多勢に無勢である。
追い付かれては袋叩きに遭うのは火を見るよりも明らかだった。
『機械竜の操縦士に通達!おい、ガキ!逃げ場はないぞ!諦めて捕獲されろ!』
空に響く聞き覚えのある拡声器の声に、カルディナは目を剥いた。
セルシオンと並行するように一機の戦闘翼肢が接近してくる。
「フリード・ビジェット…!な、何で…!」
他のパイロットとは異なる機械翼肢の色に、その存在に気付いた。
二度と会いたくない男だった。
『何で居るのかってっ?大人しく捕まれば、教えてやるよ!』
こちらの口の動きから察したのか、フリードは笑って言い返した。
『ちょっとビジェット!喋ってないで捕獲してよ!』
背後から接近する女性パイロットが怒鳴り散らす。
『交渉だっての!アリア!戦闘機共に威嚇させろ!』
『ちっ!了解!!』
不貞腐れながらも部下は指示に従い、背後へと旋回。
点滅ライトで迫る戦闘機に指示を送った。
その次の瞬間、凄まじい衝撃に身体が揺さぶられ、カルディナは悲鳴を上げた。
回転する相棒の身体に彼女はしがみ付き、降下しながら体勢を立て直したセルシオンは主人を守らんと賢明に羽撃く。
火の粉と共に舞い散る白銀の鱗は直ちに戻ってきてボディの修復を急ぐが、治る間もなく再び爆撃を浴びた。
「セル!太陽に向かって!!」
衝撃で激しくぶつけた額から血が滴る中、決死の覚悟で指示を告げる。
こうなったら一か八かの賭けに出た。
『ちょっとちょっと!太陽で目眩ましのつもり〜!?』
喜々と叫びながら敵パイロット、アリアは機械竜の身体に容赦無く弾丸を撃ち込む。
けれど、セルシオンは逃げることに全力を投じた。
『…っ!まさか…!全隊散開!!アリア!横に飛べぇ!!』
真っ先に気付いたのはフリードだった。
彼の唯ならぬ指示に機械の翼達は一斉に散り、アリアは咄嗟に真横に飛び退いた。
「セル、行って!」
時同じくして、腹の中より放たれた指示にセルシオンはその巨躯を翻し、大地へと狙いを定める。
刹那、その姿は彗星の如く白銀に煌めき、恐れ多くも竜を捕らえんとした堕天使達は神の怒りとも呼ぶべき、暴風に薙ぎ払われた。
「っ!あんのガキ!音速を超えやがった!」
猛烈な風に揉まれながら、直ちに体勢を立て直したフリードは嗤うしかなかった。
切り裂かれた雲と余韻を残す衝撃波、そして耳を劈いた轟音―――。
制御を失い墜落していく帝国の戦闘機と輸送機からは次々に人が吐き出され、パラシュートの花がふわふわと開いていた。
少しでも気付くのが遅れていたら、全機が直撃を喰らい撃墜されていただろう。
「ビジェット!逃げられるわよ?!」
駆け寄ったアリアが指示を寄越せとばかりに怒鳴る。
しかし、勝敗はもう決まっていた。
「完敗だ…!動ける奴はパラシュートの野郎どもの回収に当たれ!捕獲用の輸送機には上級将校が乗ってた筈だ!それを助けときゃ文句は言われねーよ!」
嗤いながらフリードは集まる部下達に指示を通達。
実質的な撤退指示にアリアは剥れたが最早、機械竜は追い掛けられる距離には居なかった。




