王城へ
心地良い揺れと暖かな日差しに眠気を誘われ、いつの間にか眠っていたらしい。
唐突に鳴り響いた蒸気機関車の重厚な汽笛に魂消て、弾かれるように姿勢を正した。
轟々と音を立てながら擦れ違った機関車の吐き出す蒸気と煙で刹那、辺りが暗くなる。
それに乗じて顔を触り、頬の湿りを慌てて拭ったが時既に遅し。
向かいの座席では乗り合わせた厳つい軍人二名がそんなこちらの様子を見ていたのか、堪え笑いを隠すように下を向いた。
気不味さに泳がせた目で流れた時間を確認すべく辺りを見渡したが、眠りに落ちる前とは特に変わった様子はない。
今乗る最新式のディーゼル列車の中は軍服だらけで皆、西から何時間も掛けて目的地に向かっている。
鉄骨と木造が混ざり合うモダンな車内、バーガンディの対面式座席に空席はなく、同じく長旅に疲れたのか居眠りする者に談笑交じりにカードゲームに興じる者と各々暇を潰している。
背伸びついでに窓から晴れた外を覗いてみれば、麦畑と思われる見渡す限りの薄緑の農地が広がっていた。
隔絶された孤島に生まれ、島の外に出たことのなかったカルディナにとって、その光景は目を瞠るほどに美しく新鮮な景色であった。
終点である重厚な鉄鋼造の豪奢な駅のホームに到着し、埋め尽くす屈強な軍人に交じって粗末な布袋を担ぎながら指定された出口へと急ぐ。
周りの視線を感じつつ、サイズの合っていない軍服の袖をたくし上げ、借り物の靴を引き摺りながら人の流れに沿って改札を潜ると、目の前に軍用車両が次々に流れていくロータリーがあった。
どの車両も迷彩かカーキに塗られている中、一台だけ様相の異なる黒塗りの車があった。
分かり易い迎えを寄越すと言われていたので、これだろうかと近付いてみると、見計らったように見知った顔がドアを開けた。
「定刻通りだね」
そう言ってこちらに手を振るのは、今日付で彼女の上官となるヴォクシス・ハインブリッツ大佐である。
彼はこの国の統治者ヴェーゼル一世を大伯父に持つ王族であり、王位継承順位第四位の王子でもある。
本来ならば、小娘相手にこんな気さくに接するような身分の方ではないのだが―――…。
「大佐が迎えに来てくださるとは恐縮です。ご足労頂きありがとうございます」
仰々しく頭を下げて迎えの礼を告げると、大佐は何処か困ったように笑い、そんなカルディナの頭を撫でた。
「お行儀が良いね。取り敢えず乗ってくれる?どうにも君の相棒が暴れちゃってね」
そんな言葉と共に車のドアが開かれる。
大佐の言葉に何やら不穏な空気を感じつつ、急かされる形で人生初めての車に乗り込んだ。
死ぬまで出ることの無い筈だった島を旅立つことになったのは一週間前の事。
強盗に入った不埒な脱走兵を叩きのめし、機械竜セルシオンの存在が軍に周知されて間もなく、大佐宛にカルディナを王都に召喚するようにとの王命が下った。
騒ぎになったからには彼女自身もそれは覚悟していたが、驚いたことに国は随分前からセルシオンの核である魂授結晶の帰還時期を把握していたらしい。
島民の惨状を思えば何故もっと早くに調査隊を派遣しなかったのかと怒りも湧いたが、前任の駐屯兵長が曲者だったらしく、先に魂授結晶を掌握され、敵国に売り飛ばされる可能性を危惧したらしい。
また、その唯一の使い手であるカルディナ自身の安全も考慮するに無闇に動けなかったとのことだった。
「そうそう、君を含めて島民を苦しめた前任の駐屯兵団長は軍法会議に掛けられることになったから安心してね。一緒になって甘い蜜を吸ってた連中もそれ相応の罰を受けるよう指示しておいたから」
思い出したように伝えつつ、大佐は胸ポケットから小箱を取り出すと、手際よく包装を剥がして蓋を開けた。
中から出てきたのはナッツの入った四角いお菓子だった。
「ん?あれっ?あ、これヌガーだ。こりゃ失敬!」
出てきた予想外の中身に大佐は驚いて、包装を確認して一人で大笑い。
何かを勘違いしていたらしい。
「まあ、良いや。パッケージが似てたから間違えちゃった」
一粒摘みながら大佐はおちゃめにそう言って、カルディナへと箱ごと差し出した。
見たこともないお菓子に警戒した彼女だったが、断るのも失礼な気がしたので会釈して一個だけ貰った。
十分過ぎるくらいに腹は空いていたが、過去、島の監視兵の中に菓子に細工をして子女に悪さをする輩がいた為、どうしても抵抗があった。
「本当は身支度整える時間を設けたかったんだけど、あの巨体で大暴れするもんでね。悪いけど、このまま登城になる」
「分かりました」
「………。…セルシオンが心配?」
不意の問いに、カルディナはヌガーを口に運ぼうとした手を止めた。
「だって女の子って普通、身なりとか気にするから」
続けてそう言われ、思わず顔を顰めた。
あの島にいて、身なりを気にできるほど余裕など有りはしなかった。
何よりも――――。
「身綺麗にしていたら躾のなってない雄犬に襲われますから」
棘がある言い方なのは分かっていたが、事実を隠す気はなかった。
彼女自身、それだけの事をされかけた。
話を聞く限り、国はやっと手に入れた魂授結晶の使い手を手懐けたい一心のようだし、多少強気に出ても、お咎めは軽いと踏んだ。
「成程ねぇ…」
何ともアンニュイな相槌を返し、大佐は返されたヌガーをもう一つ口へと放り込む。
コリコリと砕けるナッツの音に何処となく気不味くなった彼女は、手に持ったままのヌガーを口に含んだ。
舌に溶け出す強烈な甘さは、緊張で乾いた口には少々刺激的だった。