戦う者の矜持
意識を取り戻した時には既に、セルシオンの中から引っ張り出されていた。
覚悟はしていたが音速を超えた負荷に耐え切れず、意識を失った模様である。
「機械竜はそのまま格納庫に待機させろ!」
「少佐の処置を急げ!輸血の準備!」
「おい!道開けろぉ!!」
そんな怒号と共に景色が流れる。
ストレッチャーに乗せられているらしい。
真横から聞こえる声に思わず手を伸ばし、伸ばしたその手が血塗れなのに気付いた。
虚ろな意識の中、負傷箇所を確認する。
あちこち痛いが、幸い切ったのは額だけらしい。
手足もちゃんと付いている。
―――これなら行ける。
次は難関のベインベイに突撃する。
正念場で脱落は出来ない。
「カルディナ!」
一際の声に薄めを開け、その姿に何処かほっとした。
―――大佐、ごめんなさい。
命令に背きました。
帰還も遅くなりました。
そう言いたいのに声が出ない。
安堵のあまり涙だけが溢れた。
「カルディナ、しっかりしろ!カルディナっ!」
懸命に名を呼ばれるも、次第にまた意識が遠退いて行く。
握られたその手を握り返したいのに力が入らない。
こんなところで倒れていられないのに。
まだ戦わないと―――。
そう必死に想いは藻掻くが、カルディナの意識は無常にも闇の中に落ちて行った。
痛ましい姿となって帰ってきた娘は医務室の寝台に乗せられ、医療機器と点滴の管に繋がれた。
幸い処置が早かったお陰で一命は取り留めたが、額に負った傷は大きく深く、血が流れ過ぎていた。
後遺症は残らないだろうとの事だったが、目を覚まさぬ疲れ切った姿にどうしょうもない後悔の念が募った。
「そんな湿気た面してる場合かよ」
そんなぶっきら棒な掛け声に振り返れば、帰還したランドル大尉の姿があった。
戻ったばかりなのか、戦闘服には返り血がこびり付いている。
「エクスレイから聞いた。単機で帝国大隊に突撃してこの基地を守ったらしいな…?」
その確認にヴォクシスは頷きながら、悲痛に瞼を閉じた。
「私の判断ミスだ。帰還しろと言ったが為にバンデット隊にまで襲われてしまった…」
目覚めぬ頬を撫で、己の采配を悔やんだ。
セルシオンの気付きとカルディナの的確な判断がなければ、伏兵により第一攻撃隊を全滅させられ、この基地も無事では済まなかっただろう。
「心配するな。カルディナの英断を無駄にはしない…」
掛けていた椅子から徐ろに立ち上がり、ヴォクシスは傍らに置いていた軍帽子を手に取る。
それを被った眼光は、獲物を前にした獣の如く鋭く光った。
耳元のインカムに手を宛てがい、耳を済ませていた部下へと彼は怒気を纏わせた司令を告げた。
『こちらハインブリッツ。第八〇六特務機動連隊各員に通達する。予定通り、ベインベイを奪還する…!帝国の愚か者共に我等の積年の恨みを思い知らせてやれ…!』
その声に再度の出撃を待っていた誰もが、己を奮い立たせた。
「「「仰せのままに!!」」」
聞き覚えのある話し声に、はっと目を見開いた。
ジンジン痛む額に歯を食い縛りながら体を起こし、真横にあった姿に凄まじく驚いた。
「シャンティス少佐ぁ〜!」
こちらの目覚めに気付いて、隣の寝台から涙ぐむ声が情けなく伝わる。
「ベスパル少尉、生きてたんですかぁ…!」
包帯でぐるぐる巻きにされた士官の姿に、安堵のあまり涙が溢れた。
先走って帝国の伏兵に撃墜された戦闘機パイロットである。
大変運が良いことに被弾はしたが肩を掠めただけで、機体が制御を失ったと同時にビビって脱出コックを引いたお陰で炎に巻かれる前に逃げ出すことに成功した。
加えて、機体から投げ出された方向が伏兵とは反対方向にある草深い湿地帯だった為、敵にも見つからずに済んだ次第である。
「カルディナ!」
丁度、お釈迦になった戦闘機に関する報告書を調査隊と共に纏めに来ていたユルリは、体を翻してカルディナを抱き締めた。
「ユルリ、皆は…?」
泣きながら抱き締める彼女の背を擦り、状況を確認するべく訊ねた。
壁に掛かる時計を見るに、作戦決行時刻は過ぎている。
「二時間前からベインベイで帝国艦隊と交戦してる。海軍と連携して頑張ってるけど…」
何処か含みのある言い方に、作戦が難攻していることを察した。
当初の作戦ではベインベイ奪還でもセルシオンが出撃し、停泊する帝国艦隊を殲滅して海からの援軍も牽制する手筈だった。
(行かなきゃ…!)
思い立つと共に、カルディナは体にへばり付く医療機器を剥ぎ取った。
帝国の猛攻に拮抗するにはセルシオンが必要の筈―――。
帝国の最凶部隊も出て来ている。
休んでいる場合では無かった。
「カルディナ!?」
ふらつきながらも立ち上がる彼女に、ユルリは慌てふためく。
皆の止める声も聞かず、カルディナは使命感のままに相棒の待つ格納庫へと急いだ。
格納庫に辿り着いた時、セルシオンの戦闘用ボディには既に海上戦用の翼が取り付けられていた。
一時は断念したハヤブサ型の翼を改良したミサゴ型である。
格納庫の個人ロッカーに放り込まれていた自身の軍服と飛行装備を掻っ攫い、心配そうに擦り寄ってきた小型竜のセルシオンを小脇に担ぐ。
驚く整備部隊の士官達を尻目に戦闘用ボディにセルシオンを纏わせ、人目も憚らず着替えを急いだ。
「カルディナ、その傷で行くつもりかっ?」
駆け寄って来た整備隊ノートン隊長は、血塗れのままの軍服に視線を送りながら正気かとばかりに訊ねる。
「ベインベイの奪還、難攻しているんでしょっ?私達が行かなきゃ!」
そう言い捨て、各所に血のこびり付いたコックピットに乗り込む。
機器の状態を確認し、出立を急いだ。
「大佐、こちらです!」
響いた声に、はっと目を向ける。
誰かが連絡を入れたのだろう。
駆け付けた大佐は、コックピットの中のカルディナの姿に顔を歪めた。
「カルディナ、一体何をして…!」
「私も出撃してセルシオンで敵艦隊を殲滅します…!ミサゴ型の翼なら…!」
「馬鹿を言うな!その傷で戦闘など…!」
大佐が怒るのは十分に理解出来た。
カルディナ自身、体中が痛くてしんどい。
けれど、命懸けで戦う仲間達を放って、自分だけ休んでなどいられなかった。
やっと手にしたこの好機を逃す訳には行かなかった。
「大佐、行かせてください…!この戦争を終わらせるんでしょうっ?その為に私達を連れて来たんでしょう!?」
「だが…!駄目だ!そんな傷では…!」
機械竜の前に立ちはだかり、大佐は行く手を阻んだ。
睨み合う両者に、その場の誰もが固唾を呑む。
皆、戦況が芳しく無い事は分かっていた。
けれど、傷だらけの彼女を戦わせることに抵抗を感じてもいた。
「許可します」
その声が格納庫に響き、誰もが視線を向ける。
杖を手に現れたスペンシア少将は決断を下した。
「護衛機の手配をしてあります。ベインベイで暴れてきなさい。この戦争を終わらせるのよ…!」
憎悪を孕んだその司令に、カルディナはゴクリと生唾を呑んだ。
「はい!!」
威勢良く返事を返し、立ち尽くす大佐を跨いで開かれ行くシャッターを潜って格納庫の外へと向かう。
傾き始めた陽光を一身に浴び、セルシオンは気合を入れんばかりに咆哮を上げた。




